第24話

麗らかな陽気に浮き足立つように木々には花を咲かせ、風が桜の花びらを運び、巷では春と呼ばれる季節がやってきた。


春といえば出会いと別れ…僕の通う鷲宮東高校でもその習いに従って、最高学年である3年生が卒業式を迎えていた。


お世話になった先輩達の巣立ちに多くの人が涙し、別れを惜しむ高校生活のゴールという一大行事に皆、十人十色の思いを抱え、この日を迎えるのだろう。



…が、今の僕にはそんな行事など、どーーーーでもよかった。


特に別れを惜しむような先輩もいないし、別れに涙を流す誰かを見て、その背景を想像する余裕すら今の僕にはなかったのだ。


なぜならば、僕にとっての超一大行事がこの卒業式の後に行われようとしていたからだ。


このいちいち何かとつけては大げさに物事を捉えている僕が他のことがどうでもよくなるほどの一大行事、それは…愛里と東京ディスティニーランドに2人で行くという行事だ。


僕らはこの卒業式の後、そのままディスティニーランドに行く予定を立てたのだ。


正直、学校帰りにTDL行くとか頭おかしいと思う。


そんなついでにTDL行くとか、選ばれし上流貴族でないと出来ないと思っていたが…まさかこの僕がそれを実行することになるとは…。


…っていうか、マジで行くの?女子と2人でマジで行くの?。正気か?僕。


…っていうか、これで俗にいうデートってやつですよね?。流石にこれはデートですよね?。これがデートじゃなかったら世の中にデートなんてありませんよね?。


…っていうか、付き合ってるわけでもない男女2人で遊園地って行っていいの?そういうの法律で禁止されてないの?


…っていうか、マジで僕デートするのか?。対女子レベルまだ一桁なんですけど、マジでデートするですか?正気か?僕。


期待と不安が入り混じり、正直吐き気すら覚えていた。


僕と愛里はお昼ご飯を一緒に食べたり、一緒に下校したりしているけど、まだどこかに一緒に行ったりはしたことがなかった。


あくまで僕らは『1人で食べたり帰ったりするくらいなら2人でいた方がいい』という前提ありきの関係だ。


わざわざ行く必要のないところにわざわざ2人で行くというのはその範疇を超えている。


もちろん、それが嫌だなんてことはない。いつかはその一線を超えたいとも思っていた。


だけど、デートどころか女の子と遊んだ経験すらない僕にはいきなり女の子と2人でディスティニーランドはハードルが高すぎる。


こういうのはもうちょっと段階を踏んで、少しずつ経験値を蓄積してレベルアップしてから挑みたいのだ。


例えば、2人でディスティニーランドの前に男女複数人でそういうところに遊びに行ったりとか、そういうワンクッションが欲しいのだ。


しかし、うだうだ言っても決まったものは仕方がない。


少ない知恵と浅い経験を駆使して、考えうる限りの対策を立てることにした。


女の子と2人でTDLに行くにあたって、一番のネックとなり得るのは…おそらく待ち時間。これをいかに過ごすかでデートの成否が決まる…そう言っても過言ではないだろう。


歩いている時とか、乗り物に乗っている時はそう退屈はしないだろう。なんせ天下のディスティニーランドだ。来場者を楽しませる創意工夫が至る所に施されているはず。運営側が用意したそれらの道しるべを頼りにすれば、会話の足しにはなるだろう。


だがしかし、待ち時間は違う。


延々と続く長い行例、先の見えないゴールに辟易することは間違いない。おまけに列は少しずつしか進まないであろうから、景色も変わりばえせず、会話のきっかけとなり得るような新たな刺激には期待出来ないだろう。


