第18話

薄々勘付いてはいるだろうけど、僕には女性経験などほとんどない。


母や姉を除いて、関わったことのある女性など本当に限られている。


ましてや2人でどこかに行くなんてことは今まで一度たりともない。


だから、最近では姫浦との手紙でのやり取りをするようになったため、今までの人生の中でどの時期が一番身内以外の女性と関わったことがあるかと聞かれたら今がまさにその絶頂期、人生のピークだ。


高校に入れば夏休みには女の子と海とかに出かけたりするのかな、などと淡い希望を高校入学前は抱いていたが…実際そんなイベントがこれっぽっちも起きる気配はなく、現実と理想のギャップに焦燥感ばかり募らせていた。


そしていつしか今世は彼女は諦めようとか思うようになっていたが…いま僕の見えている世界が夢でないのならば、僕はいま女の子と二人で文化祭を見て回っている。


しかもほとんど会話もしたことないような女子とだ。


それ故に、何を話せばいいのかわからない。


「えっと…どこ行こうか?。どこか行きたい所とかある?」


「…いや、特にないよ。櫻井君は?」


「特にないなぁ」


とりあえず間をつなぐために僕は口を開いたが、行きたい場所も分からない僕らに向かうべき場所などないのだ。


だけど、このままただうろちょろするわけには…何も決められず、会話もままならなければ愛想尽かされてしまう。


そうなると再び居場所を失う。


昨日のように誰しもがなんらかの輪の中にいるなか、どこにも属さない疎外感を味わう羽目になる。


それだけはダメだ。せめてこの文化祭の時は彼女に僕の居場所になってもらわねば困る。


一番優先すべきことはそれだ、彼女に僕の居場所になってもらうこと。


それが叶うのならば会話や仲が良いかどうかなど二の次だ。


そして、もしも彼女が僕と同じようにそれを望んでいるとするならば、僕らがするべきことは…。


だけど、彼女がまだ僕と同じように相当孤独を拗らせたボッチとは限らない。


まずは彼女のことを知る必要がある。


「愛里さん、お昼食べた?」


「ううん、まだ。櫻井君は?」


「僕もまだ。じゃあとりあえずゆっくり食べられる場所を探そうか」


彼女を知るために僕らはまず、適当にお店で軽食を食べることにした。


流石に自分達のクラスで食べるのは恥ずかしいので、僕らは他所のクラスのお店へ足を運んだ。


適当にメニュー頼んだ後、僕は彼女へ質問した。


「愛里さんって部活何かやってたっけ?」


「ううん、なにも。櫻井君も帰宅部だったよね?」


「うん。でも部活とかやってないと学校無い日は暇になっちゃうんだよね。僕趣味もないし、ボッチだから友達もいないからさ、ほんとやることなくて…」


「でも、櫻井君って加藤君と仲良いよね?。遊んだりしないの?」


「仲は良いんだけどさ、加藤はいまバンド活動で昼休みも放課後も忙しくてね。おかげで他に友達いないからお昼も一人で食べる羽目になって…」


「そういえば、櫻井君いつも一人で食べてるね。…私もボッチだから一人で食べてるけどさ」


僕はあまり女性と話したことはなかったが、いまは彼女のことを聞き出すという目標があるからか、それを意識していると話しやすい気がした。


そしてここまでの会話で彼女も僕と同じようにボッチの条件が大体揃っていることがわかった。


ここまでボッチであることが明白ならば、あとはそのボッチがどれほどのものなのか聞き出す必要がある。そう考えた僕はこう切り出すことにした。


「いや、愛里さんのボッチと俺のボッチを一緒にしないでよ。俺なんて友達いなさすぎて毎日一人で下校してるんだよ?」


少々自虐的に僕は自分のボッチ度合いをアピールしてみた。


「私だって登下校一人だよ?」


「メールとかもどっかのサイトのやつからしか来ないし」


「あー…私も親友から来る以外は公式のやつしか来て無いなぁ」


「夏休みとか予定なさ過ぎて、早く終われとか思ってたし」


「あー…わかる、私も暇すぎて早く終わって欲しいとか思ってた」


「忘れ物しても他のクラスに友達いないから借りたり出来ないしさ」


「それ、めっちゃわかる!。私も借りられないから忘れ物しないように心がけてる」


「先生から『友達から借りなさい』とか言われると怖いから、ほんと忘れ物出来ない」


「わかるわかる!。友達いないって悟られるの怖いもんね!」


「終いには文化祭で行く所なくて、文化祭なのに図書室で時間潰そうとか思ったり」


「お前は私か!?。私も図書室行こうとしたけど閉まってて絶望した」


「で、最終的に居場所を作るために必要ない荷物持ちの仕事に行きつくと…」


「うわぁ、まんま私だ」


ここまで来ればもはや改めて言うまでもなく、彼女はボッチだ。僕クラスのボッチだ。


そして僕と同じく、ひとまずは急場をしのぐ居場所を求めている。


ならば…僕らは手を組むべきだ。


この文化祭というボッチにとっての冬を乗り越えるために、お互いがお互いの居場所となるために…。


「愛里さんはこの後予定あるの?」


「ううん、なにもないよ。…全くない」


「じゃあさ…今日だけで良いから僕と手を組まない?」


「手を組む?」


「そのさ…僕達は居場所を求めてるわけで、だけどボッチだから居場所がない。でも、ボッチ同士ならお互いがお互いの居場所になれると思うんだ。だからどうだろう、今日一日手を組まない?」


