第9話
僕が自らバンドの解散を提案したのは、加藤の本気を邪魔しないように自ら身を引いた…なんて言えば聞こえはいいが、その実のところはいつか捨てられるのが怖かっただけだ。
僕と加藤の熱量の差にはすでに溝が生まれ、いずれは亀裂となってバラバラになるのは目に見えていた。だからそうなる前に逃げた…ただそれだけの話。
谷口のことは…知らん、なんかどうでもよくなった。
バンドを解散し、音楽活動を辞めた僕を待っていたのは…無味乾燥な日々だった。
元々趣味という趣味もなかった僕は学校が終わればやることもないのでさっさと帰り、自宅に帰ってゲーム三昧…の日々も飽き、何をやるでもなくダラダラと過ごし、気がつけば何もせずに1日が終わっている日常を繰り返していた。
遊ぶような友人でもいれば、暇つぶしくらいには困らなかったかもしれないが、高校には放課後に遊ぶような友達はいない。中学の奴らと連絡を取るのもなんだが億劫で…ここまでやることがないと何か他の部活に入ろうかなとも考えたが…こんな中途半端な時期に、特に好きでもない部活に単身で乗り込む勇気も気力もなかった。
せめて、何かきっかけがあれば…。
要するにどん詰まり…クラスで普段から連んでいた加藤も最近では忙しく、休み時間や放課後になれば教室から姿を消していた。その忙しさと先日のバンド解散が相まって、最近加藤とは疎遠になっていた。
…別に避けてるわけではないのだが、話す機会がないと話さなかった。
もともと加藤と昼飯を食い、放課後も帰っていた僕は、今では当たり前のように一人で昼食を済まし、一人で登下校をこなしていた。
気がつけば僕はボッチになっていた。
あれ?…僕って、こんなに友達作るの下手だったっけ?。
人付き合いが下手というわけではないと思う。関わる機会があれば、わりかし誰とでも喋るし、それなりに仲良くなれる。でも、必要以上に関わるようになるほど仲良くはなれない…だから『それなり』というわけだ。
それでも恥を忍んで泥に塗れて自分のポジションを必死こいて確保すれば、居場所くらいは手に入れられたのだろう。
だけど、ボッチになっても学校生活にこれといった支障はない。一人でもなんやかんや苦労もなく過ごせるので、いつものように『まあいいか』で済ませていた。
それでも、学校終わりの放課後に他の人達が僕の与り知らぬところで青春を謳歌しているであろう中、学校に残る理由もない僕はそこにいても心が苦しくなるだけで、安寧を求めて逃げるように家に帰り、やることのない僕は日もまだ高い時間帯に自宅のベッドに横になり、こう呟くのだ。
「…暇だ」
それくらいで現実が変わることはない。変わるなら誰も苦労などしない。
何もない白紙の日々が積もるたび、僕は心に焦燥感を募らせた。
それなのに、何が一番いけないかって…僕は誰かがなにかのキッカケを与えてくれることを、切に願っていることだった。
願うだけで…何もしないことだった。
それでも月日は止まることなく、僕を差し置いて滞りなく流れて行く。
僕の物語は風に吹かれるかのように白紙のページがパラパラと何枚もめくれ、気がつけば夏休みが目前に迫っていた。
その間に起きた出来事といえば…クラスメートの槇原という女子生徒が家庭の事情で転校してしまったということくらいだ。
別に僕は仲が良かったどころか、関わる機会もなかったから、結局彼女とは一言も話すこともなく、僕になんの遺恨も残さずに去って行った。
「夏季休暇の間も鷲宮東高校の生徒である自覚を持って…」
1学期を締めくくる終業式の校長先生の聞くに値しない無駄話を前に、皆が目の前に迫る夏休みを今か今かと待ち焦がれる中、僕の心は絶望で満たされていた。
夏休み…僕は何やって過ごせばいいんだ?。
学校がある日でさえ、家に帰るとやることがなくて暇になるのに、40日も学校が休みになると…僕は目の前に迫るただただ虚無で満たされた世界に目を背けるしか出来なかった。
いつもならば夏休み前にはウキウキしながら夏休みは『何やろうか』と考えていたが、今年の『何やろうか』は僕にとっては死活問題だった、
自由には代償が伴う。
僕はその言葉の重みを身をもって味わうこととなるのだ。
