第32話
「最近頑張ってるね、櫻井君」
鷲宮隊の集まりで、斎藤さんは僕にそう話しかけて来た。
「もしかして…答えを見つけたのかな?」
『答え』というのは、おそらくは『僕の迷いを払拭できるほど意味のある鷲宮中を守るための理由』のことを指すだろう。
残念ながら、そこまでの答えを僕は見つけたわけではなかった。
「答え…というほどではありませんけど、頑張る理由くらいは見つかりました」
「そうか…それは良かった」
そう、僕は姉から託された夢を理由に頑張っている。だけど、迷いを抱えたままだから、相変わらずそれは顔に出てしまうようで、以前よりは積極的にはなれたけど、話しかけて募金してもらえるかどうかの成功率は低いままだった。
あくまでこれは姉の自分勝手な夢、僕はその姉のエゴの片棒を担いでいるに過ぎないのだ。
そしてそれは『目の前にいる誰かのためになるか』という僕が抱えている疑念を吹き飛ばせるほど社会的意義のあるものではなかった。
それでも迷いながらも憧れた未来に少しでも近づくため、僕は姫浦と並んで毎日募金活動に勤しむ日々を送っていた。
その関係で、僕はバイト先の店長に頭を下げてシフトを減らしてもらった。
店長はいつものように『素晴らしい!!』と褒めてくれたが、人手が欲しい今の時期に僕のシフトを削るのは厳しいものがあったはずだ。
だけど、そんな顔を一つ見せずに僕を応援してくれた店長には頭が上がらなかった。
そんな日々が続いたある日、今日の募金活動を終えた僕は姫浦を家に連れて来ていた。
「初めまして、姫浦と申します。光輝君にはいつもお世話になってます」
姫浦は僕の家族にそう言って深々と頭を下げた。
「…大変!!光輝が女の子を連れて来た!!」
母が僕が姫浦を家に連れて来たのを見て慌てふためいて大声で叫び始めた。
「なに!?光輝が女の子を!?」
母の声を聞いた姉がお腹を労わりながらもドタドタと玄関にやって来た。
「彼女か!?彼女なのか!?彼女だと言うのか!?弟よ!!」
「彼女じゃないよ。…あんまりそれ言うとウチに救急車呼ぶことになるからやめて」
僕は以前、姫浦の彼氏面した際に姫浦が倒れて痙攣して泡を吹くほど嫌がったことを思い出し、その二の舞を避けるために場を鎮めようとした。
「彼女じゃないだと!?。彼女でもない女の子を家に連れ込もうとしているのか!?弟よ!!」
「だからそんなんじゃないんだって…。姫浦が姉ちゃんに会いたがってるから連れて来たんだよ」
「私に?」
「そう。…正確に言うなら、妊婦の姉ちゃんに会いに来たんだよ」
「あぁ、そういうことか…それなら上がりな、姫浦ちゃん」
そう言って姉は姫浦を先導して家にあげた。
姫浦が僕の家に来た理由…それは姉に会いに…もう少し言うなら姉の中にいる赤ちゃんに会いに来たからだ。
以前、姫浦との手紙のやり取りで僕は姫浦に姉が世間を騒がせている噂の妊婦であることを打ち明けた。
それを知った姫浦は目の色を変えて、珍しく僕に直接話しかけて来た。
「お姉さんに会わせて」
トラウマが蘇るほど苦手な僕に直接言うほど、姫浦は出産に興味があったのだ。
「…お腹の中に赤ちゃんがいるのって、どんな感じなんですか?」
姫浦は姉のお腹を触りながら、僕には決して見せないキラキラした瞳で姉にそんなことを尋ねていた。
「お腹の中に隠れているだけで、ちゃんとそこで生きてるってわかる感じ」
「よくわからないですけど…凄いですね」
「うん、凄いよ」
そんな風に姫浦はただただ感動していた。
二人の輪の中に入って会話もできず、だからといって自分が呼んだ客人を丸投げするわけにはいかない僕はそんな二人の様子を少し遠目に伺っていた。
その時、ふと携帯に目をやると、愛里から『お一人ですか?』といういつものお誘いメールが来ていたのに気がついた。
まだしばらく姫浦と姉の会話は続きそうなので、今日は遊べないなと判断した僕は断りの旨を愛里に伝えた。
よく考えてみたら、ここしばらく愛里と遊んでないなぁ…。
いつもなら『誰かの誘いを断るほど、僕は忙しくない』とか言ってなんでも承諾していた僕が、誰かの誘いを断るほど忙しくなるとは…自分のふとした変化に僕は一人、うっすらと笑いを浮かべていた。
「女子のトークを遠巻きに見ながら一人ほくそ笑むとか…血を分けた弟ながらきもいわぁ」
そんな僕の一瞬の油断を姉が目撃していたのか、姉が僕に向けてそんなことを口にした。
「いや、そんなんじゃないって…」
「大方、『こんな僕が女の子を家に連れて来るなんて…』みたいな感じにニヤニヤしてたんだろうけど、姫浦ちゃんは光輝じゃなくて、私目的なんだからね!勘違いしないでよね!!」
