第31話

「ただいま絶賛、世間を騒がせてる超有名人のスーパースター、櫻井瑠美が帰ってきたぜぃ!!」


騒がしい姉が喧しく我が家に帰ってきた。


なんでもこれから出産に集中するためにしばらく我が家に帰ることにしたそうだ。


「控えおろう、弟よ!!。余は朝刊の一面を飾った有名人であるぞ!?図が高い!!」


お腹の子供に少しでも精神的な負担をかけないためにも姉には出来るだけリラックス出来る環境が必要であり、慣れ親しんだ我が家ならば精神的に楽だし、家族のサポートもあるので負担もかなり軽減される。


おまけにマスコミへの対応なども家族で対処できるし、お腹が大きくなった時、外を出歩けば他の人にも一発で例のコウノトリ制度を申請した話題の人物だとバレてしまう。


そう言う諸々の事情を考慮しても、出産に集中するために姉が帰ってくるのは妥当な判断であった。


「じゃ、私これから出産っていう大義名分でニートすっから、お世話よろしく」


「姉ちゃん、仕事はどうしたの?」


「産休とった。まだこんな世にもそんなものが残っていたのに驚いたよ」


…まぁ、なんにしても姉が我が家に帰ってきた。


「お腹まだ大きくなってないんだね」


「まだ妊娠3ヶ月だからね。これからどんどん大きくなるそうよ。出産は年明けごろだそうだ」


いま、日本中が姉の出産のいく末に関心がある。


流石に個人名までは未だに流出してないが、ニュースや新聞はどこからリークしたかは知らないが、連日のように姉のお腹に宿る胎児の経過を報道している。


相変わらず、世間はどちらかというと姉の行いを無謀だと非難している声が大きい。


そういう声が大きい理由が、僕にも分からなくはない。


はっきり言って子供など居なくても生活が困るわけではないのだ。子供がいなくても生きることに支障が出るわけではない。子供が、必ずしも必要なんてことはないのだ。


子供がいなくても普通に生きていくことができる…それなのに小さな命を巻き込んでまで子供を産もうとすることはもはや自分勝手なエゴでしかない。


それにもかかわらず出産に踏み切ることは、ロウで固めた翼で太陽を目指したかのイカロスのような愚行に他ならない。


天を目指そうとしなければ、彼は地に叩きつけられることはなかった。身の丈にあった幸せ以上のものを求める者には当然の仕打ち…今回の姉もまさにそういうことだ。


出産なんかしなくても生きることは出来る。子供がいなくても生きることは出来る。未来がなくても生きることは出来る。


でもだからって…今以上を求めようとすることは罪なのか?。























眼が覚めると、僕は学校の保健室で横になっていた。


「よぉ、櫻井。まさか体育中に倒れるとは思わなかったよ」


僕の傍でサカもっちゃんが椅子に腰掛けていた。


「…僕、倒れたんですか?」


「話によれば、顔面にバスケットボールがぶつかって、そのままノックアウトだそうだ」


「マジですか…」


まさかボールがぶつかった程度で倒れるとは思ってなかった僕は自分の貧弱さにショックを受けた。


「幸い、ただ気絶しただけとのことだけど…今日は早退して病院で診て貰った方がいい」


「そうですね。…サカもっちゃんはどうしてここに?」


「保健の先生がちょっと席を離してる間、暇だったら診てたんだよ」


「そうなんですか」


「まぁ、こんなに暑いと倒れたくもなるよな」


そう言ってサカもっちゃんは蝉の声が鳴り響く、炎天下の校庭に目をやった。


外では同じクラスの生徒が倒れた僕のことなんか忘れて、楽しそうに球技に勤しんでいた。


