第22話
あの日、姫浦が僕に鷲中を宿泊施設として運営するためのNPO法人を設立しようと提案した時から、僕の人生は劇的に変わった……
…なんてことはなかった。
はい、まぁ…いつものことですよ、はい。
提案したのは僕だが、それから先のことは僕に出番はなかった。
姫浦が鷲宮隊に説明をして、持ち前の熱意で皆を説得し、鷲宮隊でNPO法人を設立することが決まり、その後の手続きやらなんやらがあれよこれよとどんどん進んでいき、正直僕の出る幕はなかった。
…いや、別にいいんだけどね。どうせ僕に出来ることなんてほとんどありませんし…。
NPO法人を設立するには時間が必要ならしく、実際に設立するのは早くて5月頃になってしまうそうだ。
そういうわけでその件に関しては僕を差し置いて勝手に話が進んでいくこととなったため、僕の日々が劇的に変わるようなことはなかった。
そして月日はいつものように川瀬のごとく流れ、気がつけば年が明けていた。
「あけましておめでとう」
年明けを家族で迎えたその直後、家にやってきた新年初顔は加藤であった。
「ちっ、新年初顔が加藤かよ」
「嬉しいだろ?。初詣行こうぜ」
僕らが玄関先でそんな話をしていると、年末年始の休みで家に帰っていた姉が僕らの元へひょっこり顔を出した。
「あら、加藤君じゃん、久しぶり」
「久しぶりです、瑠美さん。聞きましたよ、俺以外の人と結婚しちゃったって…」
「悪いね、君とは遊びだったんだよ」
「酷い!私の純情返してよ!」
二人がいつものコントをやっているのを尻目に僕は着替えを済ませ、加藤と一緒に初詣に出かける準備をしていた。
その間も二人のどうでもいい会話は続いていた。
「加藤君、うちの弟にもっと構ってあげてよ。あの子、君がいないとボッチだからさ」
「いや、それが瑠美さん、あいつ最近女の子と一緒に二人で昼飯食べたり、下校したりしてるんですよ」
「マジで!?もしかして光輝、彼女出来たの!?。もしかしてこの前の手紙の子!?」
「は?手紙の子ってなんだよ!?お前愛里以外にもフラグ立ってるのかよ!?ギャルゲーの主人公かよ!?」
加藤の余計な一言で二人に火がついてしまい、除夜の鐘より喧しく鳴り響く二人を僕は『めんどくさいなぁ』といった顔で凝視していた。
除夜の鐘なら108回我慢すれば済むが、この二人の場合、放っておくと今年の年末まで鐘を鳴らしかねないと考えた僕はさっさと加藤を連れて初詣に出かけた。
「加藤君!あとで逐一報告よろしくぅ!!」
「任せてください!瑠美さん!」
去り際に姉と加藤はそんなやり取りをしていた。
嗚呼、新年早々めんどくさいな奴らだなぁ。
「では、被告人に問います。貴方はいま何人の女性と交際関係にあるのですか?」
まるでこれからお前を裁くと言わんばかりの意気込みで加藤は質問してきた。
「彼女なんていないよ、今も過去も一度として」
「それは本当ですか?いまここではっきりと交際関係にないことを証言出来ますか?」
「だからそんなんじゃないって」
「わかりました。では質問を変えます。被告人、貴方現在通学している鷲宮東高校で、正午12時から13時までの間の1時間、俗にお昼休みと呼ばれるその時間を同じクラスの女子生徒である愛里友梨奈さんと共に二人っきりで過ごし、さらに二人っきりでお昼ご飯を共に食べておりますね?」
「はい、そうです」
「間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「被告人は検察側の証言を事実であると認めました。傍聴席にいる皆様も確かに聞きましたね?」
「傍聴席の皆様って誰だよ?」
しかし、加藤は僕の言葉なんぞ無視して話を続けた。
