第2話
これはただの嫉妬だけど、なにかを本気で好きになる人は愚かだ。
なにかを本気で好きになれば、愛すれば、依存し、盲信するようになる。
そうすればそれに時間をかけるようになる、お金をかけるようになる、労力をかけるようになる。
そしてその分、失った時の喪失感が大きい。
この先一生、その好きになった何かを失わずに済むならそれでいいのだが、どんなものにも別れは訪れる。
それなのに、なぜひと時の安らぎのために…蜃気楼のような幸福のために身を捧げることが出来るだろうか?。
なぜ人生という限られたチップを、そんなもののためにベット出来るのだろうか?。
そんなこと、僕には怖くて出来ない。
どうせ失うと、別れが来るとわかっているから、僕はチップを手放さない。何かを、誰かを本気で好きになれない。
だからこれは僕の……
ただの嫉妬なんだ。
「櫻井、バンド組もうぜ」
中等教育過程を終え、高校生へとランクアップする前の春休みの最中、突然加藤がそんなことを言ってきた。
「…なんで?」
「モテたいから!」
僕の質問に加藤はそう即答した。
「多分、モテたいのならバンドするよりも来世に期待した方が早いぞ?」
「でも来世は人にはなれないからな…」
「それもそうだな」
加藤の言葉に僕はただただ納得してしまった。
「で、バンドしてくれないか?」
「…わかった、いいよ」
どうせ他にやることもない僕にその誘いを断る理由はなかった。
「でも、僕は楽器なんて出来ないぞ?」
「安心しろ、俺もだ」
「それでなにを安心しろと言うのか…」
「勘違いするなよ、櫻井。別に俺は楽器が上手くなりたいわけじゃないんだ。ただ単に女の子にモテたいだけなんだ。つまり究極的には楽器が上手くなくてもモテるならモーマンタイなんだよ」
「ただただ邪なだけじゃないか…」
加藤が『モテたい』と言うのはいつものことだ。
だから『モテたい』という理由で加藤がバンドを始めようとするのにはなんの違和感もない。
だけど本当は…こいつも僕と同じなんだ。…まぁ、別に本人から聞いたわけじゃないから、これはただの妄想だけど。
「やっぱやるならギターだろ。俺と櫻井でダブルギターで組もうぜ」
「ギターね…」
正直、ピンと来なかったが、やはりバンドといえばギターやボーカルが目立つ。ドラムはまだ存在感があるけど…ベースは…少なくとも音楽に疎い僕にはただの脇役でしかなかった。
「まぁ、別にいいか」
そういうわけで正直楽器はなんでもいい僕は特に断る理由もなかった。
『…どうせ本気でやるわけじゃないし』
僕は心の中で小さくそう呟いた。
「いやぁ、今ここから俺たちのバンド伝説が始まるんだな!。…サイン考えておかないとな」
「加藤にサインを求めるのは悪徳宗教の類しかいないと思うがな」
「なるほど、ゆくゆくは俺のサイン一つで何百万という金が動くということだな!」
「ただし、払うのは加藤である」
こうして、なんの取り柄もない僕たちはなんとなくバンドを始めてみることになった。
不幸なことに趣味のなかった僕は幸運にもお金を使う先もなく、お年玉を貯めていたので滞りなくギターを買うことができた。
特にこだわりもなかった僕は店員さんの言われるがままに流れるようにギターを選んだ。
そのせいで、せっかく手に入れたこのギターの良し悪しというものはイマイチ分からなかった。
唯一わかることがこれがエレキギターであるということだけだった。
それなりに高い買い物をした…それなのに、僕の心はいつものように穏やかで…家に帰って早く弾いてみたいなどという逸る気持ちも湧いて来なかった。
だが、加藤は違った。
あれもいい、これもいいで店内を右往左往し、何度もいろんなギターを試演させてもらい、その上でまだ悩んでいた。
僕とは違い、あまりお金に余裕がなかったため、なけなしの財産を賭ける分、優柔不断になってしまったのだろう。
挙げ句の果てに迷いに迷い、選びきれなかった加藤はネット販売されているギターも吟味するためにお店を後にした。
そういうわけで購入したばかりのギターを僕はただただ2,3時間背負って突っ立っていただけであった。
「はぁ…疲れた」
加藤の優柔不断に付き合わされて立ち尽くしていた僕は疲れ果て、そんな声を漏らした。
そのせいで自分の部屋に戻るや否や、背中の『荷物』を床におろし、そのままベッドに横になった。
「あんだけ迷った挙句、買わないとか…」
加藤に対して文句を吐きつつも、そこまでこだわれることが僕は少し羨ましかった。