僕はしばらく無気力に陽炎の揺蕩う空を眺めていた。


「どうしたんだ?櫻井。最近なにか悩んでいるようだが?。…いや、悩んでいるのはいつものことか」


「まぁ、ちょっといろいろと…」


「どれ、話してみ」


曖昧に誤魔化そうとした僕にサカもっちゃんはそう言って踏み込んできた。


一応、サカもっちゃんとは付き合いが長いし、いろいろお世話になっている。性格は悪いが信頼出来る人だ。


僕は今考えていることを力なく話し始めた。


「サカもっちゃんは、コウノトリ制度が2年ぶりに施行されたのを知ってますよね?」


「もちろん。2年ぶりに日本で誰かが子供を産もうとしている…関心が無いわけないよ」


「あれ、僕の姉なんです」


淡々と衝撃の真実を僕から突きつけられたサカもっちゃんは目を丸くして驚いていた。


「…そうか…櫻井の姉だったのか…。そいつは驚いた」


「それで、テレビで連日のように姉の良し悪しが議論されているんですよね。それを見てると今世間はどちらかというと、姉に対する批判の声が多い気がするんですよね」


「…そうだね。どちらかというと君のお姉さんを非難する声の方が多いね」


「まぁ、別にそれは仕方ないと思うんですよね。子供がいなくたって生きていける、それなのに子供を巻き込んでまで子供を産もうとするのはただの自分勝手な行いでしかない。だから、姉を非難する人たちの声を否定することは出来ないと思うんです。自分の都合で太陽を目指したイカロスが罰せられたように、姉にそういう声が集まるのも当然のことなんです」


「それもそうだね。君のお姉さんに対する批判が間違ってるとは思えない」


「そうなんですよ、誰も間違ったことなんて言ってないんです。だけど…だけどなんか…なんか腑に落ちなくて…。子供がいなくても生きていける、産まなくても生きていける…だから今のままで納得しろって言われてる気がして…でも、なんか納得出来なくて…」


上手く言葉に出来なくて、僕はヤキモキしていた。


僕にもっと思いをうまく表現する術があれば…そんなどうしようもないことを考えてしまう。


サカもっちゃんは僕の話に静かに耳を傾けた後、こんなことを話し始めた。


「櫻井はマズローの欲求五段階説というものを知ってるか?」


「…知りませんよ。なんかそういう小難しいの受け付けなくて…」


「まぁ、とりあえず聞け。マズローの欲求五段階説っていうのは人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が満たされると、より高次の階層の欲求を欲するとされる説のことだ。下の階層から順に生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求となっている。生理的欲求っていうのは食べるとか寝るとか生きていくのに絶対必要な欲求、安全欲求っていうのは命の危機を回避したい、安全や安心に対する欲求だ。これは例えば雨風をしのぐために家が欲しいとか、健康に対する欲求などを指す。社会的欲求っていうのは集団に属したり、仲間が欲しいっていう欲求のことだ。尊厳欲求っていうのは他者から認められたり、尊敬されたいという欲求、自己実現欲求っていうのは自分の能力を引き出して創造的活動がしたいという欲求のことだ」


「はぁ…」


いきなり小難しい話を始めた先生に僕は唖然としていた。


「で、マズローの欲求五段階説っていうのは一番下の生理的欲求が満たされたら次の安全欲求を求めるようになって、それが満たされれば次の社会的欲求を求めるようになるっていう感じに人間の欲求には五つの段階があるってことを唱えてるんだ。…詳しくはググれ」


「はぁ…」


「で、この説が正しいかどうかはさておき、人間の欲求には段階があるっていう考えは示唆に富んだものだと思う。これと同じように『生きる』にも段階があると考えるんだ」


「『生きる』に段階?」


「そうだ。明日死ぬかもわからない戦争下で生きるのと、今こうやって保健室でゆっくり寝ていられる平穏な日々で健やかに生きることが同等だと思うかい?」


「そりゃあ…思わないですけど…」


「より安全に、より豊かに、より健やかに、より幸せに生きようと望むことは格段おかしな話じゃない。誰もが本当はそうありたいと願っているはずだ」


「…でも、だからってそのために誰かを巻き込んでいいとはならないですよ」


「そうだね。だから君のお姉さんをロウの翼で空を目指した愚かなイカロスと罵る人もいるだろう。…でも、これは誰かがやらなきゃいけないことなんだ」


「ロウの翼じゃ、空を飛べないとしても?」


僕の質問に先生は静かに頷いた。


そして、遠くで響く蝉の声と、楽しそうに校庭で騒ぐ生徒達の声に紛れて、先生は僕に静かにこう告げた。





「だって…それでも人は、鉄の翼で空を飛んだじゃないか」
















太陽が唸る様な暑さをもたらす今日この頃、僕の高校生で二度目の夏休みが始まった。


去年の頃の予定が丸々白紙で始まった夏休みとは違い、今年の夏はそれなりに予定が詰まっていた。


バイトが大さじ1杯、愛里と遊ぶ予定が小さじ2杯分、募金活動を少々…それらをかき混ぜて焼き上げたものが今年の僕の夏休みだ。


去年の夏休みはなんの味付けもされていない無味無臭で口に運ぶたびに飽きで吐き気を催すほどだったが、今年の夏は考えていたよりもずっと美味しそうな色合いをしていた。


バイトはもうすぐ始めて1年が経とうとしていた。


ここまでくればなんでも完璧にこなせる…なんてことはなく、それなりにミスもするし、人に助けてもらうことも多々ある。まだまだ課題は多いが、それでも戦力にはなっていると思えるほどには成長した。


愛里ともたくさん遊んだ。カラオケ行ったり、ショッピング行ったり…二人で海にも行った。


太陽に光が反射してきらめく海で水着姿の彼女は輝いていた。…マジで目のやり場に困った。


それでも彼女と過ごす時間はどれもこれも楽しかった。…うん、間違いなく楽しかった。


ただ、それでも僕らの関係をこれ以上発展させる様な兆しは無かった。…まぁ、別にいいんですけどね。


募金活動は…やっぱり僕は難航したままだった。以前、斎藤さんと話した時の『鷲中を守ることの社会的意義』が見つからないままの僕は迷いを払拭することが出来ないままだった。


資金集めの方は…思っていたよりも難航していた。募金はそれなりに集まってはいるのだが、補助金の申請がなかなか通らず、目標金額にはまだまだ届いていなかった。


鷲中を借りるためには申請を通す必要があるのだが、その申請を資金不足のために断られているのだ。鷲中を守るためにはなんにしても金、とにかく金が必要であった。


姫浦は当然のようにほぼ毎日、募金活動に励んでいた。


自分の出来ることを精一杯できる彼女は暑さで汗すら滾る炎天下の中、おそらくは今日も戦っているだろう。


彼女の奮闘する様子を目にして、僕も何も思わないわけではない。


『ちょっとくらい頑張らなきゃ』とか、そのくらいの感情は湧いてくる。


それでも、彼女の隣を並んで歩けるほど、夏の暑さは僕を滾らせてはくれなかった。


そして彼女が必死になってお金を集めるのを尻目に、僕は家族で日帰り旅行に行っていた。


妊娠も5ヶ月目に迫り、姉のお腹は側から見ても分かるくらい大きく膨れていた。


妊婦など他に見る機会もない僕は大きくなるお腹を実際に見るのは初めてで、思っていたよりもずっと大きくなってる姉のお腹に若干だが恐怖すら感じていた。


「姉ちゃん、お腹大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫、たまには家を出て気晴らしも必要さ」


僕ら一家が乗り込んだ車で僕の横に座る姉はお腹を優しく摩りながらそんなことを口にしていた。


妊娠初期特有のつわりなどの症状も落ち着き、安定期に入り、姉の容態も良くなったので姉の運動も兼ねて僕らはこうして家族で日帰り旅行に行くことにしたのだが…姉のお腹の大きさはもう隠すことが難しいため、他の人に見られたらおそらくは今世間を騒がせている例の妊婦であることがバレてしまう。


そのため、なるべく人に見られない様にするために、僕らはこうして車で旅行することになったのだ。…なんとなくだが、有名人がお忍び旅行する大変さがわかった気がする。


「はぁぁぁ…シャバの空気は美味えなぁ」


だけど、そんな僕の心配をよそに、久しぶりに外に出られた姉は呑気に窓から溢れる風の心地よさを噛み締めていた。











「うわぁ、家族でここに来るのも久しぶりね」


僕らが住んでる街を見下ろせる小高い丘から、世界を見下ろしていた姉はそんなことを口にしていた。


ここは山道へと続く道の途中にある公園で、僕が小さい頃は家族でよく来ていた場所だ。


姉の強い要望で僕ら家族はここに寄ることにしたのだ。


お盆前ということもあり、公園には僕らの他にちらほらと人が見受けられた。


「姉ちゃん、あまりはしゃぐと目立つから控えなよ」


姉は今、世間の注目を浴びている存在。


体内に宿す子供の存在はその大きく膨らんだ腹部を見れば悟られてしまう。


今の姉を見れば一瞬で例の妊婦であることがバレてしまう。


その証拠に、周りの人たちは姉を見るなり、異物を見つけた時のような険しい顔を浮かべてヒソヒソと周りの人と何かを話していた。


「別に悪いことしてるわけじゃないんだ、堂々としたっていいだろ」


そんな風に言って、姉は周りからの不信感を笑い飛ばした。


「それにな、そんなこといちいち気にして、ストレスでこの子に悪影響が出たらどうするんだ?。周りがどう思おうとも、私の今はこの子のためにあるんだ。誰が何を望もうとも、この子のためになることをするよ」


「…まぁ、姉ちゃんがこの程度のことで臆するわけないか」


そんなことわかりきっていたんだ。言うだけ無駄だと思って、僕も周りなんて放って置くことにした。


それに…どうやら周りの人達の全員が全員、姉のことを疎んでいるというわけではない様だ。


その証拠に、姉と同い年くらいの女性が姉の元に恐る恐る近寄り、姉に躊躇い混じりに声をかけた。


「あの…もしかして…妊婦さん、ですか?」


「そうですよ」


姉は笑ってそう答えた。


「あの…お腹、触ってもいいですか?」


「どうぞ、可愛がってあげてください」


そう言って姉は自ら進んでお腹を差し出した。


女性は未知の生物を触る時の様に恐る恐る手を伸ばし、命に触れた。


「…あ、動いた…」


優しい手つきで撫でるかの様に手を添えていた彼女は、命の鼓動をその手で感じたのか、そう言ってそっと微笑んだ。


「最近、よく動くんですよ、この子。早くこの世界に会いたくて、『ここから出して』ってただ捏ねてるみたいに…」


そんな姉の言葉を彼女は興奮混じりに耳を傾けていた。


その後、5分くらい黙って命の工程に触れ、僕らはその場を後にした。


「応援してます!!頑張ってください!!」


彼女は最後にそんな言葉を姉に投げかけてくれた。


その後も僕らは姉の体に負担かけない様に気を使いながら、ドライブを続けた。


行く先々で姉は好奇の目に晒されていたが、何人かの人は姉に『頑張って』とエールを送ってくれた。


「この世界も、まだまだ捨てたもんじゃないね」


そんな人達を遠目に、姉はそんなことを呟いていた。


「それでも、この子の誕生は、もっと多くの人に祝福して欲しいな」


まったく…ワガママな姉だ。でも、僕も心の底からそうなって欲しいって思ってしまった。


日が西に傾き、今日を十分に満足した僕らは家に帰ることにした。


「姉ちゃん、なんで子供産もうって思ったの?」


その帰りの車の中で、僕は姉にずっと前から気になっていたことを尋ねた。


「…さぁ、なんでだろうね。最初はネームレスなんていうわけわからないもので自分の選択肢が狭められるのが嫌だったとか、そういう反骨心もあったと思う。…でも今は、ただ早くこの子に会いたいって思ってる。この子が産まれて、健やかに育って、元気に生きる未来を心待ちにしてる。私達が当たり前のように享受した幸せを、この子にも与えてあげたいって思う」