「えっと…私、そんなに面白い事とか言えないよ?。だから一緒にいても話が弾むかも分かんないし…櫻井君、楽しくないかも」


「いや、別に仲良くなれなくても会話が弾まなくてもつまらなくてもいい。僕も盛り上げる自信はないし。…ただ今日一日、お互いが居場所になれたらそれでいい。そういう同盟を結びませんか?」


「えっと…櫻井君がいいならいいけど…」


「じゃあ、交渉成立。これでボッチ同盟が結ばれた」


「ボッチ同盟って…ふふ、なにそれ…。それで、同盟を結んでこれからどうするの?」


「…いや、別にどうもしない」


「え?」


「要するにお互いが気を使わずにただ一緒にいればいいって同盟だから一緒にいるために何かしようとしなくていいんだよ。無理して会話とか、行きたくないのにどこか行くとか、したい訳じゃないのに何かするとか、そういうことをしなくていい。だから僕のことは気にせずに携帯弄ってもいいし、好きにしていいと思う」


「一緒にいるために何かしなくていい同盟か…」


「あ、でも本当にどこか行きたいところとかあったら付き合うよ。別に僕はやることないし」


「ううん、それは大丈夫、私も特にないからさ。…でも、ボッチ同盟か…面白いこと思いつくね。…櫻井君、割と面白い人だと思うけど…なんでボッチなの?」


「うーん…色々思い当たる節はあるけど…」


その後、同じボッチという境遇にさらされた者同士だったからか、僕らの会話は思っていたよりもずっと弾んだ。


多分、変に取り作ることをしなくても一緒にいられるという安心感があったからだと思う。


ボッチ同盟が功を奏したというわけだ。


「それでサクラちゃん…あ、サクラちゃんっていうのは1学期に転向した槇原のことなんだけどさ。サクラちゃんが転校先で茶道部に入ってみんなと楽しそうにしてるんだよ」


会話はいつしか転校してしまった愛里の親友の槇原の話になっていた。


「それで夏休みに合宿とかやっててさ、楽しそうで羨ましい」


「いいよねぇ、合宿。憧れるなぁ」


「それでサクラちゃん、茶道部の活動の写真を送ってくれるんだけどさ…そういうの見てたら、私もなんかやらなきゃって思っちゃうよね」


愛里さんとの会話は楽しかった。


少なくとも、今朝までは爆発しろとか思っていた文化祭に誠心誠意の真心を込めて土下座で感謝したくなるくらい楽しかった。




もしかして…僕、リア充してる?。




文化祭、女の子と二人、弾む会話…これをリアル充実と言わずしてなにをリア充と言うのだ?。


間違いない、僕はリア充してる。


僕は今、青春してる!!。


過去、例のないほどの青春を肌で感じ、僕の気分は高揚した。




いまはなにも怖くない。


なんだって乗り越えられそうな気がする。




「でも、せっかくの文化祭でボッチじゃないんだから、何か見たいよね?」


そう言う愛里の言葉に僕はあることを思い出した。


「そうだ、もうすぐ加藤のバンドがライブやるんだけど、それを見に行かない?」


毎回、加藤はライブをやるときは僕を誘ってはくれていたのだが、僕はあるはずもないのになにかと用事をつけて見に行かないようにしていたのだ。


それはライブを見て僕が軽音部で手に入れられなかったものを加藤が手に入れたと知ってしまうと酷い後悔に苛まれそうだったからだ。


だから怖くて行けなかった。自分が青春に置いていかれてるって分かるのが怖かったから行けなかった。


だけど、いまは違う。


こうしてボッチ同盟により、束の間のリア充を満喫している今の僕なら、加藤の勇姿を見てもビクともしないはずだ。


そう踏んだ僕は愛里さんをライブに誘った。


断る理由もなかった彼女は二つ返事で即答した。


こうして、僕らは加藤のバンドのライブを観に行くこととなった。









ライブ会場である体育館に訪れると、そこはすでに人で埋め尽くされていた。


「人多いね。人気あるのかな?加藤君たちのバンド」


「さあ?。でも、体育館でやるのは初めてって言ってたな」


僕達がそんな会話をしていると、タイミングよく照明が落ち、舞台へスポットライトの強い光が当てられた。


そして舞台袖から、ミニスカを履き、女装をした加藤が堂々と現れた。


女装に似つかわしくないガタイのいい体格と、スカートからはみ出した足から生える草原のようなすね毛、そしてスカートの裾からチラチラと見えてしまう見たくもない深淵。


その姿が見えるや否や、会場からは黄色くない正真正銘のただの悲鳴があがった。


「oh my god…」


思わず口からそんな言葉が漏れた僕はあの様なおぞましき化け物を生んだ神に失望した。


そしてそんなファションモンスターに続いて、普通の制服に身を包んだ二人の男子生徒が姿を現した。


一人は知らない奴だったが、ギターを携えるもう一人の男子生徒に僕は心当たりがあった。


「あれは…谷口?」


かつて同じバンドを組み、なに一つ練習しないまま他所のバンドのメンバーに寝返った谷口の姿がそこにはあったのだ。


その後の経緯がどうなって今のバンドメンバーになったかは知る由もないが、目の前の舞台に立つギター、ベース、ドラムのスリーピースバンドが僕には皮肉めいているように思えた。


