第21話

「先生、ちょっと相談したいことがあるんですけど…」


バイト中、僕は何気なくサカもっちゃんにそんな話を振ってみた。


「へぇ、なに?彼女でも出来たの?」


「いや、そうじゃなくて…鷲中の取り壊しを阻止するための一つの方法として思いついたことなんですけど…」


「なに?」


「使わなくなった校舎を宿泊施設に変えて、それで儲けたお金を校舎の維持費に当てるって方法なんですけど…」


「ほうほう、なるほどなるほど。どうしてそんな方法を?」


「鷲中はもう学校としては価値はないですけど、 別の何かの施設として使えば価値が生まれると思ったんです。そう考えた時に友達が『学校に泊まってみたい』っていう話をしていて、それでピンときたんです」


「なるほどね…って、え?櫻井って友達いるの?」


「…僕をなんだと思ってるんですか?」


「いや、夏休みまるで予定なかった君に友達なんていたのかと思って」


「僕だって昼休みに一緒にお弁当食べたり、一緒に帰る友達くらいいますよ」


とは言っても、最近になってようやく出来たばかりなんですがね。


「そっかぁ…それは良かったよ。普通に心配だったんだよね」


「お気遣いどうも。それで、学校を宿泊施設に変えてしまおうって話なんですけど…どうしたらいいのかわからなくて…」


「ふーむ…まず聞きたいんだけど、なんで僕に聞いてきたの?。聞いてみるなら鷲宮隊の人とかに聞いてみたほうがいいんじゃない?」


「えっと…鷲宮隊のみんなに話す前にまず大人の人に聞いてみたくて…手頃な大人が先生くらいだったので…」


「手頃な大人かぁ…喜ぶべきが悲しむべきか…。まぁ、いいや。そうだね、まず宿泊施設として利用する場合、それが法人として運営するか、公共機関として運営するかで変わってくるだろうね」


「法人か公共かですか?」


「うん、さらに法人でもNPO法人か、それとも営利活動法人かで分かれる。この場合は営利目的ではないからNPO法人だろうね」


「NPO法人の利点ってなんなんですか?」


「ふむ、そうだね。まず一つは手続きが営利活動法人に比べて容易である点、二つ目が税制が優遇されている点、そして三つ目がイメージがいい。だいたいこの三つかな」


「えっと…そもそも法人になるメリットなんなんですか?」


「それはだね…主なメリットは助成金を受けられるようになることかな。…正確にいうと法人となることで信用を得やすくなって、助成金を受けやすくなると言った方がいいかな。なんにしても一番のメリットは信用だ。…あとは税金の面でのメリットもあるけど、今回の場合は置いておこう。一応、法人となるデメリットも上げておくと、設立の時にお金がかかるっていうことと、なによりいろんな手続きが面倒になることだな。法人になればなにをするにしても手続きが必要になるだろうから、それだけ面倒が増える」


「そうですか…」


正直、めんどくさいのは勘弁だ。


誰かが代わりにやってくれるならいいのだが、それを自分でやるとなると学校が存続している限り永遠にその面倒を背負う羽目になる。


そこまでして守りたいというわけではないから、法人としての運営はちょっとなぁ…。


「公共機関として運営する場合はどうしたらいいんですか?」


「うーん…学校は文部科学省の管理下にあるから、そこに働きかけるのかな?。正直、公共機関としての運用の方法は僕もどうすればいいのかわからない。多分、やるとしたらNPO法人として文部科学省に鷲中の使用を申請して運用することになるのかな」


「そうですか…っていうか、先生詳しいですね」


「鷲小のとき、僕も姫浦の力になりたくてね、その時に知ったんだ。まぁ、結局はダメだったけどさ」


「そうですか…。なんにしても、やるとしたら面倒くさいってことは分かりました」


「うん、それでどうするんだ?櫻井」


「うーん…どうしましょう?」


「とりあえず姫浦に話してみたら?」


「そうですね。とりあえず姫浦に話してみます」


姫浦ならば、もしかしたら…。


なんにしても、この件に関しては消極的な僕が抱えたままでいるよりも、エネルギーのある姫浦に相談してみた方がいい。


そう考えた僕は今度の手紙のやり取りにこのことを書いてみることにした。


今度の鷲宮隊の集まりが四日後、そして今回は僕が姫浦から手紙をもらう番。そうなると姫浦にこのことを伝えるのはそのさらに一週間後になるが…まぁ、別に急ぐ必要もないか。


