第137話 VS絶望の少女


 武闘大会予選トーナメントは第二試合、第三試合と続く。俺は、それを観客席で見ていた。

 どんぐりの背比べ……というと失礼かもしれないけれども。見ごたえのない戦いが続いた。

 そして、第四試合。

 ついに我らが妹たちの登場だ。

「第四試合、チーム・モリブテン対チーム・スピリットガールズ!」

 スタジアムには、数人の少女たち。

 チーム・スピリットガールズがリリスやノアのチームだ。

 対する相手は……茶髪縦ロールの少女を中心として、5人。

「ああ、あの子ってめっちゃ意地悪ないじめっ子って有名な子じゃん」

 俺の後ろに座るルミナが言った。

「え? そうなの?」

 アリスが聞く。

「うんうん。いわゆるカースト上位って奴。君らの妹たちと一緒にいる吸血鬼ちゃんとおんなじくらいにはすごいって噂」

「あのシリカって子、そんなにすごかったんだ!?」

「ソォォォォォナンスッ! つまり、小等部の二大勢力の頭が揃ってる感じね。でも……」

 ルミナは意地悪そうに口角を上げた。

「いまの勢力図はきゅーそくに塗り替えられてるんだよねっ」


「あなたたち……何故、私の虜になってくれないの?」

 スタジアムの中央で、リーダーの少女――モリブテンは問う。

 その取り巻きたちは「そうよ、なんでよ」と口々に言う。

「答えなさいよ、転校生」

 問われた少女たちは黙りこくって、しかし屹然とモリブテンを睨みつける。

「答えなさい。……答えなさいって言ってるでしょ! 私のお願いを聞かないって言うの!?」

 モリブテンは少女――リリスに掴みかかろうとするが、それを止めたのはシリカであった。

「やめなさい」

「だって……」

「決着はいまからつけられるでしょう?」

「……ころしてやる」

 モリブテンは全員を睨みつけ。

 会場は静まり返り。


「試合――はじめ!」


 瞬間、モリブテンの取り巻きの少女たちは哄笑を上げながら走り出し――吹き飛んで、壁に叩きつけられた。

「な、なんです……の……」

 モリブテンは言葉を失った。


 その、圧倒的な闘気に。


 五人の少女から放たれた闘気、否、魔力波は、物理的な力を持ち、モリブテンたちに襲い掛かった。

「すごいなこれ! 弱い奴が面白いほど簡単に吹き飛んでいくぞ!」

 サラが笑う。

 しかし。

「……なによ……」

 強大な力を持つ五人に、モリブテンは叫ぶ。

「なによっ! なによなによなによ! この、天才!」

「天才とは、ありがたい。しかし、君もなかなかやるな……」

「うるさいッ!」

 褒めようとしたリリスに、モリブテンは吠える。

「天才には、私たちのような無能の気持ちなどわかりやしないのよ!」

「……」

 会場は静寂に包まれた。

「私は、私たちは、弱い! だからこそ、みんなで集まって、固まって、狙っていたんだ! お前たちのような天才を、見返してやりたいと! お前らより優位に立って、見下して……! その、チャンスだったのに……!」