こうして、世間では華と呼ばれているらしい青春真っ只中の高校生の夏休みが幕を開けた。
そして、何事もなく10日の月日が流れた。
「光輝、あんた毎日家にいるけど…友達とかいないの?」
夏休みが始まり、僕の虚構に満ちた日々を心配してかけてきた母の言葉が胸に突き刺さった。
「友達?…ははははは、友達ねぇ…」
頑張って産んで、ここまで育ててくれたのに自分がボッチであることに申し訳なさで一杯になりながら僕はおどけた返答をした、
「あんた…虐められてんの?」
「…いや、そういうわけではない。クラスの人、みんな良い人だよ」
これは本当、みんな良いやつ。ただ必要以上に仲良くなれないだけ。
「加藤くんとかはどうしたのさ?」
「加藤は部活で忙しい」
これも本当、加藤は1学期の末に3年の先輩のラストライブを無事に終えた後、自分でメンバーを集めてバンドを組んで、青春をバンドに捧げているらしい。
ちなみにその3年生のラストライブに加藤から見に来いと誘われていたのだが…僕は行けなかった。
用事があったんじゃなくて…見たくなかったんだ、僕との違いに絶望しそうだったから。
そういうわけで、僕は未だに一度も加藤の成長ぶりも、そのライブを見れないでいた。
「で、光輝、夏休みは何か予定あるの?」
「…あるよ」
これは嘘、40日間全く何もない、驚いた。
「無いのね、予定」
「…不出来な息子で申し訳ない」
伊達に16年間育ててはいないのか、母は僕の嘘を一瞬で看破し、僕にダウトを下した。
「…瑠美に教えちゃろ、あんたが全く予定ないこと」
「いやあああああ!!!!やめてえええ!!!!姉ちゃんにだけは教えないでえええええ!!!!!」
姉に僕が夏休みなんの予定もないってバレたら、三日三晩指さされて笑われた後、傷に塩を念入りに丁寧に何度も何度も塗りつけた後、死別するまでそのことをネタにされてしまう。
「じゃあ、なんか予定作りなさい」
母は母で僕がやられて嫌なことを把握しているのか、姉の存在をチラつかせて僕に行動を促した。
でも言われなくてもわかってる。このままじゃダメだって。
だから何かやらなきゃいけない。なんでもいいから何かやらなきゃいけない。
だけど…『なんでもいい』って思えるようじゃダメなんだ。
「そういえば光輝、あんた聞いた?」
「なにを?」
「あんたが通ってた鷲宮第二中学、取り壊されるそうよ」
「…え?」
「まぁ、もう使われないし、こういうことにもなるわよね」
「そっか…」
壊されるのか…。
正直、そんなに驚きはしなかった。多分、いつかは壊されると思ってたから。
使いもしなくなった学校をそのまま放置すれば老朽化が進み、災害時に甚大な被害が出る可能性がある。かといって維持するにもお金がかかる。
僕が通っていた鷲宮第二中学は住宅街の中に建設されていたので、安全面を鑑みて、早めに壊されることになったのだろう。
自分が3年間も通っていた母校、取り壊されるのは少し寂しい気もしたけど、別に取り壊されたからといって生活に支障が出るわけではない。
ただ、思い出を壊されるだけ。思い出が形として残らないだけ。
「まぁ、残念だね」
残念…それ以上でも以下でもない。
一つ気がかりなのは…これを聞いて姫浦がどうするのかということだ。
かつて、自分が通っていた小学校が取り壊される時、彼女は戦った。戦って戦って戦って、一人になった。
なにも得ることなく、無駄に頑張って、ただいろんなものを失って…。
彼女は学んだはずだ、戦うことに意味などほとんどないことを…世界を変えるという選択が、どれほどの愚行であるかを…。
ただ僕は、それでも彼女が立ち上がることを…。
「光輝、暇ならスーパーで卵買って来て…って、暇なのは明確か…」
「卵は買ってくるから悲しい現実を突きつけるのはやめて」
これでも息子は傷ついてるんですよ、お母様。
母に頼まれたお使いを断る理由がない僕は、夏の日差しが容赦なく照りつける炎天下の中、自転車を走らせていた。
近所のスーパーまで自転車で10分ほど、誰かと会わないかな、などと期待しつつ街中を進んだ。
道中で、僕は近所の公園を通り過ぎた。