「では次の質問です、被告人。貴方は去年の12月の中頃から、同じく愛里友梨奈さんと共に学校がある日の午後4時から5時頃に下校を共にしておりますね?」
「はい、してます」
「二人っきりでですか?」
「はい」
「間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「ではもう一度お聞きします。貴方はいま、本当に交際関係にある女性はいらっしゃらないんですか?」
「だからいないって」
「嘘をつくなああああああああああああああ!!!!!!!!!」
突然、加藤が狂い出したかのように叫び声をあげ、僕の胸ぐらを掴んできた。
「付き合ってもないのにぃぃぃぃぃ…女の子と二人でぇぇぇぇぇ…お昼ご飯を食べたりぃぃぃぃぃぃ…女の子と二人っきりでぇぇぇぇぇ…仲良く下校するとかぁぁぁぁぁぁぁ…貴様は何様のつもりなんだあああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?」
僕の胸ぐらを掴みながら何度も何度も強く揺さぶり、嫉妬心を露わにした。
「俺なんて…俺なんて…」
怒ったかと思えば今度はメソメソと泣き始めた。
新年早々、情緒不安定なやつだ。
しばらく乱心した後、落ち着いた加藤は改めて僕に質問してきた。
「実際、愛里とはどうなの?。フラグ立ってるの?」
「フラグ立ってるかどうかと聞かれると…よくわからん。僕も愛里も一人でいないために一緒にいるというか、なんというか…」
「どういう関係だよ?」
「要するに僕も愛里もボッチなんだよ。だからお互いがお互いの居場所になるために一緒にいるだけなんだ」
「はっはっは、こいつ何言ってるんだ?」
「なんにしても、僕と愛里はそんな関係じゃないよ」
「っていうかさ、櫻井って女経験浅いくせによく二人っきりで間が持つよな?」
「別にずっと話しっぱなしってわけじゃないよ。それに僕もいきなり女の子と二人っきりとか困惑してる部分もあるんだよ。でも、そんなの気にしても仕方ないから気にしないように意識してるんだよ。だから僕と愛里はそういう関係じゃないんだよ」
「なんか大変そうだな。…でもさ、もし愛里が付き合ってって言ってきたら、お前どうするの?」
「それは…付き合うんじゃないか?。断る理由もないし」
「お前、やっぱりそういう目で見てんじゃねえかよ!!」
「そりゃあ下心がないわけないだろ!!!」
そりゃあ僕だって高校生ですよ!?思春期ですよ!?。
そういう興味がないわけないでしょ!?。
そんな感じでしばらくわいわい騒いだ後、加藤がもう一つの案件について弾糾してきた。
「それはそうと櫻井、瑠美さんがさっき言ってた手紙の子っていうのは誰のことなんだ?」
加藤が今にも僕に斬りかかってきそうな形相で僕に尋ねてきた。
「それは…そういうのじゃないから」
「つまりは女の子を誑かせてるんですね、わかります」
「いや、だから違うんだって。ただの業務連絡みたいなものなんだって」
「業務連絡ならメールですればいいだろ!?わざわざ手紙でするとか…ロマンチストか!?羨ましい!!」
「いろいろ事情があるんだよ」
「で、相手は誰なんだ?俺の知ってるやつか?」
「えっと…相手は…姫浦だ」
「姫浦?」
「姫浦」
僕の文通相手が予想外の人物だったのか、加藤は驚いた様子で二度聞きしてきた。
「え?でも櫻井って姫浦に嫌われてなかったっけ?」
「まぁ、嫌われてるっちゃ嫌われてるけど…なんで加藤がそれを知ってるんだ?俺、お前に姫浦のこと話したことあったっけ?」
「いや、別に聞いたことはなかったけど…家庭科の授業でお前ら一緒の席になっても全然話さないし、むしろ姫浦は櫻井のこと無視してたし…てっきり仲が悪いのかと…」
「なんだ、気がついてたのか、目敏いな」
「なんで姫浦と手紙のやり取りなんか…」
