第136話 VS旧支配者


「今ならゆるしてやろう。くとぅるふさんを信じればなぁ……」

 つまり、黙って目の前のクトゥルフに洗脳されろというのか。

「断固として、断る」

 俺は屹然として言う。

 後ろで、チェシャが使うのは、「解除・呪詛リムーブ・カース」の魔法。これによって、少なくとも俺たちにこれ以上洗脳がかかることはない。

 洗脳されたチンピラたちは、俺たちを睨みつけて、口々に舌打ち。

 そして、言った。

「ならば、ルルイエに殉じろ」

 死ね、という意味か。

「それも断ろう」

「ならば、させてやるまでだ」

 襲い掛かるチンピラたち。しかし。


 ――およそ三秒。それが、三人のチンピラを気絶させるのにかかった時間だ。

 あいも変わらず、チンピラたちはとても弱かった。

 残りは、唯一襲い掛からなかった、触手をくねらせている化け物。くとぅるふさんこと、旧支配者クトゥルフ。

 かかってはこないみたいだ。

「じゃあ、やろうぜ。あの作戦」

「はい。ちょうど、無抵抗ですしね」

「好都合だ」

 そして、魔法陣を描き始める。

 というのも――

 昨夜、作戦会議。

「ねぇ、そういえば、作戦ってなに?」

 アリスが聞いた。チェシャから、クトゥルフについての説明が終わったあとだ。

 俺はしたり顔で答えた。

「封印するんだよ。その能力って奴を」

 チェシャが首をかしげて聞く。

「そんなこと、できるの~? とっても難しいらしいけど~」

「大丈夫さ。俺には、“封印”スキルがあるからな」

 封印スキル。封印魔術を習得・使用できるスキルだ。これがなければ、一から魔術を学んで、さらにはさまざまな魔法や魔術の細かい組み合わせなどを覚えなくてはならなかったところを、これさえあれば、それらを一瞬で覚えて使う事が出来る。封印だけではあるが。

 さらに、このスキルで覚えたことに、学園の授業で身に着けた知識を組み合わせて使うことで、ある程度の制御や体内魔力使用量の削減、すなわち消費MPを抑えることもできる。

 それを使って、封印をさらに強力にすれば。理論上は――。

「――これで、神さえも封印出来るって寸法さ」


 ――というわけである。

 封印スキルで覚えた、封印魔術の魔法陣。それの命令文、すなわち、魔力への命令や魔術自体の効果などを書き換えていく。


【使用者:魔法陣の記述者

 対象:魔法陣中心に存在するもの一つ

 効果:対象の能力を封印する/強化/強化

 利用魔力源:使用者/大気】


 ……という風に。

 数分がたち、どうにか制限時間内に書き上げ。

「封印!」

 描きあがるまで一ミリも動かずに触手をくねくねさせていたクトゥルフは、おとなしく封印され。

 魔法陣の中心には、口元に短い触手みたいなものが生えた、緑色の小さい動くぬいぐるみが落ちていた。

「いあいあ……はっ!? 私はいま何を!? あれ?」

 困惑する審判。微笑む俺。

 しかし、審判は、倒れているチンピラチームの面々と、随分と可愛らしくなった謎生物、そこそこ大きめの魔法陣を見て、大体察したようで。

 次々と正気に戻っていく観客たちに、勝敗を告げた。


「予選、第一試合、チーム・ワンダーランドの勝利!」


**********


「……もしかしたら」

 選手控え室。騒がしいその部屋の中で、ラビが呟く。俺は気になって聞いた。

「どうしたんだ?」

「もしかしたら、ですけど……」

 ラビは一息置いて、その推測を俺に伝える。

「……あのクトゥルフ、封印されたがっていたのかもしれませんね」

「なんで、そう思ったんだ?」

「あの態度です。あそこまで無抵抗なのは、不自然に思いまして……もしも封印されたがっていたとすれば、辻褄が合うのです」

 確かに。むしろ、封印とはいかなくても、自ら負けを望んでいたとしか思えないような感じではあったな。

 そこにチンピラたちがやってきた。

「その……さっきはありがとな」

 話を聞いてみると、彼らはここ数日の記憶がないようだった。武闘大会にエントリーしたあたりまでは覚えていたらしいが、そのあとに俺たちと会って以降の記憶はないらしい。

 チーム名を異界語で書いた記憶もなく、目が覚めたときは困惑していたらしい。

「で、コイツなんだけどよ……なんなんだ?」

 そう言って彼が出してきたのは、小さな緑色の生物。彼のうでの中でじたばたしている。なんだか可愛い。

 俺はこのぬいぐるみのようなものの正体を教えた。

「ああ、くとぅるふさんだよ。お前らを洗脳していた奴」

「は? クトゥルフさんはもっとでかくてぬるぬるにゅるにゅるしてて――」

「力を全て封印したらこうなった」

「……は?」

 は? といわれても、本当にそうだったのだから、仕方あるまい。確かに、自分でもよくやったなとは思ったけど。

「とりあえず、コレの世話はお前らが責任持ってやれよ? 元はお前らが蒔いた種なんだから。封印を解除したりとかは絶対にするなよ?」

「ああ、わかったよ……」

 しょげるチンピラ。まぁ、ドンマイ。頑張れ。

 そこに、アリスとチェシャが。

「あ! なにこれ可愛い!」

 チンピラの持つそれを見て、喜んだ。そのとき。

「きゃあ~!」

「どうした! ……くとぅるふさん? なにしてるんですか?」

 チェシャの胸に飛び込んで幸せそうにするクトゥルフ。

 ……そういえば、チェシャの胸って意外と大きいんだよなぁ。

 とりあえず俺は、巨乳に顔をうずめる変態エロクトゥルフを引き剥がし、アリスに押し付けたのだった。

 ……クトゥルフが頭を撫でられながら泣いていたのを、俺は見逃さなかった。

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