灼熱の太陽に照らされ、陽炎が漂う小さな公園は当然のように無人であった。
「まぁ、こんなクソ暑い中、誰もわざわざ公園で遊ばないわな」
僕も小学生くらいの頃はこんな暑い夏でも、公園で友達と遊んでいたが…もうあの日の夏の景色はこの世に存在しない。
この世界はそうやって、少しずつ何かを無くしていくことを約束されている。
僕達が通って来た中学も、その理に従うだけなのだ。
だけど…もしも僕が物語の主人公ならば、突然僕の前に不思議な女の子が現れて、僕を平凡な日常から連れ出して、不思議な力で密かに人類の破滅を目論む謎の敵と戦って、傷付き、倒れながらも、女の子が僕を呼ぶ声に僕の隠された力が覚醒して、僕はこの手で人類の敵を打ち倒し、コッソリと世界を終末から救い出す旅が始まるのだろう。
そんなことは現実に起こりえないってことは分かってるんだけど、心のどこかで期待してしまっている。
だから…まとわりつくように湿った熱風に火照った体を少しでも冷まそうと汗を流し、照りつける夏の日差しに身を焦がしながら、僕はふと見上げた青空に向かって呟くのだ。
「女の子が…空から落ちて来ないかな」
快晴の空はそんな僕を無視して、ただただ黙って世界を夏に染める。
しかし、無慈悲な夏の季節は青春のど真ん中にいるはずの僕を哀れんだのか、少々小粋なサプライズを用意していた。
「…櫻井?」
母の言いつけ通り、卵を買うためにレジに訪れた僕に、店員が話しかけて来た。
聞き覚えのある声にふと目の前にいる店員を見上げてみると…そこには中学時代の恩師である坂本先生、通称サカもっちゃんがスーパーの制服を身に付け、レジ打ちをしていた。
「…サカもっちゃん!?なんでここに!?」
「なんでここにって…見ての通り、働いているんだよ」
「え?いや、でも…」
そっか、中学教師はもう…。
別に僕もこの時代に教師になるという選択がいかに茨の道かはわかってはいたけど、こうして目の前でバイトをしている恩師の姿を見て、その無謀さを改めて実感した。
「高校生活はどう?」
「えっと…まぁ、ボチボチです」
はい、ボチボチとボッチやってます、すみません。
「部活とかやってる?」
「部活は…」
はい、もう辞めました。こんなにも早く辞めて甲斐性なしですみません。
「…夏休み、やることあるの?」
「………」
予定?埋まってますよ?空欄で。
「…察するに、随分味気ない高校生活を送ってるようだね」
「………」
僕の日常が干からびて、景色の代わり映えもない砂漠を横断するだけのものであることが看破され、僕は思わず視線を逸らした。
「じゃあちょうどいいや、櫻井、ウチで働かないか?」
「…え?」
「暇なんでしょ?だったらバイトでもした方がいいよ」
「うーん…でも…」
この大切な夏休みをバイトに捧げていいものなのか…。
空虚に満ちた生活をしているくせに夏休みを手放すことを渋る僕に、サカもっちゃんは両手を合わせて頭を下げてお願いして来た。
「ちょうど今人員不足でさ、困ってるんだ。だからお願い、助けると思って一緒に働いて欲しい」
最近まで自分の担任だった先生の頭を下げた懇願に少々混乱しつつも、ここまでお願いされているのにも関わらず、断る理由があるほど僕も忙しくはなかった。
「…分かりました、やってみます」
後になって分かるのだが、このスーパーは僕みたいな使えない人でも必要であるほど忙しくなかった。だからこの時、サカもっちゃんがここまで頭を下げて僕に働いてとお願いしたのは、猫の手も借りたいほど忙しいということだけが理由ではなかったのだ。
まぁ、元恩師の懇意など知る由もなかった僕は『仕方ないなぁ』などと考えていた。
「よし!それなら早速面接をしよう!。てんちょーう!!」
「え?面接?今から!?」
急展開に心の準備も出来ていない僕を差し置いて、あれよあれよと気がつけば面接が始まっていた。
「じゃあ、面接を始めます」
スーパーの事務所で僕の目の前で腰掛けているのはスキンヘッドで強面の40代ほどの男性であった。
そんな店長を目の前にヤクザの事務所で拘束されているかのような気分になりつつも、店長がその重厚な口を開いた。
