第38話
「こんなことがあってたまるか!!」
もう申請が通ったも同然であったはずの鷲宮第二中学の貸し出しの許可が、ただの通過儀礼に過ぎなかったはずの内閣総理大臣の認定で拒絶されるとは思わなかった斎藤さんは怒りを露わにしていた。
「どうにかできないんですか?」
「どうにかするも何も、総理大臣相手にどうするっていうんだ?」
よほど今回のことが堪えたのか、普段は気のいい斎藤さんですら僕の質問に対する返事が荒々しくなっていた。
そんな斎藤さんに姫浦は食い下がる。
「直談判は出来ないんですか!?」
「相手は総理大臣だぞ!?そんな簡単にアポイントメントが取れるわけがない!!」
「それでもアポイントメントを取り続ければいつかは…」
「鷲中が取り壊されるのは1月の初め、いまからじゃそれに間に合うようにアポイントメントなんて取れるわけがない!!」
斎藤さんは万策尽きたのか、そう言って諦めたかのように頭を抱えた。
「アポイントが取れなくても、なんとか会うだけでも出来ないものですか?」
「そんなことが出来るわけ…」
僕の質問に呆れたようにそう答えようとした斎藤さんがハッと何かに気がつき、パソコンを弄り始めた。
「…これなら…まだ間に合う」
そう言って斎藤さんはとあるホームページを僕らに見せた。
『日本学生シンポジウム〜これからの日本を担う若い力〜』
そのようなタイトルでそこには11月に行われる学生主体の大規模なシンポジウムの情報が記載されていた。
「これに特別ゲストとして現内閣総理大臣である神崎首相が出席する。そこでなら…会うことは可能だ」
「じゃあ、これに出席しよう」
斎藤さんの提案に、姫浦は迷うことなく即答した。
「そうしたいのは山々なんだが…これに出席出来るのは学生だけなんだ…つまるところ、私達の中では櫻井君と姫浦ちゃんだけしか参加出来ない」
「僕達…だけですか?」
「そう…参加出来るのは君達だけだ」
ホームページを見る限り、かなり大きな規模のシンポジウムのようで、参加人数は千人に登るとのことだ。
僕らはちっぽけなただの高校生…そんな僕らがそんな大人数を前に、テレビの向こう側の存在でしかない内閣総理大臣を相手に直談判するなど…。
そんな大それた真似が…出来るわけが…。
「行きます、例え私一人でも…」
そんな僕をよそに、姫浦はそう宣言した。
「わかった…櫻井君はどうする?」
僕は…答えることができなかった。
僕に…そこで何かが出来るとは思えない。
僕が答えを決めかねていると、姫浦は僕に話し始めた。
「櫻井は私に努力を人に押し付けるのは酷だって話したことを覚えてる?」
「…覚えてるよ」
その言葉は、僕と姫浦の因縁を作り上げた言葉。
僕らの物語の始まり、全てのプロローグ。
そんな言葉を、僕が忘れるわけがない。
「きっと、こんなことを言うのは酷なことだって分かってる。それでも…櫻井だけだから。どうしようもないと分かりきったことに、希望の光を灯してくれたのは櫻井だけだったから。不条理に突き放してくる人がいた…一緒に戦ってくれる人がいた…優しいだけでしかない言葉をかけてくれる人がいた。それでも誰もどうして奪われるのかを私にも分かるように教えてはくれなかった。そんな中、櫻井が手を貸してくれたから、もしかしたら…なんかじゃなくて、絶対って私は信じてる」
彼女の僕を見つめる瞳は、まっすぐと僕は向けられ、その言葉に信憑性を持たせた。
「私が勝手に信じてるだけ…だけど断らないで。例え努力を押し付けられるのは酷でも」
思えば、僕と姫浦の関係は彼女のほんの小さな『もしかしたら』が結びつけたものだ。
そんな彼女の僕に対する期待が…いつの間にか、大きな光となっていた。
だけど、そんな彼女を突き放すように僕は口を開いた。
「正直、僕がそこに行ったってなんの力にもなれる自信なんかないよ。頭がいいわけでもないし、人脈もあるわけでもないし、行動力があるわけでもない。僕なんかがいたって出来ることは雑用とか、せいぜいその辺が関の山だ」
そう、僕には結局何もない。
僕は自分でも驚くくらい空っぽな人間だ。
思い出も、経験も、人間性も浅いちっぽけな人間だ。
「だけど…」
それでもこんな僕を必要としてくれるなら…。
「僕を必要としてくれる人のお願いを無下に断る理由があるほど、僕は忙しくない」
結局のところ、僕を突き動かすのは、いつだってそれしかなかった。
11月のある日の土曜日、僕らが通う鷲宮東高校は慌ただしい1日を迎えていた。