「加藤には俺が鷲中を守るために鷲宮隊に所属してるって前に話したよな?」
「ああ、チラッと聞いたことはあったけど…」
「実はあれは姫浦に誘われて入ったんだ。で、その後何やかんやで文通をするようになって…」
「いろいろ不可解な点が多いのだが…」
「なんにしても、加藤が思うような関係じゃないよ。むしろ僕は姫浦から卒倒されるくらい嫌われてるし…」
「ああ、そういえばこの前、姫浦がお前と話して卒倒してたな」
加藤は以前、姫浦が僕にNPO法人を作ろうと朝のホームルーム前に教室で話していたのを見ていたのだろう、その時のことを思い出していた。
「そういうわけで、僕と姫浦もそんな関係じゃないよ」
僕は口ではそう言ったが、疑り深い加藤はさらっとこんなことを聞いてきた。
「…じゃあ姫浦から付き合ってって言われたら?」
「…断る理由はないね」
「やっぱりお前頭の中、邪で満たされてるじゃねえか!!」
「そりゃあ僕だって下心あるに決まってんだろ!?!?」
「じゃあさ、じゃあさ…櫻井、もしも二人から告白されたら、どっちと付き合うよ?」
「…いや、二人からとかないでしょ?」
「いいから答えろよ、櫻井」
珍しく真面目な顔して尋ねてきた加藤を誤魔化すことは出来ないと考えた僕は、加藤に正直な感想をぶつけた。
「二人から告白されたら、多分……先に告った方と付き合う」
僕の答えを聞いた加藤はピタリと動きを止めた後、何気無い顔で3,4歩後退りし、僕から距離を取った後、突然僕に向かって全力で走り出し、僕に向かって全力でドロップキックをかましてきた。
「お前は女なら誰でもいいのかあああああああ!?!?!?!?」
ドロップキックとともに怒りの丈を加藤は僕にぶつけてきた。
渾身のドロップキックで吹き飛ばされた僕はよろよろと立ち上がりながら反論を始めた。
「誰でもいいってわけじゃない!。二人とも魅力的だから決められないだけだ!」
「その返答が最低だって言ってんだよ!!!」
新年明けて間もない深夜に大声で叫ぶ僕らを周りの人たちは不審そうな目で見て来た。
だが、そんなことも御構い無しに加藤は僕に聞いてきた。
「じゃあ、二人から同時に告られたらどうするんだよ?」
「それは…」
『そんなのありえないでしょ』って返事したいところだが…今にも僕を刺し殺しかねない加藤を前にその回答は命に関わる。
元旦の朝刊に載るわけにはいかないし、きちんと答えを出さないと…。
そう考えた僕は慎重に思考を巡らせてみることにした。
愛里は…一言で言えば愛嬌のある可愛らしいタイプの女子だ。
話もそれなりに弾むし、きっと付き合い易いだろう。
おまけにお互いボッチで暇人だから、そういう需要と供給は満たせると思う。
多分彼女と付き合ったら、ご飯を一緒に食べたり、学校行事とか一緒に過ごしたりするのだろう…あれ?今と変わらなくね?。
まぁ、なんにしても安心してそばに居られる付き合いになるだろう。
一方、姫浦と付き合うとしたら…付き合うとしたら…。
…あれ?全然イメージできない。
一緒にご飯食べたり…一緒にどこか行ったり…するのか?。っていうか、何話すんだろう?。
そもそも前にちょっと彼氏面しただけで泡吹かれたし…付き合うとか無理だろ。
だけど、それでも…彼女が僕を必要だと言うのなら…。
僕は迷いに迷った挙句、結論を口にした。
「多分、愛里さんと付き合うと思う。姫浦とは…付き合うイメージが出来ない」
「ほぉ、ようやく答えが出たか」
「でも、どっちと付き合うとかただの皮算用でしかないし、まずありえないよ」
「いや、分からないぞ?。人生何が起きるか分からないからな」
加藤とそんな話をしていると、近所の神社にたどり着いた。
深夜帯ではあったが、元旦ということもあり、近所の人たちが集まる神社には屋台もチラホラ見受けられ、夜にも関わらず明るく、人がごった返していた。