なぜかはわからないが、姉がツンデレ風に僕を諭して来た。
それでも姉の言ってることが遠からず当たっているのでうまく反論ができなかった。
「姫浦ちゃん、実際どうよ?。うちの弟、どう思うよ?」
「えっと…良い人だとは思います」
姉の質問に姫浦は苦笑いを浮かべながらそう答えた。
…あかん、姉ちゃん、これ脈ないヤツやん。
僕は遠巻きに一人傷付いていた。
「あかん、光輝、これ脈ないヤツやん」
血を分けただけあってか、姉も僕と全く同じ意見であった。
「そうだ!姫浦ちゃん、せっかくだから光輝の部屋見てみたいと思わない?」
姉はどうにかして僕と姫浦の仲を発展させたいのか、そんなことを提案した。
「え…いえ、別に…」
姫浦はマジのトーンで断って来た。
まぁ、当然といえば当然だ。
僕が苦手な姫浦がその巣窟に踏み込もうものならば、泡吹くでは済まないレベルで拒絶反応が起きるかもしれない。
僕も自室で死人を出したくはない。
「姉ちゃん、そういう気遣いいらないから」
僕は姫浦に気を使わせないためにも姉をそう言って抑えつけた。
「そうだ、姫浦ちゃん。光輝の卒アル見たくない?」
「見たくないだろうし、姫浦とは同じ中学だよ」
しつこいくらいに何かをさせようと企む姉に僕はそう言って牽制した。
「だったら私の卒アル見たくない?姫浦ちゃん」
「なんでそうなるんだよ!?」
『同級生の姉の卒アル見て何が面白いんだよ!?』ってツッコミたくなったが、そんな僕を尻目に姫浦が意外な答えを出した。
「あっ…瑠美さんのならちょっと見てみたいです」
え?なんで?。
同級生の姉の卒アルとか興味ないのって、もしかして僕だけ?。
もしかしていまJKの間に『同級生の姉の卒アル見たいブーム』とか空前絶後の流行りが来てたりするんですか?。
「じゃあ、光輝、あんたの部屋に私の卒アル置いてあるから持ってきて」
「なんで僕の部屋に姉ちゃんの卒アルあるんだよ?」
「こういう時のために1年前から仕込んで置いた」
「準備良すぎるだろ!!」
「姫浦ちゃんも卒アル見つけるの手伝ってくれない?」
「…わかりました」
自分で見たいと言った手前、探すのを手伝うのは断りにくかったか、姫浦は渋々承諾した。
こうして、僕らは二人で僕の部屋に行くことになったのだが…。
『弟よ、隙を見て押し倒せ』
姉がアイコンタクトで僕にそう伝えて来た。
…いや、そんなことしたらマジで姫浦死んじゃうから…。
そうとは口には出せない僕は何も言わずに姫浦を連れて僕の部屋に向かった。
「散らかってるけど…どうぞ」
そうは言うものの、僕の部屋はぱっと見では別に散らかってはいなかった。
僕は別にキレイ好きと言うわけでもないし、頻繁に部屋を掃除しているわけでもない。
ただ、物が少なく、どこかから何かを引っ張り出したりもしないので、散らかる要素がないだけなのだ。
「別に無理して部屋に入らなくてもいいから」
僕の部屋で死人が出るのも困るので、そう言って姫浦に念を押しておいた。
「…大丈夫」
彼女はそう言って青い顔しながら僕の部屋に足を踏み込んだ。…思えば、僕の部屋に身内以外の女の子が入るのは初めてだった。
愛里とはよく遊ぶが、お互いの家に行き来したことはまだなかったのだ。
そういうわけで、僕の部屋に初めて女を教えてくれたのは姫浦ということになった。
姉ちゃんは『押入れの奥にあるかも』なんて言ってたな…。
そのことを思い出した僕は早速押入れを開けて奥を調べた。
全く…こんな事態を想定して自分の卒アルを弟の部屋に仕込んでおくとか…準備が良すぎる。先見の明があり過ぎだろ、姉ちゃん。
僕がそんなことを考えていると、押入れの奥から目的の卒アルのカバーを見つけた。
「あったあった」
僕の傍で僕の様子を伺っている姫浦にも分かるように僕はわざとらしく発見した旨を声に出して伝えた。
僕はカバーを押入れから取り出し、がバーから中身を取り出そうとすると、中身が無いことに気がついた。
そしてその代わりにカバーから一枚の紙切れがヒラヒラと舞い落ちた。
僕は嫌な予感がしつつも、その紙を手に取り、中身を拝見し、その内容に驚愕した。
『ふっふっふ、世界で最も大切で、世界で最も美しく、世界で最も愛すべき貴様のお姉様の卒アルは私が預かった。返して欲しくば、残された暗号から卒アルの隠し場所を突き止めてみよ。Mr.姉上より』
「準備良すぎるだろおおおおおお!!!!!!!!」
姉の用意周到さに思わず叫んでしまった僕に、傍で見ていた姫浦はビクッと怯えてみせた。
