魔術・兵器・研究者

第126話 強制連行


 学生になってから初めての休日。

 ノアとリリスが友達と遊びに行ったあと。

「そろそろ行くか」

 俺はささっと準備をして屋敷を出る。

 出かけた先はこの学園都市の冒険者ギルド。

 つまり、本業の冒険者の仕事をしようというわけである。

 みんなは思い思いの休日を過ごす中、俺は生活費稼ぎである。誘うのを忘れたということもあるが、それでも少し悲しい。

 とりあえず、一人でも出来る実入りのいい仕事はないか、と掲示板に向かう。

 うん、依頼自体はたくさんある。しかし、そのどれもが簡単な物で、報酬がすずめの涙程度しかないものだった。

 ……どうした物か。これじゃあ一食分もまかなえないじゃないか。

 生活もかかっているため、もっと高い報酬の仕事が眠っていないかと窓口に相談しに行く。

「すみません、報酬の高い仕事ってあります?」

「……あなた、学生よね? 冒険者カードを見せてくれるかしら?」

 言われたとおりに冒険者カードを見せると、担当のお姉さんは絶句した。

「ごじゅう……さん……。あなた、もしかして……」

「はい、プロです」

「失礼しました!」

 そう言うと、お姉さんは急いで奥に引っ込んだ。

 しばらくして。

「はい、プロ向けの依頼。……まさか、現役冒険者だとはね……」

 実はここの学生で冒険者をやっている人間というのはあまり多くないらしい。

 冒険者カード自体を持っている人は多いが、たいていは身分証明用だそうだ。

 さらに、その一部の学生冒険者もほとんどはたまに小遣い稼ぎに来る程度。なのでレベルが低くて弱い。俺みたいに冒険者で稼いでいる様な人はここでは珍しいのである。

 血気盛んな学生アマチュア冒険者がいきなりレベルの高い(たとえば大型モンスターの討伐などの)仕事を受けてしまうことを避けるため、掲示板にはあえて簡単な依頼しか乗せていないのだという。

「でも、推奨レベル50なんてそんなクエスト、ここではそんなに多くはないわよ?」

 しばらく考えたあと。

「じゃあ、これで」

「これ……ですか。くれぐれも死なないでくださいねー」

 俺は軽く害獣討伐に出かけたのだった。


「ということで、夕飯はウルフのステーキだ!」

「やったー!」

 大量のお土産を持ち帰り、俺は宣言した。

 今日はいくつかの依頼を同時に引き受け、全て達成してきた。

 大量のウルフの討伐にはじまり、薬草や木の実の採集など。

 まあまあ簡単な物ばかり。しかし、確かに死ぬ危険性もあったうえ、いくつも同時にというのは流石に骨の折れるようなことだった。回復魔法がなければ死んでたかも知れない。

 だが、かわりに大体二週間分の生活費と、しばらく買わなくて済む程度の食料を手に入れた。

「俺はがんばった……」

「お疲れ様!」

 ねぎらってくれるのはアリスちゃんだけか。いや、そういう存在がいること自体を喜ぶべきだったのだろうか。

 何はともあれ、無事に一仕事終えて帰宅し、夕飯を作った。

 そして、食卓につき、今に至る。

『いただきます』

 みんなで言う。そして、食べ始めようとしたそのとき。

 頭に衝撃が襲う。

 何かで刺されたような痛み。それは……。

「うん、矢文だね」

 ユウが言った。

 頬を液体が伝うような感覚。

「早く引き抜いてくれ……」

 死んでしまいそうだった。


 軽い死の淵から抜け出した、もとい、矢文を引き抜いてもらったあと。

「なんだ? なんて書いてある?」

 その紙にはこう書かれていた。

『明日、学校の第一研究室、下の地図の場所に来なさい。待ってるからね。ちなみに、昼までに来なかったら強制連行装置で強制的に連行するからね。覚悟しろ☆ コバルト博士より』

 後半の文章がめちゃくちゃ不穏だ。そして、差出人の名前に心当たりがない。これは疑うしかない。

 眉間にしわを寄せて考え込む俺の横で、アリスはただ一人呆れ気味で呟いた。

「……あの先生、一体何者なんだろう」

「ちょっと待て、差出人の人知ってるのか!?」

 俺が驚いてきくと。

「え? 魔術学の授業担当だけど」

 マジか!


 翌日、指定された場所に俺一人で行くと。

「おお、いいところに来たねぇ、異世界からの来訪者くん」

 大きな白衣を着ている、ビンの底みたいに分厚い眼鏡を掛けた、ぼさぼさ白髪のおっさんが、建物の前にある小さな草原に魔法陣を描いていた。

 思いっきり典型的なマッドサイエンティストの姿だ。

 というか、どうして俺が異世界転生者だということを知ってるんだ。

 そんな困惑する俺をよそに、そのおっさんは言う。

「いまから強制連行装置を起動するところなんだ。見ていてくれよ」

 何故それが出てくるんだろう。だって俺はここに……。

「いくよ~。ポチっとな」

 おっさんが手元のスイッチを押すと、魔法陣が光りだし、中から巨大な機械――恐らくこれがその“強制連行装置”だ――が、ゆっくりと出現した。

『サァチ……シマァス』

 弱々しい自動音声が告げると、アンテナのようなパーツが光を発する。しばらくしてから。

『強制連行ッッ!! カイシ……シマァス』

 “強制連行”だけ強調しつつ自動音声が言った。その瞬間である。

 さっき光った物とはまた別のアンテナパーツから光の線が延びる。それからすぐに、光の線が一人目をつれてくる。

「なんですかこれ! 襟首がつかまれて! 首が絞まる……うわあっ!」

 地面に乱暴に放り出されたのは、ラビだった。

 さらに。

「うわ~。これちょっと怖い~。でも……ちょっと楽しいかも~」

 そう言って地面に放り出されたあとにめちゃくちゃ吐いていたチェシャ。

 そのあともノア、リリス、アリスと連続で運び込まれたあと、ユウだけは綺麗な着地をして、光の線は消えた。そして、強制連行装置も魔法陣の中に戻っていった。

「さ~て、みんな来たねぇ」

 口端をゆがめるマッドサイエンティストを俺はにらみつける。

「ちょっと、どういうことか説明してくださいますか、おっさん」

 しかし、飄々とした彼は、俺の疑問を華麗にスルーして。

「おっと、自己紹介がまだだったねぇ。僕がコバルト博士だよぉ」

 アリスがため息をつく。

「授業はそれなりに面白かったんだけど。見るからに変人だから近寄りがたいんだよね」

「それはありがとうねぇ。僕も好きで教えてるわけじゃあないんだけどねぇ」

 そう言って笑うコバルト博士はユウを見て「おお、ユウ君じゃないか」と驚く。

「久しぶりだねぇ。元気してたかい?」

「ええ。お久しぶりです」

 どうやら、旧知の仲だったようだ。

 いやな予感しかしない。

 俺は恐る恐る聞いた。

「しかし、俺たちをここに集めて、一体なにをする気なのでしょう」

「ああ、別になんてことない、ただの軽い実験さ」

 息を飲む俺たちとは裏腹に、彼はへらへらとした態度で言う。


「僕の開発した新型無人魔道兵器の戦闘実験に付き合ってもらうだけだよ。簡単だろう?」

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