第39話

僕が通う鷲宮東高校の文化祭は二日に分かれて行われる。1日目が校内生徒限定の文化祭、二日目が一般開放され誰でも参加できる文化祭。言うなれば、一般開放される二日目である今日が文化祭本番なのだ。


僕は昨日のシンポジウムやらの準備で忙しく、文化祭自体にはまるで参加出来ておらず、仕事も居場所もなく、ただ一人で空いていたベンチに座って腰掛けていた。


…あぁ、なにもする気が出ない。


昨日の一件で、言うことをは言い切ったこともあってか、僕は燃料が燃え尽きたように無気力に陥っていた。


仮に燃料が残ってたとしても、もうどうしようもないし…。


なにもする気が起きない僕は空っぽになった心を一人で秋風に晒していた。


なんか…もうどうでもいい…文化祭に一人とか…別に今更だし…。


僕はただただ文化祭の時が終わるのを待っていた。


しかし、もうすぐ冬が訪れようとしている秋空の下で、ただ待っているだけでは寒くなってきたので、僕は校舎の中に入り、あてもなく歩き始めた。


不幸にも幸いなことに、今年は去年とは違って使われていない空き教室が多い。それはもちろん一年生がいないからだ。


だから今年の僕は文化祭で自分の席という聖域を奪われても居場所に困ることはなかった。


…みんな楽しそうだなぁ。


空き教室の窓から、僕は文化祭を楽しむ人達を黙って眺めていた。


そんな達観してしまっている僕に向かって誰かが口を開いてきた。


「うお、マジか…こんなところで自分が担任してるクラスの生徒に出会うとは…」


まさかこんな人気のないところに人がいるとは思わなかったのか、サカもっちゃんは僕を見るなり驚いてそう言った。


「櫻井、嘘でもいいから文化祭の輪に入って楽しそうにしてくれよ。そうじゃないと自分の指導力不足を疑わざるを得なくなる」


「…知りませんよ、そんなこと。何しに来たんですか?」


「何しに来たって…ただの見回りだよ。こういうお祭りごとに空き教室が多いと、そこでよからぬことを始める連中も少なくないしな」


「はぁ、そうですか…」


僕が興味なさげにしていると、サカもっちゃんが僕の前の席に座って来た。


「進路希望調査表、まだ出てないぞ、櫻井」


「先生知ってるでしょ、僕が優柔不断なの。いきなり将来こうしますなんて、僕が選べるわけないじゃないですか」


「…なんだ?気が立ってるのか?櫻井。口調がなんだかトゲトゲしいぞ?」


「…気のせいじゃないですか?」


「昨日、シンポジウム行って来たんだって?。どうだったよ?」


「どうって聞かれても…別に何にもなかったですよ」


「姫浦曰く、櫻井は頑張ってたそうだぞ」


「それでも!何にもなかったんですよ!」


僕は怒鳴るようにそう叫んでしまったことに、自分でも驚いてしまった。


そんな僕を先生はきょとんとした目で見たあと、こんなことを提案してきた。


「櫻井、一緒に文化祭回るか?」


「嫌ですよ。先生と回るとか、友達いないやつみたいじゃないですか」


「いや、友達いない『みたい』じゃなくて、実際いないだろ」


「わざわざそれを公衆の面前に晒す意味もないですよ。そもそもなんで先生と回る必要があるんですか?」


「そんなの決まってるだろ、生徒に構うのが教師の仕事だからだ」


「そんなの知りませんよ、仕事ってことはつまりそっちの都合ってことですよね?。自分の都合を押し付けないでくださいよ」


「そう遠慮するな、無条件で人から構って貰えるなんて高校生くらいまでだ。君はその特権にもっと甘えたっていい」


「…なんにしたって恥ずかしいからいいです」


「いいじゃないか、たまには恥かいてみろ。どうせ、『誰かの誘いを断る理由があるほど、君は忙しくない』だろ?」


「…わかりましたよ」


こうして、僕は渋々先生と文化祭を回ることになった。











「で、櫻井はなんでそんな怒ってるんだ?」