つまり、真に実力が試される場面はそこだ。


そこで対人スキルの有無が試される。


で、問題は僕の対人スキルなのだが…当然ながら皆無だ。あったらボッチなんてしてない。


そんな僕が…果たしてこの長い旅路を無事に乗り越えられるのか…。


僕がそんなことを考えていると、卒業式が終わり、とうとう世界は運命の時を迎えた。


「お一人ですか?」


愛里が僕の元にやってきて、いつもの決まり文句を口にした。


「お…お一人ですよ」


「うん、じゃあ…行こっか」


そして僕らは戦地へと赴いた。













愛里と帰る時は、いつも駅で別れていた。家の方向が違ったからだ。


だから、愛里と同じ電車に乗って、同じ方向に向かうのも初めてだった。


車内には僕らと同じ鷲宮東高校の生徒が多々見られ、その関係で平日の昼間であったが、座席は大体埋まっていた。


2人並んで座れるような空きもなかったので、僕らはつり革につかまりながら電車に揺られていた。


戦いの場であるディスティニーランドはここから大体電車で40分ほど、だからまだ戦いは始まってすらいない。


始まってすらいないのだが…すでに僕らの間に会話はなかった。


まだ電車に乗って5分ほど…それなのにすでに場は沈黙してしまっている。



ウソ…だろ…?。



まだプロローグすら始まっていないのにすでに話すことがなくなってしまったことに僕は絶望した。


普段の僕らの会話は考えてみれば愛里がどちらかというと話す方だった。その愛里が今日は不思議と無口なのだ。会話が発生しないのはおそらくそのせいだろう。


だからといって、流石にこのままではいけない…せっかくのTDLで沈黙のデスマーチなど溜まったもんじゃない。


僕は脳みそをフル回転させて会話の糸口を探した。


「そういえば…愛里はよくディスティニーランド行くの?」


「え?。えっと…そんなによくは行かないけど、サクラちゃんと何回か行ってたよ。櫻井君は?」


「小学生の頃、家族で行ったきりだな。だからかなり久しぶり」


「へぇ。中学の時とかあんまり友達と遊園地とか行ったりしなかったの?」


「んー…野郎だけで遊園地に行くって発想がなかったし、遊ぶような女子もいなかったし…」


「そうなんだ。もしかして遊園地好きじゃないの?」


「いや、嫌いってわけじゃないけど…実は絶叫系が苦手で…」


「そうなの?」


「昔、家族で遊園地に行った時、姉に『怖くない』って騙されて乗ったジェットコースターがとてつもなく怖いやつで…それ以来、なるべく乗らないようにしてる」


「そっか…じゃあ今日は絶叫系は無しの方がいいかな」


そう言って彼女は少し残念そうに顔をうつ向けた。


「いや、せっかくだから乗ってみるよ。…もしかしたらもうその時のトラウマも忘れてるかもしれないしさ」


せっかくの遊園地で僕に付き合って楽しみが半減するのは申し訳ないので、僕はこれを機会に久方ぶりに絶叫マシンに乗ってみることにした。


その後、僕たちは会話したりしなかったりを繰り返し、なんとか車内でのやり取りをやり過ごし、目的のテーマパークに到着した。


「思ってたより空いてそうだね」


愛里の言う通り、入り口ですら人が殺到するような混み具合ではなかった。


「櫻井君、どこから行こうか?」


待望のディスティニーランドに興奮しているのか、愛里はどこかそわそわした様子でそう尋ねて来た。


「とりあえず…絶叫系以外でお願いします」


「そんなに嫌なの?絶叫系」


「嫌っていうか…まずは肩慣らしをしたくて」


「そっか…じゃあまずはアレに乗ろうか?」


そう言って彼女が指差したのはゆったりとした乗り物に乗りながら世界観を楽しむ系のアトラクションであった。


絶叫マシンへの心構えを作るためにはお手頃なアトラクションであった。


幸いなことにそんなに人は並んでおらず、10分ほどで乗ることができた。


二人乗りの乗り物に並んで座ると、アトラクションは始動し、僕たちを不思議な世界へと誘った。


現実離れしたメルヘンでファンタジーな世界に人によっては現のことなど忘れ、アトラクションが作り出す独自の世界観に浸ることが出来るだろう。


しかしながら、今の僕には女の子とディスティニーランドに来ていることの方がよっぽどメルヘンでファンタジー地味ているためか、その全てが子供騙しにしか見えなかった。


まぁ、それでもやはり先鋭された世界観作りであることには変わりなく、見るものを退屈させるようなことはなかった。


その後、すぐ近くにあった規模が小さく、待ち時間もなかったアトラクションで一呼吸置いた後、僕らが『次はどうするか』を話し合いながら歩いていると、とある建造物の前で彼女がふと足を止めた。


