第27話

僕は週刊誌の記者である梶田のインタビューを受けるに当たって、三つの条件を提示した。


一つは愛里を共に連れて行くということ。これはもともと遊ぶ約束をしていた愛里を蚊帳の外にするのは申し訳なかったという理由だけではなく、1人では不安なところがあったので、緩和剤として彼女に来て欲しかったという僕の願望も含まれていたからだ。


もう一つは姉を含めて僕ら家族のプライバシーを守るということ。これは言わずもがな。


そして最後の一つは話を聞く場所は僕が決めるということだ。これは『知らない人について行くのはダメ』とか言い訳しつつ、『でも僕があなたを連れて行くなら問題ない』などとトンチめいたことを言ってなんやかんやごねて無理やり押し通した条件だ。


そういうわけで、僕は梶田の奢りで高級焼肉店に愛里を連れて来ていた。


「ここのお店の一番高いやつから順に出してください」


僕は店員さんに開口一番でそう伝えた。


「…え?君、容赦ないね」


「僕はまだ、家族のことを馬鹿にされたことを許したわけじゃありませんよ」


「だからそれはごめんって…」


僕にそれを言われると返す言葉がないのか、梶田はそれに関しては押し黙って容認してしまった。


先程、梶田の言葉に説得されて僕はここにいるのだが、まだ梶田に対して警戒を解いたわけではない。


少なくとも、実際にどういう形でこのインタビューが世に出るかを見届けるまでは梶田のことを信頼する気などさらさらなかった。


もし僕の姉を食い物にしようものなら…その前に僕がお前らを食い物にしてやるよ。僕のこの高級焼肉店での行いは暗にそれを示すためのものだった。


「経費で落とせるかなぁ…」


梶田はすでに会計のことを心配していた。


そうこうしていると、状況についていけないまま焼肉屋に連れてこられた愛里が僕に小さく耳打ちをして来た。


「ねぇ、さくらちゃん。今これってどういう状況なの?」


流石に僕もここまで連れて来て彼女を蚊帳の外に追いやるのは気の毒だと思い、愛里にも説明することにした。


「話してもいいけど、他言無用でお願いできる?」


「他に話すような仲のいい相手がいません」


僕の質問に対する彼女の応答が他人事とは思えず、涙が出そうになった。


まぁ、それでも家族とか転校してしまった親友の槇原とかいるわけで…。


「なんにしても、あんまり言いふらさないでね。愛里さん、今朝の朝刊で2年ぶりに日本でコウノトリ制度が施行されることになったっていう記事を見た?」


「えっと…新聞は読んでないけど、ニュースで見たよ」


「あれ、僕の姉のことなんだ」


「え?うそぉ!?」


彼女はまさか身近に話題の人物の肉親がいるとは思わなかったのか、大きな声を上げて驚いていた。


「で、目の前にいるのは僕から姉のことを聞きに来た週刊誌の記者」


「どうも、週刊文旬の梶田と申します」


そう言って梶田は愛里にも名刺を手渡した。


今の状況を一通り説明し終えた僕は愛里に最後にこんな言葉を付け加えた。


「このおっさんは僕の家族を馬鹿にした最低な人間だから、その仕返しにこいつの財布を空にするためにも今日はいっぱい食べてね、愛里さん」


「分かった、さくらちゃんの家族のためにも頑張って食べるよ、私」


「お、お手柔らかにお願いね、お嬢ちゃん」


張り切る彼女を目の前に梶田の顔は青ざめていた。


「ほら、早く質問終わらせないとどんどん会計がかさみますよ。こちらとしてもあなたの顔なんかなるべく見たくないですし、手っ取り早く行きましょうよ」


「君、案外根に持つタイプなのね。…まぁ、そうだね、君は回りくどいのは好みじゃないだろうし、早速質問させてもらおう。早速聞きたいんだけど、君から見てお姉さんはどんな人?」


「姉は…一言で言えばハリケーンみたいなもんです。周りのいろんなものを巻き込んで縦横無尽に我が物顔で自分のやりたいことをやる人です。…もう少しいうなら、別に周りの人を巻き込みたくて巻き込んでるわけじゃなくて、結果的に巻き込まれることになるって言った方が正確ですかね。…こんな風に今の僕みたいにね」