「こんなにいたら誰かと会いそうだな」
「櫻井に振られた姫浦もいるかもな」
「いや、別に振ったわけじゃないし、もしもの話だろ」
そんな話をしつつ、僕と加藤が歩いていると中学の同級生と何人か出会った。
それなりに仲が良かったやつとはちょっと話し、お互いの近況報告をして別れといった流れを何回か繰り返し、僕たちは賽銭箱の前にたどり着いた。
僕らはお賽銭を投げた後、手を合わせてお願い事をしようとしたのだが…僕は何を願えばいいのかわからなかった。
神に頼むほどの願いが特に思いつかなかったのだ。
…いや、本当は叶えて欲しい願いなんていくらでもある。
だけど、神頼みだなんて信憑性に欠けている。そんなものに現実味のあるお願いを頼むのは期待するだけ無駄な気がしてならない。
ただ何もお願いしないで終わらせるのは賽銭が勿体無いので適当に世界平和を願うことにした。
神とはいえど現実味のないものには現実味のない願いを頼むのが分相応というわけだ。
そんなことを考えながら賽銭箱を後にすると、加藤が質問してきた。
「何お願いしたよ?」
「世界平和」
「適当なお願いだなぁ…櫻井らしいが」
「加藤は何お願いしたんだよ?。言っておくが、森羅万象を司る神でもお前に彼女を与えることは不可能だぞ?」
「俺に彼女が出来るのは森羅万象の理りの外の出来事なのかよ。…残念ながら、今年のお願いは例年と違って『彼女が欲しい』じゃないんだよ」
「え?マジで?加藤から『彼女欲しい』を取ったら何が残るんだよ?」
「まぁ、何も残らないだろうが…とにかく、今年のお願いは『彼女欲しい』じゃない」
「じゃあ、なんなんだよ?」
「…高校生バンド甲子園の優勝を祈願した」
「高校生バンド甲子園?…あ、なんか聞いたことある気がする。高校生バンドの頂点を決める大会みたいなやつだろ?。加藤も出るのか?」
「まぁな。せっかくやるんだからそういう挑戦する場が欲しかったんだよ」
「そっか…」
僕はふと去年の初詣も加藤と来たことを思い出していた。確か去年も僕は適当に『世界平和』を願った気がする。加藤も毎年馬鹿みたいに『彼女欲しい』と願っていた。
去年の一年で随分と差を付けられてしまった。
隣にいるはずの加藤がどこか遠くに感じる。
「なぁ、加藤はなんでそんなバンド頑張るんだよ?」
これは決して加藤への嫉妬から横槍を入れてやろうということを意図した質問ではない。
誰かが頑張る理由を少しでも参考にしたかっただけだ。
だけどそんな期待を込めた僕の質問に加藤が当たり前のように返答した。
「当然、モテたいからだ」
シンプルでこれ以上ないくらい分かりやすいいつもの加藤らしい答えに参考にはなり得ないと僕が悟っていると、加藤が急に真面目な顔をしてこんな言葉を口にした。
「モテたいから……と、言いたいところだが、櫻井には本当のこと教えてやるよ」
「どういうことだ?」
「モテたいって言ってるのは事実だけど本当はさ、俺はモテようがモテまいがどっちでもいいんだ。ただ何かに向かって走り出すための理由とその足を止めないための理由が欲しかったんだ。それがどんなくだらない理由でもいいから、その理由に疑問を感じないようなシンプルで分かりやすいものが俺には必要だったんだよ。だから俺はその理由を自分のモテたいっていう嘘偽りのない気持ちに託した。誰かの役に立ちたいっていう高尚な気持ちよりも、尊敬される人になりたいっていう向上心よりも、なによりも女の子にモテたいって気持ちだけが確かなものだって気がついた。人間はなんやかんやで有性生殖のサガからは逃れられないからな。遺伝子レベルで人間はモテることを求めてると俺は結論付けた。だからその気持ちだけは一生燻ることのない気がしたから俺は人生をモテたいになら捧げられるって思ったんだよ。…まぁ、変にカッコつけた理由を口にするのが恥ずかしいって理由もあるんだけどな」
