第125話 力ある者の宿命


 翌日。

「よォ! ジュンヤ!」

「ああ、おはよう……って! なんでここにお前がいるんだ!?」

 朝、教室に入るとネーゴが笑顔で挨拶してきた。

「それはアタイがこのクラスだからだよ!」

 なんだ、そういうことか。

「しかし、すごい注目を浴びてるんだが、それは?」

「しばらくここにも来てなかったしなー。まぁ、しゃーねーか」

 それだけじゃない気がしてならないのは……きっと気のせいではない。

 理由は、ネーゴの容姿だ。紺色に染めたセーラー服の上に、龍の刺繍が施されたスカジャン風のジャケットを羽織り、下はロングスカート。つまり、典型的なスケ番スタイルだった。

 いくらなんでもここにはミスマッチ過ぎるその格好は……まずいだろ。注目を集めてしまうのも頷ける。

 ……なんか聞こえてくる。

「…………あいつヤバくね?」

「せっかくちょっと良いかもと思ったんだけど……」

「不良とつるんでる様な奴はねー」

「怖いよね……」

 昨日俺を見つめてきた二人組だ。

 なんか無性に悲しくなってきた。

 

「そういえば、小等部のほう、おもしれぇことになってるらしいな」

 ネーゴが言った。

「どういうことだ?」

「何でも、面白い奴が入ってきたらしくてな……どうしたんだ?」

「いや、何でも……」

 俺は頭を抱えた。

 心当たりがありすぎる。たとえば、うちの妹とか、うちの悪魔とか。

「というわけでさ! 見にいかね?」

 え? マジか?

「おう、わかった。行こうぜ」

 俺は即答した。

 

 **********

 

 小等部。

 その校門前には、噂の転入生ことノアと、長い銀髪を持つ少女がにらみ合っていた。

 いったい何があったのだろうか。

「……なんなのよ、あなた! 私よりも目立って!」

 銀髪の少女が叫ぶ。

「それは言いがかりだよ、シリカちゃん……」

「こんなときまで可愛い子ぶらないで!」

「……」

 シリカと呼ばれた彼女はまだ吠える。

 そして、また睨みあう。

「おっ、何かやってんじゃん」

 嬉しそうに言うネーゴ。

「いや、笑い事じゃねーだろ……」

「なんでだ? たかが子供の喧嘩だろ?」

 それはそうなのだが……とてもいやな予感がする。

「なんで貴族の、吸血姫の私よりも平民の、それも半魔人のあなたが! こんなに優れているのよッ!」

「それは、経験の……」

「黙れッ!」

 シリカの、あまりに幼稚で理不尽で一方的な意見。だめだ、これは。

「もういい。決闘しましょう」

「僕は、人とは戦いたく……」

「あなたに拒否権はないわ」

 周りで見ていた野次馬が騒ぎ出す。

 そんな中、俺は呟いた。

「これはまずいな」

「はっ!? どういうことだ? 子供の喧嘩くらい……」

「それがまずいんだ」

 普通の喧嘩ならともかく、ノアは危ない。あまりに強すぎる。

 冒険者経験からか、はたまた精霊の力からか。少なくともいまのノアは普通の同年代の子供よりも遥かに強いのだ。

 その力を振るえば、相手を傷つけてしまうかもしれない。

 しぶしぶ、といった様子でそこら辺に転がっていた木の棒を構えるノア。

「……シルフちゃん、僕を守って」

 ノアの呟いたその一言に、シリカは反応した。

「…………いま、精霊の名前を呟きました?」

「うん。それがどうしたんだい?」

「ならば、私も本気を出せる。ただそれだけよ!」

 鳥肌が立つ。押し流されそうになるほどの、魔力の奔流。

 それは、二人の少女から発せられていた。

 一触即発。

 一方的にぶつけられた、少女の意地と矜持をかけたその戦いは、さまざまな思いをはらみながら……

「いざ、勝負ッ!」

 いま、火蓋を切った。

 

「らぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 シリカが剣を抜き、ノアに襲い掛かる。

 それを、風で強制的に方向を変える。

 しかし、シリカは手から炎を出す。

 放射されたその火炎は――ノアの風に打ち消される。

「ほう、風……。風の精霊ッ……シルフッ!」

 叫ぶシリカの髪は紅蓮に染まり。

「そう言うあなたは、サラマンダーね。ここであったが百年目ッ!」

 敵愾心をむき出しにするノアの瞳は薄緑色に光っていた。

 ギャラリーが吹き飛ばされているのが見える。というか、だいぶ後ろのほうで見ている俺も踏ん張るのでやっとだ。

「これは……すごいな……」

「だから言っただろ……」

 剣を、杖を、魔法を、闘志をぶつけ合う二人。その戦いは激化し、もはや止めることはできない。

 二人の少女――いや、二柱の強大な精霊の戦いは、いつまでも終わる事がない……と、思っていた。

 そこに、もう一人の超越者が現れるまでは。

「コラっ!」

 その声と共に「ぽこっ」という気の抜けた音が二つ聞こえる。

「落ち着け、二人とも」

 そう言って二人の少女をなだめるのは、リリス。俺の知りうる限り最強の少女だ。

 頭を叩かれうずくまる二人に、リリスは言った。

「喧嘩するのは悪いことじゃない。だが、お前らは強いんだから、もう少しはなれたところでやれ」

「な、なんで?」

「あれを見れば、わかるだろう」

 そう言ってリリスが指差したのは、強すぎる力に耐え切れずに、飛ばされたり倒れたりした人間たち。そこらじゅうにたくさんいた。

 立っていたのはほんの一部の、俺たちを含めた数人のみ。

 その惨状を目にして、二人ははっと息を呑んだ。

「強すぎる力は、必ずしも良い物とはいえない。こうして、さまざまな悲劇も生み出してしまうのだ。力は、制御できてのものなのだ……」

 リリスは諭す。

「もう、帰ろうか」

 俺は言った。

 

 **********

 

 後日談。

 休日、呼び鈴がなった。

「はーい!」

 玄関のほうに駆けていくノア。何があったんだ、と玄関を覗いてみると、そこにはシリカがいた。

「……しょうがないから、来てやったわ」

「あっ、シリカちゃん来たよー」

「ちょっと、挨拶は!?」

「忘れてたよ。おはよー」

「……ふんっ」

「あ、自分で言ってて忘れてる」

「ごきげんようっ!」

 そんな風にやり取りをする二人。俺は少し安堵する。

「やあ、シリカ。早速行こうか」

 小走りで玄関に来たリリスが言う。

「行くって?」

「決まっているだろう?」

 リリスはにっと歯をむき出して笑う。

「くんれ……いや、遊びにだ!」

「いま訓練って言った!?」

「そうと決まればさっさと行くぞ!」

「ちょっ! 早い早い!」

「待ってよぉ……」

 そうして駆け出す三人の少女を、俺は笑いながら見ていた。

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