「なるほどね…そう聞くと、お姉さんのこと貶してるように聞こえるけど?」


「別に巻き込まれることが必ずしも悪いことではありませんからね。姉はエゴイストですけど、自分の行いに無責任な人ではありません。巻き込んだ人をなるべくそのまま放置で終わらせまいと行動する人です。僕は何度も辛酸を舐める羽目になってますけど、姉に感謝してたり、頼りにしてる人も多いんですよ。そういうわけで姉には友人が多いんですよね」


『僕とは違ってね』という言葉を付け加えようか迷ったが、そんなことまで記事にされたらと思うとゾッとするので、それは言わないでおいた。


「さくらちゃん、どうしよう…お肉美味しいよ」


伊達に高い金を請求していないようで、隣で一人でお肉を食べていた愛里がその美味しさに一人で感動していた。


「いっぱいお食べ、僕の家族の名誉のためにも」


「イエッサー!!。……果たして私は一人こんな美味しい思いをしていていいのだろうか…」


ふと美味しさから我に帰る愛里を尻目に梶田の質問は続いた。


「なるほど、君のお姉さんは根っからのチャレンジャーのようだね。じゃあ今回の件も君からしたらお姉さんの挑戦も不思議なことではないと?」


「そうですね…なんとなくこうなる予感はしていました。あの傍若無人な姉が人類の滅亡なんぞで止まるとは考えにくいですからね。だから姉から結婚の報告を聞いた時、僕は姉に『子供はどうするか』と聞いたんですけど…その時は意外にも『子供は欲しいけど、産むのは私のエゴ』だと言ってたんですよね。それを承知していた姉をなにが突き動かしたかまでは分かりませんけど…姉は自分の行いが自分勝手なものであると理解して、いろんなことを覚悟の上でやっています」


「『人類の滅亡なんぞで止まらない』とは…ふふふ、すごいお姉さんだね。それで、どうしてお姉さんが無理を承知で出産に踏み切ったかなんだけど…ネット上では『売名行為』をしたかったからという声がチラホラ見受けられるんだけど、君はどう思う?」


「確かに姉には有名になりたいとか、そういう自己顕示欲はあります。だけど、そのために命を犠牲にしようとするほど愚かではありません。先程も言いましたけど、姉はエゴイストですけど無責任な人ではありません。絶対に命を軽んじるような人ではありません!!」


「なるほど…少なくとも君がお姉さんのこと大好きだってことは伝わったよ」


「はい?。僕が?あの姉を?」


梶田の唐突な言葉に僕は困惑した。


「いや、だって普通の高校生は自分の家族のことここまできちんと人にも分かるように言葉で表現することすらできないと思うよ。だけど君ははっきりと自分のお姉さんのことをここまで語れるんだ…好きじゃないと出来ないと思うけど?。…さっきからお肉ばっかり食べてるお嬢ちゃんはどう思う?」


そう言って梶田は僕の隣で高い皿を積み上げる愛里に質問した。


愛里は一心不乱にお肉を食べてる最中、突然話を振られたことに動揺しながら答えた。


「わ、私も聞いててさくらちゃん、お姉さんのこと大好きなんだなって思いました」


「べ、別にそれは今は関係ないじゃないですか!!」


シスコン呼ばわりされてることに恥ずかしくなった僕は話題を逸らそうと叫んだ。


「いや、関係ないことないよ。誰かにここまで語られるような人っていうのはやっぱりそれなりの人ではないと無理だからね。君のお姉さんへの好意も、お姉さんに対する世間の印象に繋がるものさ」