そんな僕を尻目に悍ましいモンスターと化した加藤がマイクを通して話し始めた。


「どうも、ベース兼ヒロインの加藤です」


自らをヒロインなどと宣う加藤に会場からは『引っ込め!!』とか『バケモノ!!』とかそんな怒号が犇めいていた。


「おやおや、どうやら私のあまりの可愛さに嫉妬してるようだな」


そんな野次に対して加藤は挑発するかのように返事をした。


すると火に油を注いだかのように会場の怒号がヒートアップした。


一通りの罵声が飛び交い、これ以上貶すことがなくなると会場は徐々に静かになっていき、タイミングを見計らって加藤が話し始めた。


「モテたくてバンド始めたんですけど、全然モテないんですよね。だからもういっそのこと、自分が彼女になればいいじゃんって天才的閃きで、今日は女装してみました。あまりの完成度の高さに自分でもビックリです」


え?完成度?化け物としてのだよね?。


僕がギターとしてあの舞台に立っていたらそうツッコミを入れたであろう。


しかし、舞台に立つ他の二人は準備に忙しいのか、黙ってスルーした。


そして代わりのようにガヤが叫びのような罵倒でツッコミを入れた。


やがて準備が出来たのか、先ほどまで戯けた表情をしていた加藤の顔が引き締まった。



「…それじゃあ、準備が出来たんで、早速一曲目…曲名は『ゴールレス』」


そういって、ドラムに向かって加藤がアイコンタクトを入れると、ドラムが始まりの合図のためにスティックを叩いた。


等間隔のリズムで並べられた四拍が鳴り終わったその刹那、それは始まった。


止めどなく流れる音が激しい雹のように僕の全身を刺激する。


視線も意識も全部奪われ、呼吸すら忘れそうになる。


激しく、それでいて均等な心踊るリズムに心臓の鼓動が合わせるように、その音楽は僕の血を滾らせた。


一瞬で、全てを支配された。


視線も意識も呼吸、心臓でさえ…。


もうコードがどうとか、オタマジャクシがどうとか言っていた加藤の姿はそこにはなかった。


見た目は化け物のような姿をしていても、音楽を奏でる加藤はすでに一人のアーティストだった。





もしもあの時…。




ふと考えてしまった。そして、一度考えだすと止まらなくなった。




もしもあの時…ギターを辞めていなければ…。


もしもあの時…バンドの名前を決めていれば…。


もしもあの時…加藤が先輩達の頼みを断っていれば…。


もしもあの時…谷口とちゃんと話せていれば…。


もしもあの時…恥を忍んで食らいついていれば…。


もしもあの時…本気になれていれば…。


その数えきれぬいくつものもしかしたらのうち、一つでも違っていたならば…僕は、あそこで輝けたのか?。


一つでも噛み合っていれば、あそこで同じ景色を見れたのか?。


照明の落ちた暗い舞台下で、ステージ上で眩しいくらいに輝く加藤達を見上げながら僕は考えずにはいられなかった。




僕、なにやってるんだ?。





何もかも中途半端で…妥協に満ちた日々で…なにも得るものもなくて…。





結局僕は、あの卒業式の日からなにも進歩できていない。




ダメだ…このままじゃダメだ…。


見つけなきゃ、早く見つけなきゃ。


僕が本気になれるものを!僕の人生を賭けていいって思えるものを!。


でもダメだ。


それでも心が夢を抱けない。


人生を賭けてもいいって思えるほどやりたいことが僕にはない。


そんなものに…夢なんてものに出会える気がしない。


空っぽだ。


バイトとかして空白を埋めた気になってるだけで…だけど結局はほとんど真っ白のままで…。





…やめてくれ、もうその音を止めてくれ。


僕の人生を空っぽだって否定されている気がしてしまう。


だからダメだ。



もう…ここにはいられない。











気がつけば僕は愛里さんを置いて体育館の外に出ていた。


外では自分のクラスのお店を盛り上げようと、多くの生徒達が精を出していた。


そうやってみんなは頑張ってる。青春に置いていかれまいと争ってる。


それに比べて僕は…。


このままじゃダメだ、このままじゃダメだ、このままじゃダメだ。


それは分かってる、痛いほど分かってる。


でも、どうすればいいのか分からないんだ。


だけど現実はいつだった非情だ。


そのまま誰も僕に答えを教えてくれないまま、ただ時間だけが過ぎ、文化祭は終わってしまうのであった。

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