第40話
「姫浦、僕に協力して欲しい」
僕は鷲中の取り壊し工事を阻止するために、工事開始当日に鷲中に立て籠もる旨を姫浦に伝えた。
姫浦は僕の言葉に二つ返事で承諾してくれた。…まぁ、姫浦ならそうしてくれるって思ってたけど。
「なるべく、多くの人にこの立て篭もりに参加して欲しいんだ。幸いなことに1月9日までは冬休みだから、僕らみたいな高校生の方が都合がいいと思うんだ。だから僕は同じ中学だった奴らに出来るだけ声をかけてみたいんだけど…あんまり連絡先知ってる人いなくてさ…」
こういう時、己の人脈の狭さが嫌になる。
「それだったら、星野に声をかけた方がいい。私より星野の方が顔は広いはず…」
姫浦がそういうと、どこからともなく僕らの元に星野がやって来た。
「お?今私を呼んだ?姫」
「ちょうどよかった、星野。ちょっと力を貸して欲しい」
「ん?どうしたの?櫻井」
「実は…」
僕は立て篭もりの犯行の旨を星野に伝えた。
「へぇ、なにそれ、超面白そう」
「なるべく多くの人に参加して欲しくてさ…」
「立て篭もりってなると…もしかして泊まったりするの?」
「そうなるかもしれない」
「うわぁ、いいねいいね、楽しそーじゃん」
「楽しそーって言ってもやろうとしてることは法に反するからね」
「大丈夫大丈夫、赤信号はみんなで渡れば怖くないでしょ。どうせなら立て篭もりっていう名目よりお泊まり会の方が人集まりそうだよ」
「じゃあ上手い感じに同じ中学だった奴らに伝えてくれない?」
「オッケー、任された。でも幹事は櫻井だからね」
「幹事って…宴会じゃないんだから…」
「いやいや、幹事は大事だって。いろいろ大変なんだからさ」
「まぁ、なんにしても色んな人誘っておいてよ。…でも、あんまり他の人には言いふらさないようにも言っておいて」
「りょーかい」
そういうわけで、お泊まり会という名の立て篭もり犯行用のLineグループが密やかに結成された。
そのお泊まり会のグループは『同窓会やるから集まろう』みたいな軽いノリでどんどん人が集まり、グループはその日のうちに50人を超えた。
グループの会話で『楽しみ』とかそういう声がチラホラ見受けられたが…やろうとしてることの重大さを分かっているのだろうか?。
これからやろうとしていることの犯罪性に対して、罪悪感の釣り合ってないメンバーに向けて、僕も何度か警鐘を鳴らしたが、結局スルーされて終わった。
「本当にやる気なのか?櫻井」
ある日、学校で加藤にそう話しかけられた。
「もちろん。…でも、みんな分かってんのかなぁ、これからやろうとしてることはテロ紛いの犯罪なのに…」
「一応、テロリストの自覚はあるんだな」
「もちろん、覚悟の上でやってるよ」
「あれだけ優柔不断だった櫻井が、どうしてこんなことをやろうと思ったんだ?」
「それは…必要なことだと思ったからだな」
「必要なことね…。わかった、俺も付き合うぜ」
「おう、ありがとな」
そういうわけで、当日は100人ほど気軽に集まる予定で日々が過ぎていき…瞬く間に師走は通り過ぎて行き、とうとう年が明けた。
「あけましておめでとうございます」
僕の家では僕と母と父、そして出産を直前にお腹を大きく膨らませた姉と、姉の旦那さんが顔を合わせて新年の訪れの祝いの声を上げていた。
姉の出産の予定日はもう直前で、いつ陣痛が始まってもおかしくはない状況であった。
そんな中で、僕の学校の立て篭もりという犯行は姉の精神的負担になりかねない…しかし、ここで引くわけにはいかない。
姉には申し訳ないが、僕の決心は珍しく堅かった。
「さすがに…この子の名前も決めないとね」
姉はこれから産まれる自分の子供の名前をまだ決めかねていた。
多分、姉としては出産の前に名前を決めたいだろう…名前も与えられずに別れるなんて嫌だろうし。
姉の子供は医者が言うには男の子らしい。
姉はこれから出会うその子の名前を決めかねて、珍しく迷っていた。
そして楽しそうに旦那さんと子供の名前を何度も話し合うのだ。
だけど、楽しそうな姉に反して、旦那さんの顔にはどこか陰りが見えた。
…きっと、旦那さんは名付けるのを躊躇っているんだろうな。
僕は二人のやりとりを見て心の中でそんなことを思っていた。
そして、何事もないまま1月5日…勝負の日を迎えた。
この日のためにこっそりといろいろ準備をして来た僕は、大きな荷物を抱えたまま、朝早くにひっそりと家を出ようとしていた。
当然のことだけど、今回の立て篭もり事件は家族に話していない。心配かけたくないからだ。
だから、僕はバレないように準備をして、今日もバレないようにこっそりと出かけようと思っていた。
しかし、玄関で靴を履く僕に話しかけて来た人がいた。
「…出かけるの?光輝」
それは母だった。
僕は自分が背負っている大量の荷物を母が見て、言及は免れないと思って、必死で言い訳を考えようとした。
しかし、僕の考えとは裏腹に、母は僕に一言だけ声をかけて来た。
「今日は…晩御飯要るの?」
その言葉に、僕は母なりの気遣いを感じた。
「ううん、要らない」
「そう。…何しに行くかは分からないけど、怪我だけはしないようにね」
「うん、ありがとう。…行ってきます」
なんとなくだけど、母は僕がこれから何をやろうとしていたかを分かっていたような気がした。
分かった上で、見送ってくれた…そんな気がする。
こうして、まだ眠ったままの薄暗い静かな町を一人駆け出したのだ。
僕が学校に到着する頃には、すでにそこには姫浦の姿があった。