そう語った加藤は本音を口にするのが照れ臭かったのか、最後に茶化すように笑ってみせた。
加藤はいつもはひょうきん者を取り繕っている…っていうわけではないが、まぁ加藤にも当然ながらこういう真面目な一面は備わっている。でも、それを表に出してもそんなに面白いものではないから、加藤は面白い方を表に出したがる。
だから、こういうことを加藤が語るのは本当に珍しい。少なくとも僕に語るのは初めてだ。
だけどな、加藤。僕は伊達にお前との付き合いは長くないぞ。
「別にそのくらい知ってるわ」
加藤が実際にモテるかモテないかを重視してないことくらい僕にはお見通しだ。
だけど、加藤が恥を忍んでここまで答えてくれたのだ。
僕もちゃんと本心と向き合わないとな…。
そう考えた僕は立ち止まって加藤を呼び止めた。
「ごめん、加藤。もう一回、ちゃんと神頼みしてくるわ」
「おう、ついでに俺も神様にちゃんと聞いてもらえるように念入りにお願いするわ」
「迷惑だからやめとけ」
そんなことを話しつつ、僕たちは再び参拝客に紛れて賽銭箱を目指し始めた。
その間に僕は自分が何を叶えたいのか考えていた。
加藤のようになにか確かな思いがあるのならそれを頑張るための理由にすればいい。
それが加藤の場合は『モテたい』だ。
有性生殖という生殖方法を取っている人間は本能で『モテる』願望があるはずだ。それはより優れた子孫を残すためにはより自然に適した個体同士の遺伝子が必要になるため、人間はモテたいという気持ちが少なからずプログラムされている。
だから、『モテたい』という願望は数少ない有性生殖としての本能が望む確かな感情なのだろう。
…だけど、僕らの場合は本当にそうなのだろうか?。
子孫を残せなくなった僕らはそれでも有性生殖としての本能を維持出来るのだろうか?。
「加藤、お前は人間は有性生殖だから『モテたい』という気持ちは確かなものだと言ったけど、子孫を残せない僕らもそうだと言えるのか?」
「さぁ、そんなことは知らんよ」
僕の真面目な質問を加藤は適当にあしらって僕を突き放してみせた。
だけどその後、加藤は胸を張ってこう言った。
「だけど…それでも俺のこの『モテたい』は確かなものだ。誰にも否定などさせない」
「それもそうだな」
少なくとも加藤は羨ましいほどに煩悩に塗れた人間のようだ。
だけど、僕はどうだろうか?。
確かに僕の中にも『モテたい』って気持ちはある。
だけどそれは加藤のように走り出すための理由となり得るほどには強いものではない。
もしかしたら、僕は女性関係に関してはなんやかんやで満足してしまっているのかもしれない。
一緒に二人でお昼ご飯を食べたり、一緒に帰ったりする愛里の存在や文通が主なやり取りではあるが姫浦の存在がその辺に関しては僕を満たしてくれているのかもしれない。
少なくとも、他の女の子とも遊びたいとか、もっと可愛い子と仲良くなりたいとか、不特定多数にモテたいという気持ちは湧いてこない。…これがリア充の弊害ってやつか。
そうなると、もっと別の確かな感情を僕が頑張るための理由にするしかない。
僕は出不精な人間だ。必要なければ出歩かない。
そして冷めた人間だ。必要以上に頑張らない。
なにより消極的な人間だ。必要なければ変われない。
だけど、それでも去年の1年間は些細なものかもしれないが、僕にだって得たものがある気がする。
バイトしてお金という形に残る価値を手に入れた。
鷲宮隊で署名という掛け替えのない人の繋がりを手に入れた。
愛里とのボッチ同盟という落ち着ける居場所を手に入れた。