その様子を見ていた僕が彼女の目線を奪ったものの正体を確かめると、そこにはコースターのレールが無骨に立ちはだかっていた。


…そろそろ覚悟を決めなければな。


絶叫マシンに乗る覚悟ができた僕は愛里に提案した。


「次はアレに乗ろうか?」


「いいの?」


「大丈夫、覚悟完了しました」


そういうわけで僕らはとうとう絶叫マシンに挑むハメになった。


並んでいる最中、愛里が僕に尋ねてきた。


「本当に大丈夫?。結構怖いよ、これ」


「大丈夫、大丈夫。別に絶叫マシン系がまったくダメってわけじゃないし、怖くても我慢すれば乗れるからさ」


そう、別に我慢すれば僕は絶叫系が苦手でも乗れなくはないのだ。


乗れなくはないのだが、わざわざ怖い思いをするために乗りたくはないのだ。


正直な話、何が楽しくてこんな怖いのに乗らなければいけないのかがわからない。スピードがもたらす爽快感でも求めているのだろうか。


なんにしても人間が乗るようなものではない…というのが、僕の絶叫マシンに対する感情であった。


「ごめんね、櫻井君絶叫系苦手なのにつき合わせちゃって…」


「いや、別にいいよ。これは愛里さんへのお礼を兼ねているんだから、愛里さんの乗りたいのに付き合うよ」


「そっか…ありがとう」


とは口では言うもの…このままではおそらく彼女は僕に気を使って乗りたいものを度々遠慮するだろう。


それは困る。これは彼女へのお礼なのだから、彼女にはなるべく楽しんでもらいたいのだ。


そのためには絶叫マシンを好きになる…までは行かずとも、なんとかその楽しみを見出せないものか…。


「愛里さんはこういう絶叫マシン好きなの?」


「うん、好きだよ」


「参考までに聞きたいんだけど、絶叫マシンってなにが楽しいの?」


「なにがって…そりゃあ怖いのが楽しいんだよ」


なるほど、わからん。


怖いのが楽しいって…頭おかしいんじゃないだろうか?。


無論、口には出さなかったが理解ができなかった僕は内心失礼なことを考えていた。


その後も話したり話さなかったりを繰り返しながら僕らは待ち時間をやり過ごし、とうとう刑の執行の時が来た。


執行開始の合図を知らせるベルがけたたましく鳴り響くと、僕らを乗せたコースターはガタンと動き始めた。


そして目の前に高くそびえ立つ壁のような坂をゆっくりと仰々しく登って行く。


登って行くたびに乗客のテンションが上がって行くのに反比例して僕のテンションは下がる一方であった。


気分はまさに絞首台を登る時のもの。


コースター…故障して止まらないかなぁ…。


だが、僕のそんな願いも虚しく、コースターは最頂点にいたり、目の前は崖のごとく道が途絶え、代わりにパークの全貌が姿を現した。


…あ、死んだな、これ。


崖に向かって真っしぐらに進むコースターに乗りながら、僕はそんなことが頭によぎった。


そして、コースターは落下するかのように加速し始めた。


吹き飛ばされるかのような風圧と、肝を揺さぶる速度に僕は思わず体を強張らせ、手すりを握る手に力が入ってしまった。


叫びそうになるほどの恐怖を歯を食いしばって我慢し、体を縮こませて身構えた。


早く終われ!早く終われ!。


ただひたすらに怖いだけのアトラクションに脳も身体も拒絶反応を起こし、隣で楽しそうにしている愛里を尻目に僕はただひたすらに刑の執行が早く終わることを願っていた。


僕はそのままただただ苦痛なだけの時を過ごし、やがてコースターは安息の地へと帰ってきた。


「楽しかったぁ!!」


そう言って隣ではしゃぐ愛里をよそに僕はげんなりとしていた。


「…大丈夫?櫻井君」


「な、なんとかね…」


結局、あの時のトラウマは乗り越えられないままか…。


僕は成長を感じない自分に少々自傷気味になりつつ、この後のことを考えてしまった。


今日は後、幾つの刑が執行されることになるのか…。


正直、憂鬱な気分になってしまった。

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