「別に怒ってなんかないですよ」


文化祭の賑やかな雑踏に紛れて、廊下を歩く僕に先生はそう尋ねて来た。


別に僕は怒ってなんかない。怒ったって何にもならないことくらいいままで嫌ってほど学んで来た。だから僕は怒らない。エネルギーの無駄だから。


…でも、なんかモヤモヤしてるのは確かだ。


「櫻井、君は自分が自分の感情を発散するのが下手くそなのは自覚してるか?」


「知りませんよ、そんなこと今まで言われたこと…」


僕がそう言おうとしたその時、ふと愛里とディスティニーランドに行った時のワンシーンが脳裏によぎった。


『櫻井君は下手くそなんだよ』


絶叫マシンの楽しみ方を知らなかった僕に、愛里が教えてくれた言葉だ。


…言われてみれば、僕は下手くそなのかもしれない。


「怒りとか、涙っていうのは、なにも『世界を変える』ための手段とは限らない。たしかに怒ったってなにも変わらないかもしれない、泣いたってなにも変わらないかもしれない。それでもストレスを発散するっていうのは結構大事なことだ。それを抱えたままじゃ人生楽しめない。…だからといって好き勝手やれば身を滅ぼしかねないけど…」


「…まぁ、そうですね」


恐怖を発散する方法を知らなかった僕に、絶叫マシンの楽しみ方を教えてくれたのは叫びだった。


「そういうわけで、僕が聞いてやるから愚痴ってみな、櫻井」


「愚痴…ですか…。あんまりそういうの言わない主義なんですけど…」


「いいから言ってみ。君は多分、人に話を聞いてもらうことの喜びを知らない」


『世界を変える』ための手段ではなく、あくまでストレス発散のため、か…。


サカもっちゃんがそこまで言うなら…別に不平や不満を吐くくらいしてみていいか…。


でも、いきなり愚痴れって言われてもなぁ…。


とりあえず、僕は思ってることをポツリポツリと話してみることにした。


「これは…愚痴かどうか分からないんですけど、もう少し世間は僕らに優しくたっていいと思うんですよね」


「…と、言うと?」


「シンポジウムで神崎首相から『未来は強請るものじゃなくて、勝ち取るもの』って言われたんですけど…たしかに誰かから未来を貰おうなんて考えは甘えなのかもしれないですけど…それでも僕らはまだ高校生なんだから、もう少しくらい考慮して欲しいっていうか…まだ子供なんだから優しくしてくれたっていいじゃないですか」


「確かに、子供に与えてやるのは大人な役目だね」


「まず明るい未来を示してくれないと、僕らだってやる気にはなれないですよ。もっと世間は子供の…僕らの未来を考えて欲しいですよ。大人はまだ僕らにバトンを渡して『はい、終わり』って出来るかもしれませんけど、僕らはバトン渡されたところでどうすればいいのか分かんないですよ。そのくせ大人は『夢を持て』とか無責任な言葉をかけてくるんですよ?頭に来ますよ!」


「はは、面と向かって言われるとグサッと来るね」


「そもそも世間は考えなさ過ぎなんですよ。僕達ラストチルドレンを見て見ぬ振りをして、目を背けてるんです。…いや、多分僕らも考えないようにしてるんですよ。…そりゃあ考えたくなんてないですよ、人類の滅亡が約束された未来でどう生きるかなんて。そんなこと考えて生きてたら鬱になりますよ。でも、ちゃんと誰かに否定していんですよね、いつかは子供が当たり前のように産まれて、僕らにだってバトンが渡せるような人が産まれてくるんだって示して欲しいんですよね。…いや、そりゃあ難しいことくらいはわかってますよ。もうネームレスが始まってから17年も経つんです。17年の間、誰も否定することが出来なかったんです。そのくらい難しいことだってわかってますよ。だからこそ誰かに成し遂げて欲しいんですよ、夢を持てるような未来を僕らに見せて欲しいから。…まぁ、こんな世界でも、それでもちゃんと前を向いてやりたいことを見つけられてる奴もいますけどね」


