第161話 渦巻くモノは

 

 こんな姿を見られたくなかった。

 せめて、身ぎれいにしてから再会したかった。

「お兄ちゃん……嘘……」

 ノアが目を見開いて驚愕している。やっぱり、髭くらいは剃っておいた方がよかったよな……。

 でも、俺はもうすぐ死ぬのだ。こんなの、気にするのも面倒くさい。

 もはやあの時の俺とは違うのだ。

 名前さえ、いま呼ばれるまで忘れていたのだから。

「……知らんな、そんな男は」

「なんでジュンヤ君が男ってわかったの?」

「すっとぼけたところで無駄か……すまん、俺がそのジュンヤだ」

 振り払おうとした手は、あまりにも温かい。……血と死臭にまみれ汚れた俺とは不釣り合いに、あまりにも優しく温かかった。

「ひとまず、帰ろうじゃないか。私たちの故郷へと」

 リリスが言った。俺はため息を吐いた。


「お前……いくらなんでも変わりすぎだろ……」

 エンテの町の町長、カイは絶句する。

「久しぶり、です」

 上半身どころか股間以外をほとんど丸出しにした汚い男が、数年前に町を救った英雄の現在の姿なのだというのだから。

「これでも返り血とかは水で洗い流したんですがね」

「返り血って……ちょっと、冒険者カードを持ってるか」

「ああ……なんでしたっけ、それ」

 どうやら、大事なものを忘れてしまったようだ。

 カイさんはため息を吐いて。

「冒険者ギルドにでも行こうか。飯はおごってやる。……その前に」

「なんですか」

「服を着ろ」

「買ってき……あ、金……」

 傭兵稼業では、食っていくのがやっとであった。剣の手入れもそこらにある石で研ぐほかはなかったし、体に関してはこのざまだ。医者に行けるほどの余裕もない。動ければ敵を駆逐できる。無理はしていたが、医者にかかれるほどの金の余裕もないのだ。そんな状況では、服なんて贅沢品を買う余裕など一銭もありはしないのである。

 そんな様子を察したのか、カイさんはタンスのほうに向かい。

「仕方ねぇな。ほら、やるよ」

 シャツとズボンを手渡された。この人にはもらってばっかだな。

「ありがとうございます」と礼を言って、袖に腕を通す。

 着替えを完了させ、俺たちは町長の自宅兼庁舎から向かいの冒険者ギルドへと足を運ぶ。

「冒険者カードの再取得ですね」

 カイさんのおかげだろうか、手続きはスムーズに進み。

「……失礼ですが……あなた……狂ってる……」

 そのステータスを見た受付係の女性は正気度をいくらか失ったような顔で俺を見た。

 仕方もないだろう。レベルが百を超えた人間など、滅多に見ることはないのだから。

 普通の人間がその練度に達するには、魔物を少なくとも一万は屠らなければならないとされている。傭兵をやっていたとしても、よほどの手練れで何十年もかけなければ到達しえない境地。レベルは高くなればなるほど上げるのが難しくなり、八十を超えるともう一レベル上げるのに一年以上はかかるはずなのだ。

 その偉業をおよそ三年ほどでやり遂げてしまうというのは――もはや狂人。

「はは、そうですか」

 俺は薄笑いを浮かべた。

 そんな俺に、視線が突き刺さった。

 ――レベルが百を超えた人間をほぼ見ないのは、もう一つ理由がある。

 経験値とは魂の記憶だ。レベルというのは、その魂の記憶をどれだけ吸収したかの指標だ。

 生物を殺すと殺された生き物の魂やそれに付随した記憶が吸収され、結果として様々な技能を習得したり能力が強化される。それが魂の記憶だ。

 しかし、魂の記憶を吸収しすぎると、相対的に自身の魂があいまいになる。

 自分の魂が、ほかの魂の集合体によって希釈されるのだ。

 故に、人ではいられなくなる。人を外れた怪物になる。正気を失い、理性を失い、ただ殺戮だけをするバケモノになってしまう。

 俺は、警戒されている。

「ありがとうございます」

 俺は頭がいいわけではない。それはもともとだが、最近になって知能が落ちてきているような気がする。

 警戒されているならば殺すべきだという衝動的な考えをどうにか抑え込んで、俺は建物を出て行った。


 **********


「……ジュンヤくん、やばくな~い?」

「ヤバいよね、アレ。確実に」

「ヤバいヤバい。ぶっ壊れかけてるよアレたぶん」

 チェシャ、スズ、セレンの三人が、ギルドからふらふらと出ていくジュンヤ君を見て呟きあう。

 ……三人の言ってることはきっと本当のこと。ジュンヤ君は確実にどこかおかしくなっている。

 どうしたらいいんだろう。頭を抱える私――のその頭にダイレクトアタック!

「ふぁっ!?」

「呼ばれて飛び出てルミナちゃーん☆ どしたんアリス、話聞こか(ボロン)」

 何かを出す素振りをして、下心丸出しな声で近寄ってくるルミナ。たぶん殴ってきたのは彼女だと思う。

「……どうしたの、ルミナ」

 半眼で尋ねた私を嘲笑うようにして。

「それはこっちのセリフだぜ」

 キラっと煌めきながら言った。一瞬ハンサムに見えた気もするが、気のせいだと思う。私はため息を吐き。

「話したくな」

「ま、ナニがあったのかは知ってんだけどネ」

 知ってんのかい。

「よーするに、アイツがぶっ壊れてて心配ってことっしょ?」

「……なんか腹立つけど正解」

 こういうときにめちゃくちゃ的確に言い当ててくるあたりが本当に食わない。

 でも、それでどうにかなるわけがない。ジュンヤ君はいまもきっと、内面で戦い続けているのだから。

「あ、漫画家シスターズおひさー。もう一人はどしたの?」「冒険帰りでおふろ入ってる~」

 チェシャたちに挨拶するルミナたちを見ながら、私はまたうんうんと唸り。

「つーわけでさ、みんなで考えよ?」

「どういうわけ!?」

 唐突なルミナの言葉に、私は驚いて。

「いや、三人そろえばもんじゃらふんじゃらとか言うじゃん? あと、弓矢は三本束ねたほうが強いし、三人で引いた方が強いじゃん? だからみんなで考えたほうがいい案は思いつくじゃん?」

 めちゃくちゃまともに説き伏せられた。

「つーわけで、まいだーりん召喚!」

「いや偶然ここにいる僕をわざわざ召喚とか言わないでくれるかなぁ! あとマイダーリンって何!?」

 ちょうどそこにいたテネシンも巻き込んで。

「これで六人! なんでもできる!」

 笑いながら、ルミナは言った。

 何人いたってなんでも解決できるわけはないけれど……こう元気いっぱいで言われると、本当に何でもできる気がしてきて。

「じゃあ、みんなで色仕掛けでもしに行こうっ!」

『待って待ってやめて本当に』

 変なことを言い出したルミナを全員の全力で止めたのだった。

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