第34話

夏休みが終わり、新学期がやってきた。


暦の上では夏が終わっても、まだ残暑という形で人々を悩ませていた。


だけど、そんな俗世の悩みとは切り離されたかのようにぼけっとしながら昼休みに僕は一人でお昼ご飯を食べていた。


そんな死人のような目をした僕を見かねて、サカもっちゃんが話しかけてきた。


「一人でお昼なんてどうしたんだ、櫻井。いつも食べてる彼女とは別れたのか?」


「いや、別に付き合ってたわけじゃないですよ」


「…え?そうなの?。じゃあ君達なんなの?。随分と仲よさそうだったけど…」


「…さぁ、なんだったんでしょうね」


あれ以来、愛里とは会ってない。


もちろん、彼女のことが先日の一件で嫌いになったわけじゃない。


ただ単に会い辛いだけ。


それでも彼女がいなければお昼は一人で食べることになるので、彼女を誘おうか迷ったが…夏休み放りっぱなしだったくせに昼休みは一人だから付き合わせるっていうのは流石に気が引けたからやめた。


もちろん、彼女から誘いの連絡も来ない。


そういうわけで、愛里とは疎遠になってしまい、僕は再び一人飯を堪能することになったのだ。


まぁ、別に一人飯なんて慣れっ子だし、それは別にいいけどね。


「最近、鷲宮隊の方はどうなの?頑張ってる?」


「…どうなんですかね」


あの日以来、僕は鷲宮隊にも顔を出さなくなった。


分からなくなったんだ、僕が頑張る理由が…。


どうせ、なにをやったって無駄なんだから…。


「おいおい、せっかく数少ない居場所である鷲宮隊まで手を抜いちゃ、君にはバイトしか残らないじゃないか」


「別にいいじゃないですか、バイト。お金っていう確かな結果があるんですから」


「なんだ…結果がどうとか、随分寂しいことを言うようになったじゃないか、櫻井」


「そりゃあ、世の中結果が全てですからね」


そう、所詮世の中は結果が全てなのだ。


『頑張った』とか、『出来ることはやった』なんていう過程は、そぐわぬ結果に自分慰めるための言い訳に過ぎないのだ。


「…そうだね、どうせ世の中、結果が全てだ」


サカもっちゃんも僕の言葉に同意して、そう口にした。


やっぱり、そうなんだ…。


世の中結果が全てなんだ。


それなのに、結果が伴わないことが頑張れるわけがない。


そんな結果が報われようのないことに労力をさけるわけがない。


それこそが無駄…。


そう、全部無駄なんだ…。


僕はそんなことを一人で悟っていると、サカもっちゃんが僕にこんなことを告げた。


「櫻井、それでも覚えておいてほしい。世の中は結果が全てだ…でも、結果は一つじゃない」


「…どういう意味ですか?」


「例えば受験勉強の結果といえば合否だ。だけど、例えば不合格になったとしても、受験勉強の過程で必ず何かしらの知識や知恵や発想が身についたはずだ。その訓練がその身に染み付いたはずだ。そしてそれは別の形で何かしらの結果として身を結ぶかもしれない。もしかしたらその結果というものはほんの些細なものなのかもしれない、どうでもいいようなものかもしれない。それでも、結果は一つじゃないはずだ。これからずっと続く道のどこかで結果に結びつけることが出来るはずだ」


「…結果は、一つじゃない」


「よく『無駄なことなんかない』っていう言葉があるだろ?。あれは半分本当で半分嘘だ。世の中にはどうしても無駄になっていく努力がある…でもそれを無駄にするのは結果なんかじゃない…君次第なんだよ、櫻井」