僕は人混みの中を歩きながらただひたすらに思ってることをその口で綴り続けた。


教室で催されているお化け屋敷や喫茶店など、楽しい青春の場を横目に通り過ぎて行き、目的もなくただ歩き、目的もなくただ不満を口にしていた。


お祭りごとで盛り上がる人たちの声に紛れて、僕の不満を吐き出すと言う何の意味もない時間が続く。


「でも僕みたいな優柔不断な奴には辛いですよ。そんな未来で何かに人生のチップを賭けるなんて出来っこないですよ。だから夢が持てる奴が羨ましいです。姫浦みたいに、例え無謀でも挑み続けられる奴が羨ましいです。加藤みたいに、何かを賭けてまでやりたいことが見つけられた奴が羨ましいです。谷口みたいに、確かな才能を持っている奴が羨ましいです。愛里みたいに、どうしても欲しいものがある奴が羨ましいです。どんな形であれ、自ら選んで目指すべき場所に歩き続けられる人達が羨ましいです。…まぁ、それを手に入れようと動き出そうともしない僕に言えた義理はないですけどね」


僕が不平や不満を吐き出すにつれ、だんだん周りの声が気付かぬうちに小さくなっていくような感覚に苛まれた。


「櫻井は、そんな自分が嫌いかい?」


「嫌い…なんて言いたくないですけどね。それでも嫌になりますよ、考えても考えても迷いが晴れなくて…結局なにも選べない。優柔不断な自分は嫌ですね。だから、少しでも未来は明るくあって欲しいんですよ。そしたら、こんな僕でも夢を持てる気がするから…。っていうか、自分の嫌なところなんて他にもいっぱいありますよ。まず友達少ないのが嫌でしょ。別に生活に困るわけじゃないんでいいんですけど、こういうイベント事をやるたびに自分がボッチだって思い知らされるんですよ。周りがちゃんと青春してる中、自分だけが置いていかれるのが嫌ってなんの…。それを分かってるくせに、妙なプライドが邪魔して、結局何にもせずに指をくわえてみてるだけなんですよ。ほんと、そういう自分が嫌だ」


話すことに夢中になっていた僕は、いつの間にか周りの景色までもがボンヤリとしていき、いつもならこういう人混みの中なら常に周りの目に注意していた筈なのに、今はただの風景のように見えていた。


「いちいち相手の顔色を気にするのが嫌だ、結局言いたいことが言えなくなるから。やる前から結果を考えてしまうのが嫌だ、結局なにも出来なくなるから。一人なのを気にしないフリをするのが嫌だ、結局なにも手に入れられないから。あの時ああしていればって考えてしまうのが嫌だ、結局虚しいだけだから。ほんと嫌なことばっかりだ」


僕の頭から、理性のタカが外れ、溢れ出す感情が濁流のように流れ出した。


「中学の卒業式っていう特別な日になにも思えなかったことが嫌だ。練習に遅れてくる谷口に強く言えなかったことが嫌だ。先輩のバンドで一人でどんどん前に進む加藤が嫌だ。何も言わずに僕を裏切った谷口が嫌だ!。そのくせ、加藤に何も言えなかったことが嫌だ!。一人でやることがなくて白紙のまま終わる日々が嫌だ!。誘われなきゃバイトすら始められないのが嫌だ!。僕は悪くないのに、勝手に僕を嫌う姫浦が嫌だ!署名を13人しか集められなかったのが嫌だ!自分から誘っておいて、僕に何もしてくれなかった姫浦が嫌だ!僕に見向きせずに一人で突っ走る姫浦が嫌だ!それなのに見てるだけしか出来ないのが嫌だ!署名に本気になれなくて自分の手を汚そうとすらしなかったことが嫌だ!僕を好き放題振り回す姉ちゃんが嫌だ!結局頑張っても署名が全然集められないのが嫌だ!毎日のように一人で下校する帰り道が嫌だ!せっかくの文化祭なのに全然力になれないのが嫌だ!その文化祭に居場所すら無いのが嫌だ!!ようやく見つけたボッチ仲間ですら全然積極的になれないのが嫌だ!!ステージの上で輝く加藤を見てることすら出来ないのが嫌だ!!鷲宮隊を無下に扱う富沢さんが嫌だ!!姫浦に誘われなきゃ全く動き出すことすらできないのが嫌だ!!愛里さんを誘うのにいちいち躊躇うのが嫌だ!!『ちゃん』付けで呼ばれるのが嫌だ!!姉ちゃんのやろうとしてることを否定する奴らが嫌だ!!姉ちゃんに寄って集るマスコミが嫌だ!!何も言わずにいきなり高校教師になるサカもっちゃんが嫌だ!!友達がいないクラスが嫌だ!!周りになんの関心もない谷口が嫌だ!!募金活動に積極的になれないのが嫌だ!!愛里さんの叫びに何も答えられないのが嫌だ!!補助金の申請が全然通らなかったのが嫌だ!!修学旅行に一人だったのが嫌だ!!進路希望調査表が埋められないのが嫌だ!!内閣総理大臣の認定が拒絶されたことが嫌だ!!結局なにも聞き入れてもらえなかったことが嫌だ!!それで諦めて、なにもやる気になれないのが嫌だ!!」