今日は、生徒のほとんどの人達が待ちに待ったであろう文化祭。
生徒達は終わりの見えてきた高校に少しでも思い出で色つけようと躍起になっていた。
だけど、そんな青春の真っ只中の一ページに、僕の姿はない。
他の人が青春を絵に描いたような文化祭を送る中、僕と姫浦は都内にある音楽ホールに来ていた。
この音楽ホールの一角で、目的の神崎首相が出席するシンポジウムが行われようとしていたのだ。
「ごめんね、櫻井。せっかくの文化祭なのに…」
「別にいいよ。どうせボッチには居場所はないし」
文化祭をサボることに特に抵抗はなかった。
理由は…御察しの通りだ。
僕らは一つ深呼吸を挟んでから、会場への扉を開けた。
観客が千人ほど入りそうな会場に関わらず、ほとんどの席が埋まっていた。
眼下に広がる巨大な空間とどこかピリピリとした空気に僕は飲み込まれそうになっていた。
「行こう、櫻井」
そんな僕を尻目に、姫浦は僕を先導して、なるべく前の席に陣取った。
さすがは姫浦…心強い。
ただの高校生の僕らには場違いかもしれないが、姫浦の隣にいるだけで僕は少し安心できた気がした。
やがて、舞台下の照明が落ち、ステージの上にスポットライトの強い光が当てられた。
そして舞台の袖から、テレビの向こう側の偉い人でしかなかった現内閣総理大臣である神崎首相が姿を現し、大きな拍手で迎えられていた。
神崎首相は、日本で初めての女性で内閣総理大臣に就任した人物だ。
おそらくは女性であるがゆえに衝突した問題も多々あるだろう。
それでも、そんな逆境をも乗り越えて、日本で最も高い地位に立つことが出来たのは、一重に彼女の持つカリスマ性によるものだろう。
やはり、こうして改めて直に見ると緊張してしまう…。
僕はこれから行われるであろう戦いを固唾を飲んで見守っていた。
やがて、シンポジウムが始まり、いろんな人があれやこれやと話して、気がつけば神崎首相の演説が始まっていた。
「やはり今の日本にはかつてのような勢いが足りません。他の先進国に遅れをとり続け、気がつけばもう取り返しようのないほどの差をつけられてしまっています。まだ過去の栄光を振りかざして誤魔化していますが、もう事態は手をつけられないほど悪化してます。しかし、ネームレス化が起きたことにより、かつては日本を初めとしたわずかな国だけが悩まされていた問題が、今や世界中で起きています。今や、世界中が停滞してます。…これはピンチなどではありません。むしろチャンスです、絶好の機会です。各国が停滞したことにより、日本はようやく戦いの舞台に立つことが出来るのです。そんな今こそ、新しい風が必要なのです。それは企業かもしれませんし、もしや個人であるかもしれません、日本を導く新しい光が必要なのです。ですから、ここに集まっていただいた志高き若者達には私は大いに期待しております」
今回のシンポジウムのテーマは『世界の動向と日本の未来について』。
まぁ、だからと言って別に僕らには差して関係は無いのだが…。
やがて、神崎首相の演説も終わり、司会者が会場にいる学生へ意見を求める時間が訪れた。
…とうとう来た。
鷲中のことを訴えるのは今しかないだろう。
だけど、こんなにも大きな会場で、何の関係もない話をいきなり持ち出すのは、このシンポジウムそのものを私欲を満たすための場にしてしまう行い。
全く空気が読めてない案件。
そんなものをここでいきなり話す勇気など…僕にはない。
だけど、縮こまる僕の隣で、臆することなく姫浦は手を挙げた。
「…怖くないの?」
僕は小さな声で姫浦にそう尋ねた。
「怖いよ」
彼女は僕の質問にしれっと答えた。
そして運営からマイクを手渡され、席を立ち上がりながら、僕だけに聞こえるようにこう言った。
「だけど、何も出来ずにただ奪われることに慣れるのは…もっと怖い」
それだけ言って、彼女はマイクを通して開戦の音を告げた。
「私は、NPO法人、鷲宮隊の役員の姫浦と申します。私達は今、使われなくなったため、安全面を考慮して取り壊されることになった私達の母校である鷲宮第二中学を守るために、鷲宮第二中学を宿泊施設とて運用する活動を行なっております。そのために鷲宮第二中学を借りるために国に申請を提出したのですが、内閣総理大臣である神崎首相がその認定を否認したため、その許可が降りませんでした。否認した理由をお聞かせ願えますか?」
質問を受けた神崎首相は視界からマイクを受け取るや否や、当然のように姫浦にこう告げた。