「おはよう、姫浦」
「おはよう、櫻井」
姫浦は目の前の作業に集中しているのか、僕の顔を振り返ることなく僕に返事を返した。
僕らがこんなに朝早くから鷲中に来たのは、バリケードを作るためだった。
校舎に立て籠もるために、校舎へ侵入しようとするであろう解体業者を拒むためのバリケードを作るつもりなのだ。
そのためにホームセンターで木材やらなんやらを大量に買い揃えていたのだ。
ちなみに、そのための費用は全部僕が出した。…まさか貯め込んでいたバイト代をこんな形で吐き出すことになるとは…。
僕らが作業をしていると、加藤や星野といった比較的僕らに協力してくれる人達が各々自分の担当する大量の荷物を抱えてやって来た。
「うげぇ…お前らいつからここで作業してるんだよ」
手先が悴むほど凍える冬の朝方の寒さに震えながら加藤は僕と姫浦にそんなことを言って引いていた。
その後も、続々と人が集まり始めて、作業を手伝ってくれた。
今日の立て篭もりに、明確は集合時間は設けられていない。
主催者である僕が朝の4時から学校にいるので、みな好きな時間に来て、来た人から作業を手伝ってもらうという形で集合することにしておいたのだ。
ただし、解体業者が来る午後1時までには絶対に集合するようにと催促はしておいた。
この解体業者が来る時間というのは教育委員会である富沢さんから仕入れた情報で、確かなものだ。
僕は『10時ごろに10人集まればいい方だ』と考えていたが、僕が思っていたよりもずっと協力的な人は多く、10時には30人ほど集まって作業を手伝ってくれた。
「なんか文化祭みたいで楽しいね」
そんな声がチラホラと見受けられた。…なんとも呑気なものだ。
そういうわけで、作業は考えていたよりもずっと捗り、11時ごろには拙いものではあったが、バリケードが完成した。
これでとりあえずは立て籠もる準備は出来たため、僕は他の人たちに中で適当に待っているように伝えた後、僕はバリケードに漏れがないかを点検しながら待っていた。
そして1時を直前に、参加予定の人が殆ど集まった頃…大型の重機を引き連れた団体が校舎の前に姿を現した。
知らぬ間に占拠されていた校舎を呆然と眺めていたその集団のうちの一人である富沢さんが、外で点検していた僕の存在に気がつき、僕に声をかけて来た。
「さ、櫻井君、これは一体…」
もちろん今回の立て篭もりは富沢さんにも言ってないので、富沢さんは困惑しながら僕に尋ねてきた。
そして富沢さんの困り果てた顔に反して、僕は笑顔を浮かべながらこう告げた。
「ごめんなさい、富沢さん。僕達今から…ここに立て篭もります」
戦いの火蓋が、今こうして静かに切られた。
僕が淡々と先制布告を告げた後、僕が校舎の中に入り、中の様子を見てみると、そこではすでに宴会のようなばか騒ぎが始まっていた。
お菓子や飲み物を広げ、それらを取り囲んで好き放題教室で騒いでいたのだ。
社会のしがらみからバリケードによって隔離された封鎖空間が妙な高揚感を生み出しているのだろう、神聖な教室で好き放題するのを咎める者もいないことも相待って、場は異常はほど盛り上がっていた。
…これが犯罪だって、みんな分かってんのかなぁ。
まさに『赤信号、みんなで渡れば怖くない』という言葉を体現している様を見つめながらそんなことを考えていた。
「お!今回の幹事様がお見えだぞ!」
加藤が教室に顔を出した僕の姿を見て、そう叫ぶや否や、僕を教室の前に誘導して、幹事として何か話すように言われたので、僕は渋々語り始めた。
「えっと…今日はみんな集まってくれてありがとう。楽しんでくれてるのは何よりだけど、節度ある行動を心がけて…」
しかし、僕の言葉は目の前のばか騒ぎにかき消され、誰の耳にも届いていなかった。
「ははは!無視されてやんの!」
唯一聞いていたであろう加藤が僕の隣で笑っていた。
その後、すぐに加藤は真顔に戻って、僕の耳元で小さくこう囁いてきた。
「こっちは任せろよ、変なことさせないように適度に盛り上げといてやるからよ」
それだけ言うと、ばか騒ぎの中に加わってすぐさま場を盛り上げる道化師へと化けた。
…ほんと、加藤はバカだけど、こういう一面があるから侮れない。
ここは加藤に任せることにした僕は外の様子を知るために正面玄関へと訪れた。
鷲中は4階建の建物で、今は1階と2階には厳重にバリケードが張り巡らされており、そこからでは外の様子は知り得なかった、
僕は特にバリケードが厳重に張り巡らされた正面玄関のバリケードの隙間から外の様子を伺った。
外は立ち往生する解体業者に紛れて、警察の姿が見られた。
まだ事情聴取の段階なのか、校舎の外には見えたパトカーは一つだけであった。
「外の様子はどう?櫻井」
正面玄関で一人、外の様子を伺っていた僕に話しかけたのは姫浦であった。
「…まだ警察に状況を説明してる段階なんだろうね。本番はまだもっとこれからだと思う」
「そっか」
「姫浦は、みんなと楽しまなくてもいいの?」
「別にいい。…なにも楽しい思い出ばかりじゃないからね」
「はは、それもそうだ。…なんでそんな僕らがこの学校を守ろうとしてるのかね」
今更ながら、そんな僕らがこうしているのはなんとも皮肉なものだ。
だけど、それでもこうして戦うのは…そうしなければ勝ち取れないものがあるって知っているからだ。
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