 モリブテンは五人を強く睨みつけ――彼女の声だけが響く。

「なのに! あなたたちは……無能など、眼中にないかのように……いま、ことごとく、蹴散らした!」

 彼女の仲間たちは、呻き、よろめきながら立ち上がった。

「そのための力だって、手に入れたのに――」

 リリスはようやく気がついた。その邪気に。

「ふふ、ふふふふふ。そうだ! この力! 暴発させれば――」

「おい! それはやめ――」

 リリスはとっさに叫んだ。しかし――遅かった。

 真っ黒い邪気がモリブテンを包み――強大な魔力波がスタジアムを揺らし、立ち上がった彼女の仲間たちを再び壁に叩きつける。

「ああ、力があふれてくる! これなら、殺せるッ!」

 五人は魔力波に耐える。

「あれはなんなの!?」

 シリカが聞くと、リリスが答えた。

「あの少女、悪魔と契約していたようだ! そして、そいつと融合しようと――危ない! 後ろに下がれッ!」

 黒い魔力が爆発した。

「ふふふ……。これで、お前らを見返せる……。お前ら、天才を……ブッ殺すッ!」

 爆心地から現れたのは、黒く、露出度の高い衣装を身に纏ったモリブテンであった。

 その瞳は、紅に――血の色に染まっていた。

「まずい……これはまずいぞ……」

 リリスは怯えながら呟く。

「確かに、これはまずい状況ね。サラマンダー、あなたも感じるでしょ?」

「ああ、びりびりと感じるぜ、シルフ。もともとコイツは戦闘向きではないようだが……この子の負のエネルギーはどれだけ強かったんだよ」

「どれだけ、強いの?」

 ノアが恐る恐る聞くと、二人の精霊はカタカタと震えながら答えた。

『……上級悪魔に匹敵するほど、強い』

「それって――」

「今の私では、一人で勝つのは難しい」

 リリスが補足し――絶望感が漂う。

 この少女たちの中で一番強いリリスが「勝てない」と言うのだ。それほどには、強大なのである。

「ふふふ! どう!? 強いでしょ!? 怖いでしょ!? だって、あなたたちでも太刀打ちできないほどの力だもの! これが、私たちの味わっていた劣等感! 打ち勝てない絶望感なのよ!」

 モリブテンは哄笑を上げる。

 シリカは「なるほど」と呟いた。

「いまなら、降参して私に絶対服従すれば殺さずにおいてあげるけど」

 見下すかのように言うモリブテンに、しかしシリカは屹然として告げた。

「断るわ」

「何故!」

「まだ勝ち目はあるからよ」

「普通は、諦めるでしょう!?」

「勝ち目がある限り足掻く。それが、あなたと私たちの違い」

「はぁ!?」

 モリブテンはなに言ってるのかわからないといった様子で、叫ぶ。しかし、シリカは冷静に切り返す。

 そして。

「もういい。もういいわ! そんなに死にたいのなら! 殺してあげるわ!!」

 モリブテンは襲い掛かる。

 シリカ、そしてノアはそれぞれの精霊と目を合わせ、叫んだ。


『融合ッ!』


 ――それは、一瞬の出来事であった。


 緑と赤の閃光が、轟風と爆炎が、スタジアムを埋め尽くした。

 淡い紅のドレスを纏った少女と薄緑色のドレスを纏った少女を見た人間は、ほとんどいないであろう――。


「――勝者、チーム・スピリットガールズ!」


 **********


 制服姿に戻ったモリブテンは、倒れながらも呟いた。

「なんで……なんで、私を殺さなかったの?」

 ノアは答えた。

「殺すなんて、出来ない」

「なんで? 負ける事が怖かったから? まさか、同情!?」

「それもあるけど……でも違う」

「なら、なんで……」

「昔の僕と、おなじように見えたから」

「……ッ! それは、どういう……」

「僕も、無力なんだ」

 モリブテンは目を見開いた。

「な、何を言っているの? だって、あなたは……」

 ノアは首を振り、言う。

「いいや、僕は無力だ」

「あんなに強大な魔法を……」

「それは、契約した精霊の力。借り物の力なんだ」

「スポーツも出来て……」

「しばらく冒険者をやっていれば、このくらいにはなるさ」

「あ、頭だっていいじゃない!」

「お兄ちゃんが勉強を教えてくれたからだよ」

 ノアは諭すように自嘲する。

「僕自身は無力なんだよ。ただ借り物の力を振りかざす汚い半魔人の子供。本当は、弱くて、ちっぽけで……みんなと比べて自己嫌悪を繰り返してばっかり」

「…………」

「だから、自らを嘲って僕たちを倒そうとする君を、他人とは思えなかったんだ。いや、むしろ……」

「……なに?」

「……しっかりと自分自身の力で、こんなに強く戦ってる君の方が、僕なんかよりずっとすごいと思う」

 二人は黙り込んで、互いに見つめあう。やがて――

「ありがとうね」

 モリブテンは言った。

「じゃあ、行こう――!?」

 差し出されたノアの手を払いのけ、モリブテンは叫ぶ。

「あなたたちを殺せるだけの魔力を溜められる時間を与えてくれて……」

 そのときである。

 リリスは一瞬で彼女の背後に回りこみ、手刀を叩き込んだのである。

 気絶するモリブテンを、リリスは支えた。

「お前は、充分に強かったよ……」

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