「うんうん、さくらちゃんにそこまで言わせるお姉さんってきっと良い人なんだなって私も思ったもん」


梶田と愛里は僕を差し置いて頷いていた。


しかし、梶田が浮かない顔をしてこんなことを呟いた。


「ただ、それを記事にして世間に伝えるっていうのはなかなか難しいんだよねぇ…」


その後、梶田は僕への質問を続けた。


「なにかお姉さんの人柄が伝わるようなエピソードとかないかな?」


「エピソードですか…。姉が高校三年生の時、僕は中学2年生だったんですけど、高校見学も兼ねて文化祭に遊びに行ったことがあるんです。お昼頃まで普通の文化祭が行われてたんですけどね、午後2時を回るのと同時に、全校内に放送が流れたんです。放送の声が聞こえた瞬間に姉の声だって分かりました。姉は突然放送を通して校舎全体を使って、生徒も来場者も全員強制参加の鬼ごっこを仕掛けてきました。まず最初は姉一人が鬼で、鬼が他の人にタッチするとその人も鬼になるルールで、3時まで生き残った人には景品が貰えるみたいな催しを許可もなにも無しにいきなり始めたんです。当然、校舎はパニック、生徒にもサプライズで始めたせいでゲームはグダグダ。そのゲームの最中、楽しんでる人もいれば、『またあの人の仕業か』って諦めたかのように悟った顔していた人もいました。でも、結局みんな巻き込まれて3時まで生き残った人は誰もいなかったんですよね。グタグタでしたけど、なんやかんやみんな楽しそうでした。……少なくとも、僕はそれで姉の通っていた高校に進学することを決めました」


「さくらちゃん、やっぱりお姉さんのこと大好きなんじゃん」


「…影響力が大きいことは否定しない」


僕の話を『なるほどなるほど』と梶田は興味深そうに耳を傾けていた。


「ふむ、君のおかげでお姉さんのことはなんとなく分かった気がする。…今度は君についての質問だけど、君は今回のお姉さんの行いについてどう考えている?」


「僕ですか…。僕が考えるに、今回の騒動の論点は『小さな命を巻き込んでまで、子供を産もうとすることが良いことなのかどうなのか』だと思うんですけど…正直、どちらにも言い分はあると思います。子供を巻き込むのは良くない…でも前に進まなきゃ人類に未来はない…そのどちらも否定は出来ないと思うんです。だから…なんとも言えないんですよね。それでも僕の意見を述べるなら、誰かに挑戦して欲しい。でも、それが身内だと嫌です。はっきり言って無謀だから、産む側も傷つくことは目に見えてる。身近な誰かがわざわざ傷つくようなところは見たくないです」


「なるほど…貴重な意見をありがとう」


梶田はそういうと、持っていたメモ帳をパタンと閉じた。


「質問に答えてくれたお礼と言っちゃなんだけど、君に一つ残念な真実を教えてあげよう。君は論点がどうこう言ってたけど、世間一般の方々はそんなことに興味なんてないんだ。一番知りたいのは君のお姉さん、櫻井瑠美の人柄。良い人だと思えば応援するし、悪い奴だと思えば反対する。だけど良い人かどうかなんて立場が変われば180度変わってしまう。戦争の英雄だって敗戦国からすれば悪魔に見える。だけど多くの人はそんなことにすら気が付かず、思考を停止させて自分の主観でしか物事を見ない。酷い場合は誰かの言葉や意見をただ鵜呑みにして、『誰かが言ってたから』とか『みんなやってるから』で物事の正否を決めつける。はっきり言って嫌になる程に馬鹿ばっかりだ」


梶田は悪態つきつつ、席を立った。


「君の大切なお姉さんが少しでも『良い人』に見えることを切に願うよ。じゃあ、僕は会計を済ませてお先に失礼するよ」


そう言って梶田は会計を済ませてそそくさと出て行った。


『馬鹿ばっかり』…ねぇ。


確かに僕も梶田の言いたいことは痛いほどわかる。『誰かが言ってるから』とか、どうすれば他人の言葉を疑うことなく鵜呑みに出来るのか…少なくとも僕はそんなこと怖くて出来ない。


それでも世の中には情報がごまんとあふれていて、どこかでなにかを鵜呑みにしなければなにも信じることは出来ない。その根底まで自力で探求しようものならそれは時間がかかりすぎてしまう。