「でも…せっかく買ったんだから…」
お年玉を叩き、高い金を出して買った代物…興味云々よりもそのまま放置しておくことが勿体無いと感じた僕は重たい体を持ち上げて、慣れない手つきでギターを身につけた。
「持ち方これで合ってるのか?」
疑問に思う点はいくつかあるがこういうのは頭ではなく心で感じるものだと割り切り、勢いよく弦を弾いた。
部屋に響いたのはなんとも言えない甲高い音。音楽というよりはただの物音と表現するべき音。
どれだけ弦をかき乱しても、その音が琴線にふれることはなかった。
「…こんなもんか」
チューニングという言葉すら知らなかった僕は疲れが溜まっていたこともあってか、ギターを部屋の隅に放置して眠ってしまった。
3日後、ギターケースのようなものを抱えた加藤が家にやって来た。
話を聞けば、ネットで注文した品が今日、ようやく届いたそうだ。
「ふっふっふ…これで今日から俺もギタリストだぜ」
ようやく自分の愛刀とも言える楽器を手に入れた加藤は誇らしげにそんなことを口にした。
「なんでそれにしたんだ?」
あれだけ散々迷っていた加藤がどうしてそれを選んだのかが僕は気になっていた。
「デザインが好みなのもあるけど、決め手は普通のギターと比べて長いボディをしてるところだな。パッと見て一発で『これだ!!』ってピンと来たんだ」
そう言って加藤は僕のギターと比べると長いスケールをしているその弦を指で軽く弾いた。
「うーん…この腹の底に響き渡るような重低音…素晴らしい」
唸るようにそんなことを加藤は口にした。
たしかに、加藤の奏でたそれは僕のと比べるとずいぶん音が低く、重厚な音色をしていた。
「なんか僕のと音が全然違うな」
「そりゃあ俺が選び抜いた特別なギターだからな。これさえあれば世の中の女の子もイチコロよ」
加藤がそんな風に世迷言をほざいていたその時、僕はふとあることに気がついた。
「なんで加藤のやつは弦が4本しかないんだ?。僕のは6本あるのに…」
「そりゃあ…俺のが特別だからだろ」
誇らしげにそう語る加藤はこの3時間後、購入したそれがギターではなくベースであることに気がつき、ショックで3日ほど寝込んだ。
だから僕がギターをちゃんと弾いたのは、それを購入してから6日後のことだったとさ。
「やっぱやるからにはプロを目指さないと…」
ショックからようやく立ち直った加藤の開口一番はそれであった。
「プロ云々はさておき、ギターじゃなくていいんか?」
「いいんだよ。こいつと俺が出会うのは運命なんだからよ」
格好つけてそんなことを宣う加藤だが、本当のところはお金の問題なのだろうが…そんな無粋なツッコミはさておき、僕達はとりあえず練習してみることにした。
「…難しいな」
こーどと呼ばれている謎の和音をネットで確認しながら僕らは意味もわからず練習していた。
とりあえず見本通りに弦を押さえて音を鳴らしてはいるのだが…正直あっているかもわからない。
「えっと…こことここの指をこうして鳴らす……おお、それっぽい」
合っているかも分からずにいまいち成果を感じられない僕に比べて加藤は合っているか合っていないかはともかく、楽しそうにしていた。
それから数時間、僕は進歩を感じられないまま、はじめての練習を終えた。
『まあ、こんなもんか』
今日の練習でいきなり自分の中に眠る音楽の才能が開花し、怒涛のバンド物語が幕を開ける…とまではいかずとも、これで新しいなにかを見いだせるのではないかと期待していた僕はそんなことを心の中で呟き、進歩のない練習を妥協した。
「やべえな、今日1日でこんなに上手くなっちゃったら武道館も夢じゃないな」
「寝言は寝て言え」
練習で前進を感じたのか、僕と比べて加藤は随分と前向きだった。
「やべえな、俺たち音楽で歴史に名を残すかもしれねえな」
「歴史に名を残すって…残してどうするんだよ?。どうせ俺たちは…」
『ラストチルドレンだし』
喉元まで出かかったその言葉を、僕は吐き出せずにいた。
その後、僕達は残った春休みを練習に費やした。
その過程で加藤は音楽に楽しさを見出したのか、家で一人でも練習するようになり、弦の弾き過ぎで指を怪我するほどだった。
それを見習って、僕は練習の時間は真面目に取り組んではいたが…相変わらず、『本気』にはなれなかったとさ。
こうして時は流れ、僕達、ラストチルドレンの…いや、人類最期の青春が幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます