第28話

「どういうつもりですか!?サカもっちゃん!?」


始業式の終わり、僕は早速サカもっちゃんに問い詰めていた。


「どういうつもりって…見ての通りだけど?」


だけど先生はしれっとそう答えた。


「見ての通りって…バカじゃないですか!?中学じゃもう教師が出来ないからって、普通高校教師になろうとしますか!?あと2年しか出来ないんですよ!?」


「いや、高校は留年とかあるし、歳を取っても入学できるから、あと2年とは限らないだろ?」


「なんにしても未来がないのは確かですよ。それなのにこの人は…」


「それでもやり残したことが残ってるんだよ。…どっかの誰かさんに『もっと教えて欲しい』とか言われちゃったしね」


「ほんと…この人、性格悪い…」


口ではそういうものの、正直なところは嬉しかったし、そこまで人生をかけて成し遂げたいことがあるサカもっちゃんが羨ましくも思えた。


僕らがそんな話をしていると、中学が同じやつらがサカもっちゃんの元にやってきた。


「サカもっちゃん…もしかして、私に会いに来てくれたの?」


加藤が無駄に女々しく上目遣いでサカもっちゃんにそんなことを尋ねていた。


「みんな元気そうでなによりだ」


しかし、そんな加藤を見事にスルーしてサカもっちゃんはみんなにそんなことを告げた。


「ひどいわ、私のことは遊びだったのね」


そう言って泣き崩れる加藤以外は元恩師との再会に喜んでいた。


もちろん、その中には姫浦もいて、サカもっちゃんと会うなり僕には見せない嬉しそうな顔をして再会を喜んでいた。


なんにしても、サカもっちゃんは再び教師として僕の前に現れ、僕らは三度目の出会いを果たしたのだった。


…まぁ、それはよかったんだけど…別の点で問題が発生した。


当然ながら学年も上がれば、クラスも変わる。


で、問題はそのクラスの内訳なのだが…はっきり言って、友達が一人もいない。


…まぁ、元から友達と言えるような人など限られているから、友達が一人もいないっていうのもあり得ることだとは思ってたけど…加藤も愛里さんも、ましてや姫浦でさえ同じクラスにいない。


それでも一年生の頃に一緒のクラスだった奴とか、中学が一緒のやつだった奴とかいるにはいるのだが…少なくともわざわざ話しかけるような奴はいない。


新しい環境になって、他の人たちが着々と新しいグループを築き上げる中、僕は一人、スマホをいじるふりをしながら指をくわえて見ているしか出来なかった。


ボッチ故にビハインドからのスタート…そして流れるようにまた僕はボッチに…。


ふっ…どうやら僕はこのボッチのスパイラルからは抜けられないようだ。


…いや、確かに僕はボッチでもボッチ同盟を通して愛里と仲良くなれた。


それと同じように、話し相手のいなさそうなボッチを狙えば仲良くなれるかもしれない。


そう考えた僕はクラスを見渡し、別のボッチを探した。


しかしながら、クラスが新しくなって、新しい人間関係を築こうと皆躍起になっている中、僕のようにボッチしてるやつなどそういない。


…いや、正確に言えば一人いる。僕の他にこのクラスですでにボッチなのが一人いる。


そして僕はそいつを知っている。


奴の名は谷口。かつて僕と加藤のバンドにドラムとして加入した奴で、特に断りもなしになぜかギターとしてほかのバンドに寝返ったやつ。


で、今はなぜか再びギターとして加藤とバンドを組んでいる。…ほんと何考えてるかわかんないやつだ。


…加藤からどんなやつか聞いておくべきだったかもなぁ。


同じバンドとして今も活動している加藤なら、谷口のこともそれなりに知っているだろうから聞けばどんなやつかわかると思ったからだ。


でも、今のなお加藤と同じバンドを組んでいるということは、話してみると意外と面白いやつなのかもしれない。


あの加藤が同じバンドを組んでいるのだ、そんな気難しいやつとは考えにくい。


うん、そうだ、きっとちょっと人見知りなだけなんだよ。


そう考えた僕は意を決して谷口に話しかけてみることにした。


「よお、谷口、久しぶり」


僕に話しかけられた谷口は何を考えているかわからない無表情な眼差しを僕へと向けた。


「えっと…俺のこと覚えてるか?。ほら、去年の今頃、一瞬だけだけどバンド組んだ櫻井だよ」


「…なんの話?」


「そ、そうか…覚えてないか…」


そりゃあそうですよね、僕みたいなモブなんて覚えてませんよね。


自分の存在感の薄さに挫けそうになりながらも、僕は負けじと話を続けた。


「文化祭の時に谷口達のバンド演奏見に行ったけどさ、お前凄いギター上手いんだな。演奏凄かったよ」


「…うん」


谷口は僕に対して嬉しそうでも、迷惑そうな顔を向けるでもなく、ただ無表情に返事を返した。

まるで『だからなに?』と言わんばかりに…。


「そんなにギター上手いならあの時、教えてくれてもよかったのにさ…」


「…なんの話?」


「いや、だから…その…」


この時、僕は谷口と話している時に感じていた違和感の正体がようやく分かった。


谷口は僕と仲良くなる気などこれっぽっちもないのだ。


こういう時、普通なら話を合わせようとか、会話を続けるために話題を振ろうとするとか、そういう努力が少なからず見られる。


例えば人見知りであろうが、口下手であろうが、会話する気があるのならそういう努力は見せようとするものだ。


だけど、谷口からはまるでその努力が感じられない。


…もしかして、僕は嫌われてるのか?。


谷口の僕に対する関心の無さに、僕は思わずそんなことが脳裏によぎってしまうほどだ。


僕は一旦体制を整えるために話を切り上げて自分の席へと帰って行った。


世の中の人間が全てボッチを恐れているわけではない…というわけなのか?。


なんにしてもスタートダッシュを乗り遅れた僕はまたしばらくボッチのようだ。


それでも救いがあるとすれば…担任がサカもっちゃんであるということだった。


休み時間、僕はトイレに行く際、加藤とすれ違った。


「よう、櫻井、友達できたか?」


「ほっとけ」


加藤は新しいクラスで早速友達を作ったのか、僕とは違って友達を2人連れてトイレに来ていた。


加藤はバカだしモテないが、男友達は人並みにいる。


僕は加藤とあったついでにふと谷口のことを思い出したので、谷口のことを聞いてみた。


「同じクラスに谷口がいてさ、そいつもボッチだったから話しかけてみたんだけど…」


それだけ聞くと、加藤が驚いたかのように目を見開き、僕の肩を掴んで迫るように聞いてきた。


「お前、あの谷口と話したのか!?会話が出来たというのか!?」


「ちょっ、落ち着け、加藤。会話って呼べるようなものは出来なかったが…」


「なんだ…まぁ、そりゃあそうか、あいつとまともに話せる奴なんてこの世に存在しねえからな」


「酷い言いようだなぁ…一応加藤と同じバンドメンバーなんだろ?仲良くないのか?」


そんな僕の言葉に加藤は信じられないものを見るかのように僕を見ながら答えた。


「俺が?谷口と仲良く?。無理無理無理無理無理、あいつと仲良くなれる奴なんて地球上に存在しねえよ。…まさか、櫻井は谷口と仲良くなろうと話しかけたのか?」


「そうだけど?」


「やめとけ、谷口だけはやめとけ。谷口は言うなれば宇宙人だ、他の人間のことなんてこれっぽっちも関心が無い、人間を人間と思ってねえ。あいつには他人に対する敬意も思いやりも気遣いも関心も何一つ持ち合わせていない」


加藤は真面目な顔で僕にそう言い聞かせてきた。


「じゃあ、なんで加藤は谷口とバンド組んでんだよ?」


「あいつはなぁ…人としては最低だし、性格も良いところなんてなに一つ備えてない。だけど…ギターの腕前は本物だ、はっきり言ってプロにも引けを取らねえ。少なくとも俺に『こいつじゃなきゃダメだ』って思わせるくらいには上手い」


「例え嫌いな奴でも、か?」


「まぁな。…本当はバンド組みたい奴がいたんだがな…そいつに断れたから、バンドをやるなら本気で上を目指すことしたんだ。だから上手い奴が必要だったんだよ、嫌な奴でも」


加藤は皮肉交じりに僕にそんなことを言って、僕の元から去って行った。


『例え嫌な奴でも、こいつじゃなきゃダメって思われるくらいの特技』を谷口は持っている。


わざわざ誰かと仲良くなんかなろうとしなくても、居場所が向こうからやってくる。


だから谷口は誰かと仲良くするために努力などしない。ギターという確かな拠り所が、彼の心に堅牢な自信を生み出してくれる。


全く…羨ましいものだ。


僕にもそんな誇れるほどの特技が、誰にも負けない才能があれば…こんな小さなことにいちいち悩まなくてよかったのになぁ。


僕はそんなどうしようもないことを、まだわずかに肌寒い春の風に溶かしてかき消すかのように嘆くのであった。












昼休みがやってきた。


新しいクラスになって、各々自らの居場所作りに奮闘する中、僕は悟ったかのように白目剥きながら一人で机の上にお弁当を広げようとしていた。


ふへへへへへ、自分、別にボッチでも大丈夫ですから…。


あの輪の中に強引に割り込むくらいなら、孤独の道を歩く覚悟の出来ている僕が諦めて一人でお弁当を開けようとしたその時、僕のスマホが一通の伝言を受信した。


『お一人ですか?』


それは愛里からのメッセージであった。


僕の涙腺が喜びで崩壊しかけるのを必死で抑えながら、僕は愛里へいつものように返事をした。


結局、僕ら学食で共に昼食を食べていた。


「…友達できた?愛里さん」


「そんなの出来っこないよ、さくらちゃん」


果たして僕らはこの再開を喜ぶべきか、悲しむべきか…。


なんにしても新しい環境にも取り残された僕らはため息混じりに昼食を食べていた。


クラスではボッチだが、僕には愛里がいるし、愛里には僕がいる。必要最低限の居場所はあるのだが、僕らの関係は多分、普通ではないと思う。なんというか…ズルして手に入れた関係だ。こんな風に誰かと関係を築くことなんてもう二度と出来ないかもしれない。


なんにしても正規の方法ではない。だから、僕らの実力で作り上げた関係ではない。


それ故に僕らは潜在能力的には本来ボッチであって、誰かと仲良くなる能力に欠けている…僕らだけではそういう疑念を晴らすことは出来なかった。


もしこの関係がふと何かの拍子に壊れてしまったら…そう考えると怖い。


だからって『何が起きてもずっと一緒だよ』などと無責任な約束は出来ない。そんな約束をしてしまえば、それこそ綻びになりかねない。


「僕の新しいクラスに、谷口って奴がいるんだけどさ…」


僕はふと、思い出したかのように谷口の話を始めた。


「そいつも僕と同じでクラスに友達いなくてボッチだったんだけど、それを全然気にしてる様子がこれっぽっちもなかったんだ」


「へぇ…そんな人間、地球上に存在するんだね」


彼女はそんな人間の存在をよほど信じられないのか、白目剥きながら僕にそう答えた。


「で、それはなんでかって考えてみると、谷口にはさ、ギターっていう絶対に誇れる特技があるんだ。誰かに『谷口じゃなきゃダメだ』って思われるくらいの特技がさ…。そんな確かな拠り所があるから、谷口はきっと平気なんだって思うんだ」


「そっか。それは…羨ましいね」


僕らがそんな話をしていると、とある人物が僕らの元に近付いてきた。


「やあ、櫻井、お昼一緒していいかい?」


「誰かと思えば…サカもっちゃんか…。どうぞ」


再び僕の担任となったサカもっちゃんが僕らの元にやって来たのだ。


「いやぁ、まだまだ新任なもんで、一緒に食べる人も居なくてね。ちょうど櫻井を見かけたから人脈作りのリハビリにちょうどいいかなって思ったんだ」


「その完全に人を踏み台扱いしてる言い方やめてくれませんか?」


「冗談冗談。で、スーパーでバイトしていた時に一緒にお昼を食べるくらいの友達がいるとは聞いていたが…まさか女子生徒だったとは…」


そう言ってサカもっちゃんは驚いたかのように愛里を見つめた。


「あ、一応自己紹介しておいた方がいいかな。始業式の時も言った事だけど、今年度から君達に数学を教えることになった坂本だ。気軽にサカもっちゃんと呼んでくれていいよ。君は確か…愛里さんだったっけ?」