「それは、このシンポジウムのテーマに関係のあるお話ですか?」
「いえ、ありません」
首相の質問に、姫浦はアッサリとそう答えた。
「ですが、神崎首相からこうして直接お話を伺える機会もなく、このような形で質問させていただきました」
そんな姫浦の言葉に司会者が迷惑そうな顔をする中、神崎首相はその司会者を制止させて、姫浦の質問に答えた。
「鷲宮第二中学の宿泊施設への転用の件、資料を拝見させていただきました。はっきり言って事業として成立する見込みがありません。これから人口が減少の一途を辿る中、宿泊施設そのものに需要がありません。もちろん、それでもインバンウンドをターゲットとした宿泊施設にはまだ需要はありますが、鷲宮第二中学に関してはそれを意図したものではありませんよね?」
「は、はい、たしかにそういった類のものではありませんが…ですが、多くの人が鷲宮第二中学の存続を望んでいるんです!!。そう言った声を無下にするのですか!?」
「校舎の取り壊しの危機にあっているのはなにも鷲宮第二中学だけではありません。全国の…全世界の中学校がそういう危機に瀕しています。『たくさんの人が存続を望んでいる』だけでは費用に見合う利益は見込めません。そんなものにかまけて他を疎かに出来るほど、今の日本に余裕はありません」
「ですが!!私達が勝手に学校を守るために動くことを許可していただいてもいいじゃないですか!?。その権利すら与えられないのはどうなんですか!?!?」
「学校など、もう使われない過去の遺物でしかありません。そこには歴史的価値も、商業的価値もありません。そんな過去の思い出でしかないものにとらわれて、未来に目を背けて欲しくないのです。私達はもはや、望む全てを守れるほど余力など残っていません。本当に必要なものを慎重に選び抜き、それを守り抜くために他の物を捨てて、一丸となって躍起になる必要があるのです。私は、貴方達若い芽に過去に囚われて欲しくはないのです」
「そんなの貴方の勝手な都合じゃないですか!?!?。それで貴方の守れたいものは守れても、私の守りたいものはどうでもいいと言うんですか!?!?」
姫浦の叫びのような声が会場に響いた。
「政治家というのは、世論を実現することが仕事です。私は多くの人達の願いが集まって、世論となった声に押されて、今この内閣総理大臣という地位に立ってます。ですから、私は私をここまで押し上げてくれた人の願いを叶える必要があります、世論を優先する必要があります。それが仕事ですから。…先ほども申しましたが、私達は望む全てを手に入れられるほど余裕はありません。私は世論に従って、必要なものを選ばなければ行けません。残念ながら、学校はその中に選ばれませんでした、貴方の願いは選ばれませんでした。世論は過去の遺物ではなく、未来に繋がる光を求めたのです」
「じゃあ!!じゃあ!じゃあ…私の願いは一生、報われないってことですか?」
姫浦は、多くの人の目も憚らず、その瞳から大きな雫のような涙をボロボロと流していた。
「世論が変わるか、あるいは選挙制度でも変わらない限り…おそらくはそうでしょうね」
そんな泣き噦る小さな少女に、神崎首相は無慈悲な言葉を放った。
「残念ながら、未来は勝ち取るものですから」
神崎首相は、最後に姫浦にそんな言葉を告げた。
「それでも!!それでも!!私は守りたいんです!!」
それでも…姫浦は諦めなかった。
策なんてない、考えなんてない。
それでも、その手を伸ばさずにはいられず、言葉よりも気持ちだけが先回りして、我儘に吠え続けた。
その言葉がいま結果に繋がるとは考えにくい、それでもほんの僅かな『もしかしたら』が残っているから、彼女は戦い続ける。立ち上がり続ける。這い上がり続ける。
やっぱり…凄いやつだよ、姫浦は。
でも、それじゃあダメだ。
それじゃあ世論は変えられない。『世界を変える』ことは出来ない。
神崎首相が言っていることは、十分理解に値にする言葉だ。
世論が求めるからそうする…単純にして、これほど真っ当な真理はない。
でも、違うんだ。
なにかが違うんだ。
僕の中にはどうしてもなにか違和感が拭い去れないでいるのだ。
なんだ?なにが違うんだ?。
考えろ!考えるんだ!。
神崎首相の考えは、十分理にかなっている。
それでも、僕のフィルターは違和感をすくい取った。
その違和感の正体を突きとめろ!!。
今のこの場いる誰もが気がつけていない、本当に必要なものを見つけ出すんだ!!。