何が起きたかわからない姫浦に状況を伝えるために僕はクソ姉からのメッセージを姫浦に手渡した。
黙ってそれを読んだ姫浦は状況を察したようで、黙って僕にメッセージを返して来た。
戻ってきた紙に目を通すと、メッセージには暗号らしき一文が添えてあった。
『ヒント、熟睡より深き底』
熟睡ってことは、おそらく睡眠関係の物だ。
で、この部屋に睡眠に関係するものはベッドか、その周辺に限られてくる。
おそらくはベッドが一番怪しい。そしてそのベッドで深い眠りにつく僕よりも深い底…つまりはおそらくはベッドの下のことだろ。
そう考えた僕は注意深くベッドの下を覗いた。
すると、ベッドの底に紙が張り付いてあるのが見えた。
ベッドの下に何かがあると分かっていないと見えないように巧妙に貼り付けられていた。
その紙を剥がして内容を見ると、次の暗号が示されていた。
『ヒント2 汝に残された唯一の居場所』
…む?これは難しい。
僕に残された居場所?。どういう意味だ?。
考えている僕の傍で姫浦が物欲しそうな顔をしていたので、僕は姫浦にヒントをみせた。
姫浦も分からないようで、難しい顔を浮かべていた。
当てのない僕はとりあえず部屋を見渡してみた。
部屋にはベッドやクローゼットに机など、だいたいみんなが想像するような一般的な部屋という印象だ。
そもそもこの部屋自体が僕の居場所であるというのに…僕に残された唯一の居場所とはどういうことなんだ?。…っていうか、なんで僕、自分の部屋で宝探しさせられてるの?。なんで僕の部屋が僕の知らないうちに魔改造されてるの?。そしてそれに一年も気がつけなかった僕ってなんなの?。もしかして、僕の部屋ですら、僕の居場所なんかじゃないの?。
そんなことを危ぶみ始めた僕はとりあえず自分の居場所なるものを考えてみることにした。
僕の居場所…今でこそバイトとか鷲宮隊とか愛里とか色々思い当たる節はあるが、姉がこれを仕掛けたのは一年も前のことだ。一年前の僕といえば…居場所という居場所なんかなかった。
そんな僕に唯一残された居場所…あ、そうか…。
あることを閃いた僕は自分の机を念入りに調べ始めた。
あの頃の僕に残された唯一の居場所は少なくとも学校内では自分の席だけだった。
その机すら文化祭で奪われて、愛里と出会うことになったのだが…なんにしても、僕に残された唯一居場所が机なら納得ができる。
すると僕の考えに答えるように壁と接している机の面に紙が貼り付けてあることに気がついた。
「…どうして机が唯一の居場所なの?」
側で見ていた姫浦がそんな疑問を口にした。
「聞かないでくれ…傷はまだ深いから」
僕は溢れそうになる涙腺を抑えながらそう答えた。
…っていうか、姉は一年も前から僕に残された唯一の居場所が自分の席しか無いことに気が付いていたのか…なんか恥ずかしい。
それはさておき、僕は次なるヒントに目を通した。
『ヒント3 袋詰めされた若き日の夢』
…分からん。
僕はヒントを姫浦に見せたが、姫浦もちんぷんかんぷんといった様子だった。
袋詰めってことは…何かの中に閉じ込められているということか?。例えばクローゼットとか、そういう類の物の中なのか…。
でもクローゼットに『袋詰め』っていう表現は何か違和感がある。袋詰めと言うからにはもっと袋状の形態のもの…何かそれらしきものがこの部屋にあったかな。
「もしかして…あれのこと?」
そんな風に僕が考えていると、姫浦は部屋の片隅にあった何かを指差してそう言った。
姫浦が指を指した先には黒いギターケースが壁に立てかけられてあった。
それはかつて、加藤からバンドを組もうとさそわれ、高校の入学式直前に購入し、わずか1、2ヶ月で封印されることとなったギターであった。
使わなくなったと言っても、処分するのも勿体無く、結局そのまま放置してあったのだ。
『袋詰めされた若き日の夢』…なんだがしっくりくる。
そう考えた僕は早速ギターケースを開けた。
中には大して使われることなく、封印され、すっかり寂れてしまったギターと目的の卒アルが眠っていた。
「やっと見つけた!!」
僕が姫浦に念願の卒アルを見せつけると、姫浦も嬉しそうに笑っていた。
…思えば、こうして真正面から姫浦の笑顔を見るのは初めてだ。
それもこれも全て、姉の珍妙な手口のおかげか…。
認めたくはないけど、姉には感謝せざるを得ない。
なんにしても、こうして顔を合わせられる程度には姫浦との関係も修繕できたのかもしれない。
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