「じゃあ、まずは名前と年齢と職業を答えて」
突然の面接なので履歴書すらないため、まずそういう初歩的なことから聞かれた。
「えっと…名前は…櫻井光輝、16歳で高校生です」
尋問されている気分になりつつも、覇気のない声で僕がそう答えると店長が突然、堰を切ったようこう叫んだ。
「素晴らしい!!!!」
「…え?」
「16歳の高校生とはなんて素晴らしいのだろうか!?若さとはつまり伸び代!!可能性の塊!!溢れる若さで物事を柔軟に捉えて、スポンジのように物事を吸収し、急成長を遂げることができる君ならばさまざまな環境にもすぐさま適応出来るだろう!!この職場にだってすぐに戦力になってくれるに違いない!!」
「…はぁ」
突然興奮したかのように語り出した店長に僕はただ呆然としているしかなかった。しかし、それでも店長は僕を差し置いて語り続ける。
「またコウキという名前も素晴らしい!!!!光に輝くと書くのかね!?光り輝く存在…まさに君にふさわしい言葉だ!!光とは希望…つまりはホープ!!君はまさにウチのホープになるために生まれて来たのだな!?!?」
「え?いや…」
興奮冷めやまぬ店長は困惑する僕を尻目に前のめりで次の質問に移った。
「部活動は何かやってるのかね!?」
「いえ、特には…」
「素晴らしい!!!!部活動をやっていないとはなんと素晴らしいことか!!!!部活をやっていない分、バイトに熱を注ぐことが出来るということなのだな!?つまりは君は常日頃からウチで働くためにその熱を温存する努力に励んでいるということなのだな!?」
「えっと…そういうわけでは…」
「素晴らしい!!!!この期に及んでまだその努力を隠そうというのかね!?能ある鷹は爪を隠す…まさに君はそれだ!!有能な者は自分の努力など見せびらかすことはしない!!なぜならば努力を努力などと思っていない、当たり前のように努力ができる者だからだ!!だから君に実感がなくても、私にはその研がれた爪の鋭さがヒシヒシと伝わってくるのだよ!!」
「はぁ…」
「ウチで働こうとした理由は?」
「えっと…中学時代の恩師である坂本先生に誘われて…」
「素晴らしい!!!あの坂本君に誘われて…つまりはあの坂本君が君を推薦したということなのだね!?!?ウチで働き出してからまだ日も浅いというのに、すでにエース級にまでしたあの怪物が推薦する人物とは…一体君はどれほどの化け物なのかね!?」
「いや、そんな…」
「シフトは週に何日入れるのかね?」
「えっと…予定がないので別に何日でも…」
「素晴らしい!!!!いつ何時でもその身を仕事に注ぐ覚悟が出来ているということなのだね!?その若さでなんたる精神をしているというのだろうか…いつ戦いが起きたとしてもその身を投じる覚悟…天晴れ!!」
「えっと…そういうわけでは…」
「家はどこにあるのかね?」
「ここから自転車で10分くらいのところで…」
「素晴らしい!!!!この期に及んでまさか家まで近いとは…まさに、まさに君はウチで働くまでに生まれてきた人材なのだなあああああああああああ!!!!!!!」
結局、採用された。
必要な書類を揃え次第働くことになった僕はまだ働き出してもいないのに疲れてげんなりした顔をしていた。
「…疲れた」
原因は主にあの店長の神輿を担ぐかのような褒め地獄なのだろうが…まぁ、それでも嫌な気はしなかったけど。
そして家に帰るなり、母にバイトすることになった旨を伝え、必要書類を揃えてもらった。
「お母さん、新しいバック欲しいなぁ」
そう言って母は遠回しに初給料をの一部をせがんだ。
なんにしても僕は働くことになった。
空白で埋め尽くされた予定をバイトのシフトで覆い隠した。
たぶん、これで今よりは暇ではなくなる。何もない空虚に満たされた日々が少しは解消される。
でも、本当にこれでいいのかっていう焦燥は僕の心の奥底に今でも住み着いていた。
「…そういえば光輝、卵はどうしたの?」
「…買い忘れた」
そういうわけで今日の晩ご飯はチキンライスに格下げされたとさ。
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