「そうですけど…どうして名前を?」


「ここの教員になる少し前に無理言って生徒名簿を見せてもらっててね。それで覚えた」


「覚えたって…生徒全員?」


「そうだよ」


「なんでそんなことを?」


「残されたタイムリミットは限られてるからね、名前を覚えるために貴重な時間を費やしたくなかったんだ」


サカもっちゃんはさらっとそんなことを言っているが、サカもっちゃんの教師に対する思いが生半可なものではないというのが伝わって来た。


そんな僕とサカもっちゃんのやり取りを見ていた愛里はこんな疑問を口にした。


「えっと…二人はなんだか仲良く見えますけど…元から知り合い何ですか?」


「サカもっちゃんは僕の中学校時代の担任で、僕が今働いているスーパーのバイトに勧誘した人だ」


「え?じゃあ坂本先生が前にさくらちゃんが言ってた先生なの?。すごーい!高校でも担任になるなんて!」


そんな愛里の言葉に引っかかりを覚えたのか、サカもっちゃんは僕の顔を見ながらこんなことを聞いて来た。


「櫻井、愛里の言う『さくらちゃん』ってもしかして、君のこと?」


「そうですけど…なにか?


この人には知られたくなかった事実を知られたことにバツの悪い顔をしながら僕がそう答えると、サカもっちゃんは手で口元を押さえながらこんなことを言ってきた。


「…笑っていい?」


「もう若干笑ってるじゃないですか!?」


「いやぁ、正直君が『さくらちゃん』とか…完全にギャグでしょ?」


「それは否定できませんけど…」


そんな僕とサカもっちゃんのやり取りに愛里はくすくすと笑って見ていた。


それを見たサカもっちゃんは愛里を見ながら今度はこんな言葉を口にした。


「と、まぁ、僕はこんな風にフランクな先生だから、何か相談があったら気軽に言ってね」


「自分でフランクとか言うのか、サカもっちゃん…」


「じゃあ先生!どうやったら友達が出来ますか!?」


「いきなり相談するのか、愛里さん…」


「なるほどなるほど、愛里は友達が欲しいと……………積極的に動けば出来るんじゃない?」


「回答が投げやりだなぁ」


そんな風に適当に答えたサカもっちゃんだったが、先ほどとは打って変わって真面目な顔をして愛里にこんなことを尋ねた。


「愛里は…確か部活に入ってなかったよね?」


「そうですけど…そんなことまで覚えてるんですか?」


「少しでも無駄な時間は短縮したいんだ。…で、部活に入ってないなら部活に入ってみるのはどうかな?」


「でも、2年生から入っても迷惑かもしれないし…」


「そうとは限らない。部活動によっては、部員が足りなくて死活問題になっているところも少なくはないだろう。新入生もクソもないから部員は減っていく一方だからね。だから君みたいな無所属な生徒はどこかしらで需要があるはずなんだ。需要があれば、当然それなりに待遇も良くなる。そういう場所なら君なら友達くらいすぐ作れそうだと思うよ?」


「たしかに…そうですけど…でも…」


「まぁ、これから先は君次第だね。少なくともチャンスは今しかない。…じゃあ、僕は次の授業の準備があるから先に失礼するよ」


そう言ってサカもっちゃんは席を立ってどこかへ行ってしまった。


「どうするの?愛里さん」


「たしかに今はチャンスかもしれないけど…さくらちゃんがいるし、別にいいかな」


「…まぁ、それもそうか」


そう言って、僕らは『まぁいいか』と妥協してしまった。


結局、僕はこの一年で何も変わってなどいなかったって…この時はまだ気がつけなかったんだ。

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