僕はそんなことを考えていたが、その予定は思わぬ形で覆されることとなった。











翌日の放課後…。


「お一人でごわすか?」


「はいはい、見ての通り一人ですよ」


まるでそれが僕たちのルールだと言わんばかりに愛里は僕に話しかけてくるときは毎回そう尋ねてくる。


昨日、僕が勇気を振り絞り、昼食を共にする仲から登下校も共にする仲へと昇格した僕らはその日も当然のように二人で帰ることとなった。


「櫻井君ってなんやかんやそれなりに忙しいよね」


「え?そうかな?」


「だって結構バイトしてるし、中学守るために鷲宮隊っていうのにも所属してるんでしょ?」


「うーん…バイトはただ暇なのを誤魔化すためにやってるだけだし、鷲宮隊も集まりはせいぜい週一だし…」


僕たちはそんな話をしながら下駄箱へと歩いていた。


「私、今日帰ったら何しようかなぁ…」


そう言って彼女は少しわざとらしく暇アピールをしてきた。


…これは、どこか遊びに誘った方がいいのか?


昨日は僕がバイトのシフトが入っていたこともあり、特に寄り道などせずにまっすぐ学校の最寄り駅まで歩き、そのまま愛里とは別れてしまったが、今日は特に予定があるわけではないし、どこか二人で出かけてもいいかもしれない…いいかもしれないが…それはちょっと恥ずかしいので僕からは誘えない。


それでも何かきっかけがあれば誘えるかもしれないが…例えば、目の前にカラオケのクーポン券が落ちてくるとかそういうきっかけがあれば…。


僕がそんなことを考えながら下駄箱の蓋を開けてみると、僕の下駄箱の中から紙状のなにかがひらひらと僕の足元へ落ちてきた。


『僕たちをカラオケに連れて行くために神がクーポン券を下駄箱に入れておくという粋な計らいをしたのか?』などという考えが脳裏をよぎったが、それはクーポン券ではなく、幾度となく目にしたことのある柄をした封筒であった。


僕がそれを拾い上げて見てみると、そこには見覚えのある丸みを帯びた可愛らしい字で『姫浦より』と書かれていた。


「もしかして…ラブレター?」


横でマジマジと見ていた愛里が僕にそんなことを尋ねてきた。


「いや、そういうのじゃない。ただの業務連絡みたいなもの」


「姫浦さんと業務連絡?わざわざ手紙で?」


愛里はそう言って不思議そうに僕を見つめてきた。


『そういえば、姫浦のことはまだ言ってなかったな』


別に隠していたわけではないが、言う機会も必要もなかったので愛里にはまだ姫浦のことを話していなかった。


「実はさっき言った鷲宮隊には姫浦も所属してるんだ」


「姫浦さんも?」


「っていうか、姫浦に誘われたから僕は鷲宮隊に入ったんだけど、その後成り行きでたまにこうやって手紙をやり取りするようになって…」


「そうだったんだ。…え?じゃあ姫浦さんと仲良いんじゃないの?。同じ活動をしてて文通するぐらい仲いいってことじゃないの?。櫻井君全然ボッチじゃないじゃん!私から言わせれば櫻井君のボッチなんてにわかだよ!?ファッションボッチだよ!?」