そう言って姉は、優しく、愛おしく、その手で命の宿るお腹を撫でた。


「光輝、あんたもお腹、触ってみる?」


姉は僕にそんなことを提案して来た。


実のところ、僕は姉が妊娠してからまだ姉のお腹を触ったことが無かった。


見たこともないくらいに歪に、はち切れんばかりに大きく膨らんだお腹が風船が割れる時の様に何かの拍子に弾けてしまいそうで怖かったのだ。


だけど、他の人が小さな命に触れて、嬉しそうにしている様を見ていて、僕も少し触ってみたいと触発された。


だから僕は恐る恐るこの手を伸ばし、繊細な精密機器を扱うように丁寧に、優しく、その命に触れた。


静かに脈打つ鼓動が、僕の掌を通して、『生きてるよ』って僕に教えてくれた。


今まで感じたことのない感触に、僕はしばらく手が離せなくなった。


「どうする?この子が産まれたら、あんた叔父さんになるんだよ?」


「叔父…さん…」


この齢で『おじさん』呼ばわりされることに困惑しつつも、そんな未来が来るのをうっかりと期待してしまった。


「光輝…あんたに今の私のひそやかな野望を教えてあげる」


「野望?」


「この子が産まれて、健やかに育って大きくなって、いつか学校に通わせることになる。私や光輝が学んで来たように、この子にもそんな楽しみを与えてあげたい。だからこの子が中学生になったら、私達の母校である鷲中に通わせたい。自分達の母校に通う、この子の姿が見たい」


姉は優しく自分のお腹に語りかけるようにそんなことを話した後、僕の方を見てこんなことを言ってきた。


「光輝、あんた今、鷲中を守るために色々頑張ってるそうね?。ちゃんと守ってよ、私の夢はあんたの背中に掛かってるんだからさ」


楽しそうにそんなことを語る姉を、僕はただ黙って見ていた。


僕達はラストチルドレン。


時間の流れに従って、僕らが前に歩くたび、歩いたそばから僕らが辿ってきた道は静かに崩れ去り、世界の景色から消えていく。


僕らにとってそんなことは当たり前のことで、振り返っても何も残っていないのはもう慣れっこだった。


だからそれが不幸なことだとは思わない。前に道がなくなることよりはずっと幸せだ。僕らの後に何も残らなくたって、生きていくことは出来るんだ。


だけど…


だけど…それでも誰かが、僕らを後ろから追いかけてくれるというのなら…ゴールを目指すしかない僕らのバトンを受け取ってくれる誰かがいるというのなら…。


そんな誰かが産まれてくれるなら…僕らの背を追いかけてくれるというのなら…。













こんな世界でも、未来に希望を持てる気がした。














翌日、灼熱の太陽が世界を焦がす中、僕は駅前に来ていた。


そこでは当たり前のように姫浦が一人で募金活動に勤しんでいた。


自ら進んで積極的に動いて、声を張り上げて…毎日毎日この炎天下の中、周りの人は彼女に対して尊敬を通り越して呆れているだろう。


いつだって走り続ける彼女は独りぼっちだ、彼女の横に並んで走れる者などそういない。


だけど、今日は珍しく、募金箱を抱えて彼女の横に並ぶ人影が現れた。


それは僕だ。


僕は彼女に対して何を話すでもなく、おもむろに…だけど大きな声で叫び始めた。


「募金をお願いしまぁぁぁぁぁす!!!!!!」


まだ僕は、この心から迷いを拭い去ることが出来たわけではない。


懸命に張り上げる声とは裏腹に、この心はいつだって迷い続けている。


それでも誰かがこの背中に夢を託してくれたから…僕はここに立っている。


迷いをごまかすために、僕は大きな声で叫んでいる。


ただそれだけ…本当にそれだけのこと。


それでも、僕の隣で僕に負けじと声を張り上げる彼女の横顔は、少し笑っているように見えた。

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