きっと僕だけだ!僕だけがこの違和感に気がつけている!。
だから考えろ!!。
必死こいて頭を回せ!!。
吐くくらいぐるぐる回せ!!。
狂うくらい熱く!!壊れるくらい速く!!一ミリたりとも見落とさないくらい隅々まで!!。
今も隣で戦う少女が僕を必要としてくれているんだ!!。
才能も!!知恵も!!熱意も!!夢も!!根性も!!何にもないこんな僕でも必要としてくれてるんだ!!。
だったら…少しくらい賭けたって後悔なんかしないだろ!?。
僕は神崎首相の言葉を思い返していた。
まずは纏めろ、神崎首相の主張を纏めろ!!。
世論を叶えるのが政治家の仕事であり、世論は未来に価値のあるものを必要としている。そして使われなくなった学校にその価値はなく、そんな価値のないものまで守る余裕はない。
簡単に纏めるとこれだ!。
次は部分部分に着目して考えろ。
『世論を叶えるのが政治家の仕事』…これは間違いない。
『世論が未来を求めている』…おそらくこれも間違いない。
『使わなくなった学校に価値はない』…これ自体は間違いじゃない。
『価値のないものまで守る余裕はない』…これも間違いない。
だったら、この違和感の正体は…『学校はもう使わない』っていうそもそもの前提だ!!。
違和感の正体を見つけた僕は立ち上がり、隣でもう何を言ってるかもわからないくらい泣き噦る姫浦に声をかけた。
「姫浦、マイク貸して……あとは僕が戦う」
「櫻井…」
姫浦からマイクを受け取った僕は、緊張で震える身体を無理やり押さえつけ、戦い始めた。
「僕は彼女と同じく鷲宮隊の櫻井と申します。神崎首相、まずお聞きしたいのですが…そもそも『学校はもう使わない』という前提は正しいのでしょうか?」
「何を当たり前のことを…」
「分かりました。質問を変えます。神崎首相は子供には学校が必要だと思いますか?」
「…当然だ。子供には教育が必要だ」
「分かりました。神崎首相は『子供には学校が必要だ』とお考えですが、『学校はもう必要ない』とおっしゃるのですね?」
「その通りだ。さっきから何が言いたいんだ?」
「つまり、神崎首相は…内閣総理大臣は…いえ、日本政府は『もう子供は産まれない』と言っているのですね?」
「…どういうことだ?」
「子供には学校が必要なのに、その学校はもう必要ない…日本のトップがそう言うということは、日本政府はもう子供を産むことを諦めたと言わざるを得ません。これから未来永劫、子供は産まれないから学校は必要ない。つまり学校を壊すということは、日本はネームレス化に対して全面降伏したことに他なりません。人類の滅亡を認めたことに他なりません。人類の滅亡を宣言したに他なりません」
神崎首相は僕の話に静かに耳を傾け始めた。
「いきなり話が変わって申し訳ないのですが、人生はよくリレーに例えられます。受かったバトンを次へと繋げ、叡智を繁栄させてきたその様はまさにリレーそのものです、今まで生きてきた人はみんなそうやってバトンを繋いできました。リレーは、バトンを繋ぐ相手がいるから走ります。このバトンを受け取ってくれる誰かがいるから走れます。自分がダメでも、未来に繋がっていくから一生懸命走れます」
僕はそこまで語ると、一呼吸入れてから話し始めた。
「僕は今17歳の高校二年生…世間が密かにラストチルドレンと呼ぶ人類最後の世代です。政府が子供を産むことを諦めたから、僕らにはこの受け取ったバトンを渡す相手を期待することはできません。僕らは次の世代に繋げるために、誰かにバトンを渡すために走ることが出来ません。僕らはラストチルドレン…要するにアンカーですから。アンカーはゴールを目指すしかありません、私達はゴールを目指して走るしかありません。…でも、ゴールってなんなんですか?。人類の目指すべき目標ってなんなんですか?。そんなの誰にも分かりません。今までの人達はその人類のゴールを、その答えを次の世代に託すことが出来るので、別に良かったですけど、政府が子供は産まれないと宣言した中、僕らはそんなことは出来ません。この人生を一生懸命走りきるために、ゴールを見つけなければいけません。でも、ゴールってなんなんですか?。人類の滅亡ですか?。そんなもののために僕らは走れますか?。その長い人生の道のりを、朽ち果てるために一生懸命走れますか?。こんな世界で未来を心待ちに生きることは出来ますか?。少なくとも、僕には出来ません。僕にはこの人生を一生懸命走れるようなゴールもないんです。走り切れる気がし全くしないんです。僕達は次の誰かに託すために走ることが出来ないから、走ることすらままならないんです」
