第101話 少女の願い


*****Side Noah*****

 

 ジュンヤお兄ちゃんは跳んで、あの鉄の化け物に剣を叩きつけようとした。

 でも、その直前、その化け物に叩かれて、川の中に突き落とされた。

「ジュンヤくんっ!」

 アリスが叫ぶ。だけど、お兄ちゃんは戻ってこない。

「……よくも……僕の……僕の友達を――!」

 ラビさんが突撃した。でも、それは化け物の巨大な足で蹴られた。その身体は建物に叩きつけられる。

大回復ハイ・ヒール……、駄目だ……」

 チェシャさんが落胆した表情を見せる。

爆発光矢ボム・ボルト!」

 アリスは魔法を使う。けれども、全く通用しない。

聖なる力セイクリッド・フォースっ……!」

 チェシャさんの全身全霊の攻撃魔法。だけど、それさえも通用しなかった。

 みんなあの鉄の化け物に翻弄されている。僕もだ。

 それゆえに、更なる脅威が僕たちを襲うことにも気がつかなかった。

 突如、背後から風が駆け抜けた。

 その爪は、アリスを引っ掻いた。

 赤い血が飛び散った。そして、彼女は川岸と道を隔てる金属の柵に叩きつけられる。

「死ね!」

 アリスを引っ掻いた魔獣に地面の剣を振りかざすカイさん。

 その毛皮に剣の刃は命中して、魔獣は血を流す。

 だけど、魔獣は振り向きざまにカイさんを横から殴りつける。

 飛ばされたその身体は、川の中に落ちていった。

「いやぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 半狂乱で魔法を放つファイさんに、魔獣は突進する。

 そのまま、その勢いに乗せて、魔獣は体当たり攻撃をした。

 ファイさんは突き飛ばされ、そのまま起き上がらなかった。

回復ヒールっ! 大回復ハイ・ヒールっ!! ヒールヒールヒール!!! ――……もう……駄目……?」

 絶望する声が聞こえる。

「ははははははははは」

 狂気に哂う声が聞こえる。

 僕は、動けない。

 怖い。

 怖いよ。

 化け物の目が、赤く光った。

 次の瞬間。

 暴風。灼熱。

 飛ばされる人影が見えた。

 でも、衝撃はいつまでもやってこなかった。

 恐る恐る目を開けると、その目の前に、リリスちゃんが立っていた。

「ノアを――私の……友人を……親友を…………傷つけさせは、しないッ……!」

 リリスちゃんは走り出した。

 立ちはだかる鉄の化け物。その足に、拳に込めた魔力の塊をぶつける。

 金属の皮膚がひしゃげる。

 彼女は飛び、胴体に殴りかかる。けれども、腕に塞がれる。

 その何でできているかわからないうねうね動く腕には、その小さな拳の跡がつく。

 だが、すぐに復帰してしまう。

 さらに、化け物は五本指のその拳で、リリスちゃんを殴る。

「怖いよ……」

 僕は動けなかった。

 怖い。

 化け物が。

 僕には、力がないから。

 僕は、弱い。ゆえに、恐怖する。

「怖い……怖いよ……」

 動きたかった。助けたかった。何もできないということを知っていながら。

 今も拳を振るい、懸命に僕を守ろうとするリリスちゃんとは違う。

 僕は、半分だけ穢れた血を持つ、ただそれだけの、凡人だ。

 リリスちゃんと鉄の化け物の実力は拮抗していた。けれど、リリスちゃんには疲れが見え始めていた。

 機械は、疲れない。いつか、お兄ちゃんから聞いた。

 リリスちゃんが押され始める。

 そのときだ。

「ノア――ッ!」

 気がついたときにはもう遅かった。

 背中に引き裂かれるような痛みが走る。

 それが魔獣の手によるものだということはすぐにわかった。

 リリスちゃんは、僕を呼んだその一瞬の隙で、化け物に殴られた。

 彼女は打ち上げられ、そのまま落ちる。

 僕は、すぐにでも彼女を拾いに行きたかった。でも、瀕死の状態ではできない。

 

 ねえ、神様。

 もしいるのなら、僕に力をください。

 僕に、人を守れる力をください。

 みんなを――お兄ちゃんや、リリスちゃん……アリスや、チェシャさん。あと、ラビさんも……。全員を、みんなを助けられる力をください。

 ねえ、神様――。

 

「そんなに、人を救いたいの?」

 途切れていく意識の中で、女の子の声が聞こえる。

 僕は、心の中で頷く。

「なら、これから言うことを守れる?」

 その女の子のいうことに、僕は頷いた。

 さまざまな事が告げられる。そして、僕は同意する。

「契約、成立ね」

 僕の薄れていた意識は、柔らかな光に包まれていく――。

 

*****Side Alice*****

 

 光が、見えた。

 まばゆい、やわらかい、淡い緑色の光。

 私は、目を開けた。

 そこには、緑色の髪の少女がいた。

 彼女はノアだ。直感的にわかった。

 緑髪のノアの背後から、魔獣が牙を剥いた。

(危ない!)

 ノアを助けたくて、手を伸ばそうとする。だけど、その手が上がることはなかった。残りの体力が少なすぎたのだ。

 魔獣はノアのほうに走っていく。

 このままじゃ、ノアが死んじゃう!

 だが、その想像は覆された。

 

 次の瞬間、魔獣の首が宙を舞っていた。

 

 今、一体なにが起きたの!?

 よく見ると、ノアが手のひらを後ろに向けていた。ちょうど、魔獣のいた方向に。

 彼女の体が宙に浮かぶ。

 そのとき、鉄の巨人の腹が割れた。

 そこには、大きな筒があった。

 伸びていく筒の先に光が集まる。そして、強力なエネルギー弾が完成する。

 対するノアは、筒の前の空中に、無防備に立っていた。

 今度こそ危ない!

 でも、叫ぶこともままならない今の状況では、到底助けることなんて出来ない。

 だが、この少女はまたもや想像を覆す。

 エネルギー弾が発射された。しかし、それはノアの目の前で上に曲がった。

 それからすぐに、遠くから爆発音がした。

 鉄の巨人は、エネルギー弾を連射する。だけど、ひとつも当たることはなかった。

 ノアは、背中から細身の剣を引き抜く。以前ジュンヤくんに買ってもらっていた安物の剣だ。

 彼女は空を駆ける。

 鉄の巨人が手を伸ばして殴りかかる。けれど、届くことはない。彼女の移動スピードが速すぎて、当てられない。

 その手は、瞬く間に切り裂かれてしまう。血の雨が私たちのいる地面に降り注ぐ。風の刃が一瞬見えたような気がした。

 ノアは、ついに鉄の巨人の元にたどり着いた。

 そのとき、巨人の目が赤く光る。

 ゴォォッ!

 火炎のビーム。レンガをも溶かしてしまう、恐ろしい光。

 ノアに一点集中で放たれたそれは……。

「それ、に効くと思った?」

 風が、受け流した。

 ノアは剣を構えて、そのまま力を込めた。

 彼女が手に持つ剣に光が集まって行く。

 そして、閃光が迸った。

 その小さな体ではありえないような、全力を込めた突き。

 鉄の巨人は空に飛ばされ、爆発した。

 ノアは、爆風に短い髪をなびかせながら、振り向き、言った。

 

「さあ、みんなを助けなきゃ」

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