だからどこかで折り合いをつけなければいけない…いけないんだけど、それにしたって世間は疑わなさすぎだって僕も思う。


まぁ、そんなことに文句言ったってどうしようもないんだけどさ…。


僕がそんなことを考えていると、横でお肉を食べていた愛里がおもむろに口を開いた。


「さくらちゃんって、やっぱりなんやかんなで忙しいよね」


「急にどうしたの?」


「バイトでしょ?鷲宮隊でしょ?。こういうのもなんかちょくちょくあるし…あと、私に構う時間もでしょ?。…私、負担になってないかな?」


「そんなことないよ。愛里さんといるの楽しいし、なにより今日は愛里さんがいてくれた心強かったよ」


「そっか、そう思ってくれてるなら嬉しいな。…それはそうと、今度さくらちゃんのお姉さんに会ってみたいな」


「うーん…それは難しいかな。お盆か年末くらいしか帰ってこないし…」


「そっか、残念だなぁ。そう言えばさ、さくらちゃんってなんで今のバイト始めたの?」


「中学時代の担任が働いてて、『暇なら一緒に働いて』って誘われたんだよ。まぁ、今になって思えば、青春を白紙のまま不法投棄していた僕をみかねて誘ってくれたんだろうけどね」


「そっか、いい先生だね。まだあのスーパーで働いてるの?」


「いや、就職が決まってもうあのスーパーにはいないんだ」


「へぇ、どこに就職したの?」


「さぁ、なぜか教えてくれなかったんだよねぇ。今頃なにやってるのかなぁ…」


僕はふと、サカもっちゃんが今どうしているのかか気になった。


『会えるさ…君が思っているよりもずっと早く、ね』


サカもっちゃんが最後に残したあの言葉は、どういう意味だったのかなぁ…。


そんな疑問に思いつつ、頭の片隅でぼんやりと考えながら日々を過ごし、気がつけば春休みが終わり、新年度が幕を開けた。


春といえば出会いと別れの季節…だけど、僕らの春には必ずしも出会いがあるわけではない。


中学生から高校生になる春ならば僕らにも平等に出会いの季節が訪れるのだが、今年の春はそうはいかない。なぜならば、当たり前のことだが新入生などいないからだ。


僕らはラストチルドレン、世界の終わりの見届け人となるであろう子供達。そんな僕らの後に道は残らない。僕らの後ろに続く者などどこにもいない。


僕らが時間の流れに従って前に歩くたび、静かに世界が景色を無くしていく。僕らの後には虚無しか残らない。振り返ればいつでもそこには全てを闇へと誘う崖が待っている。


だから、僕らの春に出会いはない。そう信じていた。


新年度の幕開けを告げる始業式で校長先生がいつもの何の意味のない話を繰り広げていた。


僕はいい加減に聞き飽きた言葉にうんざりしつつ、どうにかしてスマホを弄れないかなどと算段を付けていた。


だけど神様とやらは、僕達ラストチルドレンに少々粋な計らいをした。


「続きまして、今年度から新しく我が校に就任する先生を紹介します」


校長先生からの思わぬ発言に、会場はざわついた。


それもそのはず、後2年で必要がなくなる高校で新しく教師をしようなどと考える酔狂な人間がいるとは思えなかったからだ。未来のない教師になろうとする愚か者など…。


だけど、そんな僕らの思い込みをぶち壊すかのように、ある一人の男性が壇上へと登って行った。


その人物の正体を知って、僕は驚きながらも、あの時の言葉の意図をようやく理解した。


だけどそんな僕を尻目に、新任教師はしれっと壇上に立ち、マイクを通して僕らに話しかけた。


「初めまして、数学を担当する坂本と申します。サカもっちゃんと気軽に呼んでください。一昨年まで中学教師をしてましたが、思う所があり、一身上の都合で高校教師になることを決意しました…あと2年しか出来ませんけどね。高校教師一年目なので、君たちは先輩ということになりますね」


そして、壇上に立つ元恩師はニヤリと笑ってこう宣言した。


「2年間よろしく、ラストチルドレンの諸君」


僕らの後には道は残らない。僕らが歩く側から道は崩れ、世界から景色が消えていく。だから僕らの後ろには闇へと誘う深い崖しか残らない。


だから、僕らは思いもしなかった。


闇が支配する崖から這い上がり、僕らの道を意地でも辿ろうとする酔狂な人間がいるだなんて…。


こうして恩師のと三度目の出会いを果たした僕ら、ラストチルドレンは高校2年生へ進級した。

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