形に残る価値を手に入れられたのはサカもっちゃんが頭を下げて僕にバイトに入ってくれと頼まれたから。
人の繋がりを手に入れたのは姫浦が僕に震える体で僕に手伝ってくれとお願いしてきたから。
落ち着ける居場所を手に入れられたのは愛里が僕に居場所になってと誘ってくれたから。
僕に何かをくれたきっかけとなったのは全て、僕を必要としてくれたから。
誰かが僕を必要としてくれたから、やりたいことも取り柄もなく、積極性もない僕でも何かを手に入れられるように頑張ることができた。
…そうだ、答えは初めから分かってた。
きっと…僕は誰かに必要とされたいんだ。
夜更けも近くなり、初日の出が間近に迫ろうとしていた早朝のもう人が居なくなってしまった神社の賽銭箱の前に立ち、手を合わせて立ち尽くす僕はようやくその答えにたどり着いた。
夜通し起きていたのでひどい睡魔に襲われてはいたが、賽銭箱を背にする僕の顔は不思議とどこか清々しかった。
「ふぁ〜、流石に帰るか」
なにを聞くでもなく、側で僕を見守ってていてくれた加藤がそんな僕の顔を見て安心したのか、眠そうにあくびをして、何気なく僕にそう言った。
その後、僕たちはなにを話すでもなく、帰路を辿った。
なにも話さなかったのは今にも倒れそうになる程眠かったのと、わざわざ話さなくてもわかることだったからだ。
朝日が昇りきった頃、僕はようやく家にたどり着いた。
「…ただいま」
吹けば消し飛びそうな声で僕は帰宅の合図を口にした。
もはやなにもできる気力もない僕は寝るために部屋に直行しようとしたが、ふとリビングに母と父と姉がテーブルを取り囲んで俯いて座っていたのが目に入った。
まだ起きてたのか…。
僕が今にも思考停止しそうな頭でそんなことを考えていた時、姉が僕の帰宅に気がついたのか、僕の元にやってきた。
「初詣どうだった?人多かった?」
「まあね…」
「ちゃんとお願い事できたか?」
「まあね…」
もはや返答する気力もない僕はなにも考えずに『まあね』を繰り返すBOTと化していた。
「例の女の子の話はちゃんと加藤くんに話したのか?わたしにも後で教えろよ」
「まあね…」
「私は今回は正月3日家にいるから、ちゃんと私が退屈しないように私に構えよ?」
「まあね…」
「御節はお昼でいいよね?お母さんも今日は寝てなくて全然準備出来てないからさ」
「まあね…」
「それと私、子供産むことにしたからよろしく」
「まあね…」
「あと、2日に私も旦那も来るからよろしくやってあげて」
「まあね…」
「じゃあ、私寝るから、おやすみ」
「おやすみ」
相変わらず有無を言わさぬ姉とのやりとりを適当に終えた僕は、ようやく念願のベッドへとたどり着いた。
あぁ…至福のときじゃあぁぁぁぁぁ…。
もはやあとは寝るだけ、もうそれだけで全てが楽になる。
もはやなにが起きても起きない自信が僕にはあった。
そんな僕が眠りに落ちようとしたその時…ふと姉との先ほどのやりとりの一部が脳裏をよぎった。
『それと私、子供産むことにしたから』
へぇ…姉ちゃんが…子供を…。
それは…凄いね…。
…はぁ?。
とんでもない自体が起きてしまったことにようやく気がついた僕は、倒れるほどの睡魔を吹き飛ばし、慌てふためきながらリビングへと駆けつけた。
そこで暗い表情で俯く母と父に僕は思わず叫ぶように問いただした。
「さ!ささささささささささささ、さっき…ね、姉ちゃんが子供産むって…」
母と父は僕の言葉になにも答えなかった。…いや、答えられなかったのだろう。
なにも言わない父と母を見て、僕もやがて悟ってしまうのだ…我が家の姉は、言い出したら止まらない。誰も抗うことすら許されない絶対不可侵のカタストロフなのだと…。
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