気がつけば、僕の視界は涙で滲み、周りの人も僕の大声に何事かと足を止めて見ていた。


だけど、今の僕にはそんなこともうどうでもよかった。


今はこの溢れ出す思いに身を委ねることしか出来なかった。


「優柔不断なのが嫌だ!!!主体性がないのが嫌だ!!!やりたいことが見つからない自分が嫌だ!!!なにも選べない自分が嫌だ!!!誰かに誘われなきゃ前に進めないほど消極的なのが嫌だ!!!いちいち考え込むのが嫌だ!!!迷った挙句なにもしないのが嫌だ!!!特別な才能がないのが嫌だ!!!やりたいことが見つけられないのが嫌だ!!!結局妥協してしまうのが嫌だ!!!何でもかんでも許せてしまうのが嫌だ!!!確かな強い感情を持てないのが嫌だ!!!夢を持てないのが嫌だ!!!夢を与えてくれない世界が嫌だ!!!!!!僕らの後になにも残らないのが嫌だ!!!!!歩くたびに世界から景色が消えていくのが嫌だ!!!!!!!この世界に未来がないのが嫌だ!!!!!!人類が滅亡するなんて嫌だ!!!!!!!!」


ボロボロと涙を溢れるのも躊躇わず、周りにいる大勢の人に見られていることも厭わず、恥を晒していることに躊躇なく、僕は悲鳴のような叫びをあげた。


「僕が…僕達が…」


この世界の誰もが見えないように蓋をして、目を背けて考えないようにして、気にしないフリをして…自分達が不幸だなんて思いたくなかったから、それでも生きていけると言い訳が出来たから…誰もが言わないようにして来たその言葉を、迷うことなく僕は心の底から叫んだ。








「僕達が…ラストチルドレンだなんて嫌だ!!!!!!!!」







きっと…この叫びが世界を変えることはない。


この涙が世界を変えることはない。


分かってる…分かってる…それで変わるなら苦労はしないって分かってる。


でも、きっと…誰もがそう叫びたがっているはず。


誰もが『嫌だ』って本当は思ってる。


でも…分かってる…分かってる…それじゃあ世界は何も変わらない。


それでも、叫ばなければ忘れてしまいそうで…それが当たり前だと飲み込まれてしまいそうで…きっとそうしなければ、『仕方がない』と受け入れてしまうだろう。妥協してしまうだろう。


だからこれは、必要な抵抗で…きっと誰かが、叫ばなければいけないんだ。


そう、誰かが声を大にして叫ぶ必要があるんだ。


「…先生、一つお願いがあります」


言いたいことを言い切った僕は、まだ周りが僕らを見ながらざわつく中、涙で目を腫らしながら、先生にそう口を開いた。


「なに?」


「僕はこれから、社会的に許されない行為を起こすかもしれません。その時…退学になったらさすがに困るので、なんとかしてくれませんか?」


「…任せて、君を絶対に追放なんてさせない。…まぁ、何するか知らないけど、それでも謹慎くらいは覚悟して欲しい」


「大丈夫です、それくらいなら別に…」


「で、何をやるつもりなのかな?櫻井は」


「鷲宮第二中学は一月五日に取り壊しが始まります。それはもう決定事項です、誰にも取り消しは出来ません。だから…取り壊しを邪魔してやろうと思います」


「…どうやって?」


「立て籠もってやるんですよ、僕らの母校に」


僕らはきっと、戦わなければならない。


だって、残念ながら…未来は勝ち取るものらしいから。

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