会場にいる人たちはみんな、黙って僕の話に耳を傾けてくれた。
僕の声だけが会場に響く中、僕は言葉を続けた。
「神崎首相は今の日本には勢いが必要だとおっしゃっていましたよね?。未来へ導く新しい光が必要だとおっしゃいましたよね?。走ることすらままならない僕らに、そんなことを強いるのは酷じゃないですか?。人類の滅亡を目指して走るしかない僕らに、『いずれ朽ち果てるけど頑張れ』なんて言葉は酷じゃないですか?。僕らにだって、この人生を一生懸命走れるだけの理由が欲しいんです。今までの人類の誰もが当たり前のように享受してきたように、バトンを繋げる次の世代を期待したいんです。それなのに、政府が諦めたら、期待なんて出来るわけないじゃないですか!。学校が必要ないとおっしゃるのは、僕らにそういう未来を諦めろって宣言していることに他ならないんです!。僕らだって、人生を一生懸命走りたい!生きる答えを託せる誰かが欲しいんです!そんな誰かが待ってるって期待できる未来が欲しいんです!思わず待ち焦がれちゃうような未来が欲しいんです!。学校を取り壊すってことは、そんな未来を否定するってことなんです!!。だから学校にはまだ守る価値があるんです!!学校こそが僕らの未来の象徴なんです!!僕らにもそんな当たり前の未来が欲しいんです!!!!だから…だから…どうかお願いします」
そして僕は深々と頭を下げて、精一杯の気持ちを込めて、お願いをした。
「僕達に…未来をください」
僕の言葉に会場はポツポツと雨が降り始めるように所々で拍手が湧き始めた。
やがて拍手はさらなる拍手を呼び、連鎖し合うように重なり合って大きくなり、終いには会場が盛大なる拍手に包まれた。
…まるで…みんなの気持ちを代弁するかのように…。
僕はちらりと隣にいる姫浦を一瞥すると、そこにはまだボロボロに泣き崩れる彼女の姿があった。
だけど、それはきっと悲しい涙ではない。
その証拠に、彼女はボソリと僕にこう告げた。
「…ありがとう」
そして僕に、かつてないほどの満面の笑みを見せてくれた。
僕らを包むこの割れんばかりの拍手はこの後も10分ほど、途絶えることなく鳴り続けた。
ようやく拍手が鳴り終わった頃、神崎首相が話し始めた。
「大変示唆に富んだ話をありがとう。…君の名前をもう一度伺ってもいいかな?」
「え?あ、はい…櫻井光輝と申します」
「そうかそうか…櫻井、か…」
そう言って神崎首相は意味深に一人で頷いて見せた。
「さて、櫻井君、君の話は素晴らしかった。だが…鷲宮第二中学の貸出申請は認定できない」
「どうしてですか!?」
神崎首相の言葉に反旗を翻したのは僕だけではなかった。
姫浦はもちろんのこと、会場にいた何人かが声を上げていた。
「君たちの未来に希望をもたらすものは、なにも学校である必要はないはずだ。君の言葉は素晴らしかったが、それだけでは世論までは変えられない。世論が変わらなければ、政治家も動けまい」
神崎首相はそういうと、時間が来たようで、その場を立ち上がり、舞台袖に消えようとしていた。
一見すると逃げるようにも見えるそのような行いに、会場では神崎首相に対する怒号が飛び交っていた。
姫浦はその場を立ち上がり、舞台の上に登って神崎首相を追いかけようとした。
しかし、SPに抑えられ、それすらままならなかった。
「奪わないでよ!!私達の未来を!!」
姫浦はそれでも叫んで争い続けた。
僕がこれ以上はどうしようもなく呆然としていると、神崎首相が最後に僕にこんな言葉を残した。
「君は『未来をください』と言ったが、未来は強請るものじゃない…残念ながら、未来は勝ち取るものだ」
結局、僕らは説得しきることが出来なかった。
内閣総理大臣の認定が貰えず、鷲宮第二中学が取り壊されることが決まってしまった。
最後の光が潰えたのだ。
帰りの電車で望みが途絶えて泣き噦る姫浦の隣で、僕はただ漠然としていた。
結局…なにも変えられやしなかった。
ほんと…現実っていうのはいつだって、嫌になるくらい非情なもんだ…。
僕はそんな不満を口にはしなかった。そんなものに意味はないことを知っていたから…。
それを知っているから、僕は隣で悔しそうに涙を流す姫浦とは裏腹に虚しい以上の感情が湧いてこなかった…。
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