「ファッションオタクみたいに言わないでよ。なんにしても、別に姫浦とは仲良くないよ。実際、姫浦は僕のこと泡吹くくらい苦手だし…」


「え?苦手?。じゃあなんで姫浦さんは櫻井君誘ったの?」


「それは…姫浦だから、かな」


「はい?」


結局、愛里は終始不思議そうな顔をしていた。












その後、そのまま今日もどこかに寄ることなくまっすぐ家に帰った僕は自分の部屋に戻って改めて姫浦の手紙と向き合った。


珍しいな、姫浦が鷲宮隊の活動以外で手紙を渡してくるなんて…。


特にルールを定めたわけではないが、それが僕らの中の暗黙の了解だと僕は思っていた。


もしかしたら緊急性を伴う内容なのかもしれない。…なんにしても、読んでみないことには分からないか。


そう考えた僕は早速、封を切って中を拝見した。


前回、僕が姫浦へ宛てた手紙は鷲宮隊の活動内容に対する疑問であった。本当にこのままで鷲中を守れるのかという疑問を僕は手紙を通して姫浦へぶつけていた。


だから、今回の手紙の内容はその流れで僕の疑問への姫浦なりの答えであった。


『どんな方法が正しいとか、どんな方法が確実とか、そんなの私も分からない。分からないけど、今出来ることはこれくらいしかない。これしかないけど、私は出来ることは全部やりたい。どんな小さなもしかしたらも私は全力でやる。結局私はそれしかできない。だけど、櫻井がそう思うのも最もだと思う。鷲小の時はそれだけじゃダメだったから、それだけじゃ足りなかったから。だから私だって迷ってる。この努力が全部無駄になるんじゃないかって思って挫けそうになる。それでも私はやる、やるしかないの。奪われて当然だなんて認められないし、納得出来ないから、私は結局戦うしかない…そう思うって、やっぱり変かな?』


変っちゃ変だ。


だけど、僕からしたらそれは変というより特別だ。


手紙を読み終わった僕がそんなことを考えていると、手紙の裏になにか書いてあることに気がついた。


めくってみると、裏には小さくこんな一文が書かれていた。





『P.S 最近、愛里さんと仲良いよね?』




いつもは鷲宮隊の活動についての話や自分たちの気持ちの話ばかりでこう言った話はしたことがなかったので、姫浦からこういう話を振られたことがやけに印象的だった。


『なぜ、突然こんな話を?』


そうなると当然、こういう疑問が湧いてくるわけで…。


もしかしたら、姫浦は前々から僕と何気無い世間話もしてみたいと思っていたのかもしれない。だけど僕がボッチ過ぎて特に話題という話題も無かったからいままでそういう話が出来ず、最近になってようやく会話ができるほどの話題性に富んだ僕のネタを掴めたからこうして聞いているのかもしれない。


まぁ、なんにしてもたまにはこういう話も悪くはないか。


そう考えた僕は早速姫浦への返信を書き始めた。


内容は先日、教育委員会の富沢さんと会い、身の上話をされたこと、それを踏まえた上でやはり今の鷲宮隊の方針には賛成出来ないということ、そして先日思いついた学校を宿泊施設として運用するという方法、それとサカもっちゃんから聞いたそれはめんどくさいということを手紙に書いた。


一応、愛里さんの話もしておいた方がいいか…。


そう考えた僕はボッチ同士意気投合した愛里の話を少し書いた。


そして翌日の放課後、姫浦の下駄箱の中に手紙を入れた。


帰宅部のエースたる僕よりも姫浦が先に帰っているとは考えにくく、今日中に姫浦に手紙が渡ることを算段に入れての行為だ。


「やっぱり仲良いんじゃないの?」


その光景を横で見ていた愛里はそんなことを尋ねてきた。


「姫浦は僕と視線を合わせるだけで気分が悪くなるくらい僕のこと苦手だけどね」


「…いや、だからそれだったらなんで文通なんかしてるのさ?」


「それは…姫浦だからだな」




…そう、それは姫浦だからだ。




「…いや、だから分かんないって」


愛里は一周回って呆れた顔してそう呟いた。















翌日の朝、いつものように僕が一人で登校し、朝のホームルームまで一人で待機していると、ある人物が僕の方に歩いてきた。


「…櫻井」


僕を呼ぶ声に顔を見上げると、そこには姫浦の姿があった。


普段、学校で話すことは全くなかったため、突然話しかけられたことに僕は驚いた…わけではなかった。





なんとなく、こうなる予感はしていたから…。






姫浦はしばらく僕と目が合うか合わないかくらいのところで視線を泳がせていたが、一度深呼吸をして、覚悟を決めたように手を握りしめて僕に向かって叫んだ。


「一緒にやろう!!!櫻井!!!」



どんなに小さな可能性でも全力を出す彼女なら、そう言うと僕は知っていた。


それを知った上で、僕は彼女に言ったんだ。…薄暗い舞台袖から、眩しく輝くステージの上に引っ張ってもらうために。


だから、僕の答えは決まってる。


突然叫んだ姫浦にクラス中が注目する中、僕は姫浦になにを聞くでもなく、返事を返した。


「もちろん。誰かの要望を無下に断る理由があるほど、僕は忙しくないからね」


僕のその言葉に、姫浦は嬉しそうに微笑み、喜びのあまり相手が僕だって忘れてしまったのか、思わず彼女は僕の顔を見てしまった。


そして僕たちはこの時ようやく、その信頼を込めた瞳を見合わせることが出来たのであったとさ。































ちなみにこの後、姫浦は気分が悪くなって倒れ、一日中保健室で寝込んでしまったとさ。

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