「…僕次第?」


「そう、全部君次第。…さぁ、君は自分の努力をどうするのかな?」


サカもっちゃんは最後にそんな言葉を残して、僕の元から去っていった。


僕だって…本当は分かってる。


どれだけ無謀な挑戦でも、報われようのない努力でも、意味のない抵抗でも、その過程で僕はきっと何かを手に入れられる。


それは分かってる。分かってるけど…結果が伴わなければ頑張れない。


もっともっと分かりやすい形で、目に見えるような成果がなければ走ることすら出来ない。


些細なものでいいから、僕の努力に対するご褒美が欲しい。


ゴールを目指すための、そこまで走り続けるための活力が欲しい。


それがなきゃ、例え無駄ではないとしても、無駄なようなことを頑張れない。


そんな深い沼にはまったように歩みを止め、動けなくなった僕の前に彼女が手を差し伸べるように僕に声をかけてきた。


「櫻井…補助金の申請、通ったよ」


「…姫浦」


「きっと櫻井のおかげだよ。だから…無駄なんかじゃないよ。私達のやってることは…無駄なんかじゃないよ」


僕の目の前で震えながらそう語る姫浦のその声は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。


きっと姫浦だって迷わないわけではない。迷いながらも彼女はそうするしかないから戦ってるんだ。


…そう思えることが羨ましい。妥協出来ないことが羨ましい。


「無駄なんかじゃないよ。だから…一緒に戦って欲しい」


そう言って、彼女は僕に手を差し伸ばした。


僕は彼女とは違う。


僕は妥協できる、いくらでも妥協できる。


だけど…妥協し続けた先になにも待ってくれてないことを知っている。


僕の人生のページのいくつかを真っ白に塗りつぶしたそれが…それこそが無駄であると知っている。


だから結局、僕も進むしかない。


こうしてまた前に進むための成果も得られたんだ。


今は無駄なように見えても、それでも息を切らして走るしかない。


「うん、一緒に戦おう、姫浦」


だから、僕はそれでも彼女の手を握るのだ。


どうやら僕はまだ、しばらくは走れそうだ。











ちなみにこの後、姫浦は僕に手を握られたショックで気絶し、保健室に運ばれた。


いちいち締まらないので、そろそろ僕に慣れて欲しいものだ。














10月、緑が生い茂っていた山々に赤みがさしてきた今日この頃、僕たち鷲宮隊はとうとう目標金額であった1千万もの資金の調達を達成した。


「皆さま、お疲れ様でした!!」


そんな斎藤さんの声にみな暖かい拍手を送った。


補助金は一度通ると、ほかの補助金の申請もあっさり通った。まるで右に倣えと言わんばかりにあっさりと…。


そういうわけで順調に資金は集まり、目標金額に到達したのだ。


富沢さんのお陰で校舎の取り壊しは年明けまで延期された。


あとはそれまでに校舎を借りるための申請を通すだけ、そしてそれに当たって一番の課題であった資金面もクリア…あとは結果を待つだけ。


これからすぐにでもその申請は文部科学省で再議され、文部科学大臣の同意を得た後、内閣総理大臣に認定されると、鷲宮第二中学は僕らの手に渡る。


そうすれば守れることは確定している、後はのんびりのほほんとやってもいいはずだ。


内閣総理大臣の認定と聞くと仰々しく思うが、どうやらそれはただの通過儀礼に過ぎず、本当にただの事務手続きでしかないようだ。


だから、一番の難関は文部科学省での協議によって、文部科学大臣の同意を得られるかどうかなのだ。


なんにしても、ここまで来たらもう結果を待つしか出来ない。


果報は寝て待て…しばらくは羽を伸ばして休むとしよう。


…とは言ったものの、僕に後やることと言ったらバイトくらいしかない。


愛里とは相変わらず疎遠な今、遊ぶ相手もおらず、僕は学校に残る理由もなく、家に帰って天井を見つめながらこう呟くのだ。


「…暇だ」


愛里は…今どうしてんのかな…。


僕がふと、愛里のことが脳裏によぎったその時、僕の携帯の着信音が鳴り響いた。


特にこだわりもないので、初期設定なままの着信音に反応し、携帯を見ると、そこには見知らぬ番号が表示されていた。


見知らぬ番号に警戒しながらも、僕は着信に応じた。


「もしもし?」


そんな僕の呼びかけに応えたのは同い年くらいの女子の声だった。


「もしもし、櫻井光輝さんですか?」


「そうですけど?」


「私は…一年の頃同じクラスだった槇原と申します。…覚えてますか?」


「…槇原?。もしかして愛里が『サクラちゃん』って呼んでる…」


「そうです。いつも友梨奈がお世話になってます」


彼女は愛里の親友で、一年の頃同じクラスだったが、ほとんど会話もしたこともなく、1学期の終わり頃に転校してしまった女子生徒だ。


そんな僕とはほぼ関わりのない彼女がどうして僕に電話などして来たのかは定かではないが、彼女は自己紹介をした後、改めて僕にこんなことを言ってきた。


「よろしく…もう一人のさくらちゃん」


「ど、どうも…」


『もう一人のさくらちゃん』とか、なんかカッコいいな。


そんなことを思いつつも僕は気になったことを尋ねた。


「どうして僕の番号を?愛里さんから聞いたの?」


「いや、友梨奈はこの件に関しては関係無いよ。これは私の単独犯、友梨奈は加担してないって予め言っておくよ」


「そ、そうですか…」


「それにしても、友梨奈から聞いてはいたけど、君って本当にボッチなんだね。一年の時のクラスメイトに君の連絡先を聞いて回ってたけど、ほんと誰も知らなくて困ったのなんのって…」


「す、すみません」


自分の思いもよらないところで僕のボッチのせいで苦労させたのだと思うとなんだか申し訳なくなった。


「『加藤君なら知ってるかも』ってことで加藤君から又聞きさせて教えてもらったんだけど…そんなことはさておき、友梨奈はさくらちゃんに会いたがってるよ。会って謝りたいことがあるんだってさ」


「謝りたいこと?」


「詳しくは知らないけど、友梨奈が君に酷いこと言ったそうじゃない。それについてのこと」


「…そっか」


「あんまり友梨奈の擁護をするのは良くないとは思うけどさ、私からちょっとあの子のことについて話させて欲しい」


「わかった、どうぞ」


「私も友梨奈とは小さい頃から一緒でさ、当たり前のようにずっと隣にいたの。そんな私が転校して、彼女は初めて自分の『居場所』っていうものの価値に気がついたの。当たり前のようにあった居場所が、どれだけ大切なものかが分かったの。そんな時に君が現れて、友梨奈はまた新しい『居場所』を手に入れられた。…それと同時に、それを失う恐怖に悩まされることになった。…話に聞けば、君は最近忙しいらしいじゃないか?」


「まぁ…ちょっと前までは…」


「君が忙しくなって、友梨奈が一人の時間が増えて…友梨奈はまた居場所を奪われるんじゃないかと不安になったんだ。だから、友梨奈は不安に耐えきれなくなって、君に酷いことを言っちゃっただけなんだ。友梨奈は良い子だよ、優しくて、人懐っこくて、なにより可愛い。そんな友梨奈にそこまで言わせるほど、友梨奈は不安でたまらなかったんだ。友梨奈のこと許してまで言わないけど、友梨奈の気持ちも分かってあげてほしい」


「…大丈夫、僕もよくわかるよ」


居場所のない苦しみも、一人の虚しさも、よく分かる。周りが前に進む中、自分だけ置いていかれるような感覚、どうにかしなきゃって焦燥感が募るのに、どうにも出来なくて一人で抱えて苦しむしかない。


僕だって、伊達にボッチをやってるわけじゃないから、痛いほどよくわかる。


薄暗い舞台の下から、ステージの上で輝いていた加藤を見上げていた時のように、愛里も僕を恨めしそうに見ていたんだ。


そして自分が置いていかれるのに耐えきれなくなって…彼女は僕を舞台の下に引き摺り下ろそうと、僕にあんなことを言ったんだ。


「友梨奈の言ったことは…許されないかもしれない。だから『また前のように友梨奈の居場所になってあげて』とは言わない。だけど、君がそれでも友梨奈の味方をしてくれるなら、一度友梨奈に会ってあげて欲しい。友梨奈の話を聞いてあげて欲しい」


「…分かった、必ず会いに行くよ」


「うん…ありがとう」


そして、最後に槇原はどこか寂しげな声で僕にこう告げた。


「私はもう側にいられないから、貴方が友梨奈の味方になってあげて…さくらちゃん」


それだけ言い残して、通話は切られた。


たしかに愛里のやったことは酷いことだ。


でもだからって、愛里を怒る気にもなれない。…だって、僕も同類だから…。


しかし、これからも前のような関係を続けるのだろうか?。続けられるのだろうか?。


僕は今は少し時間が空いてるだけで、またいつ忙しくなるかわからない。


だから、僕は彼女の居場所になり続けることは出来ない。


でも、それでも僕は彼女の力になりたい。彼女が苦しんでいるなら助けたい。


彼女が僕にくれた喜びも、安らぎも、楽しみも、全部嘘偽りなんてどこにもない。全部本物だ。


だから…僕は、彼女にいつものようにメールを送るのだ。


『お一人ですか?』、と…。

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