第99話 死闘、絶望、狂騒、衝動……(前編) 


「何だ!? いま、一体……!?」

「敵襲だっ! 何故今かは知らねーけどなっ!」

 急いで降りてきたカイさんに、怒鳴るように伝える。

「みんな、急いで準備しましょう。出陣です」

 ラビに言われるまでもなく、自室に戻り準備する。

 そして、ちょうどリビングに戻ったとき、ファイとイチゼンも降りてきた。

「な、なんですか……これは……」

 窓の外を見たイチゼンが聞いてくる。

 まずい、もう目の前に……!

「は、はは、ははは。そんなもの、私の相手にも……ならない……」

 イチゼンは、言った。だが、俺にはただの強がりにしか聞こえない。

 それを無視して行こうとすると、イチゼンもついて来た。

「あなたはここにいてください」

「断るっ! 平民なんかに守られてたまるかっ!」

 ラビが止めるが、イチゼンはそれを押しのける。

 馬鹿なのだろうか。命が惜しくないのだろうか。

「死にますよ!?」

「はっ! 私は貴族の魔術塾をトップで卒業したのだ! 魔物なんかに遅れをとるわけあるまい!」

 どう聞いても強がりにしか聞こえないイチゼンの言葉。それを背に、俺は行く。

 戦場へと。

 

 屋敷の前には、ウルフの群れ。

 その奥に、犬型の魔獣、ウルヴェンが見える。

 俺はウルフを片っ端から叩き切る。

光矢エナジーボルトっ!」

 さらに、攻撃魔法で殲滅。ウルフはその数を順調に減らす。

 

 そんな中、イチゼンはというと。

「ヒッ! 何だこいつら! 俺の魔法が効かないっ!?」

 今まで保ってきたですます口調も忘れ、小さな氷のつぶてを放っていた。

 これで効かないのは当然だろう。いくらなんでも弱すぎる。

 助けに入ろうか、と一瞬考えたが、俺の目の前にもまだ大量のウルフが。誰かを助ける余裕は、ない。


 町を壊すわけにもいかない。故に高威力攻撃魔法を使うことは出来ない。

 俺は剣に麻痺魔法たる“火花スパーク”を付与し、敵の動きをストップさせる。そして、蹴り飛ばし、殴り飛ばす。

 それを見たイチゼンの、「あいつ、化け物か……!?」と言う声が聞こえた。

 この程度で化け物なんて、さすがに買い被りもいいところだろう。

 化け物なんて、こんなもんじゃない。俺なんかが化け物なら、冒険者は全員妖怪変化で魑魅魍魎ちみもうりょうだ。化け物しかいないぜ。

 まあ、一般人にはそう見えても仕方がないのだが。


 ユウがバフをかけたようだ。体力が増すような感覚が俺を包む。

 それを受けて、俺は剣技を放つ。

「剣技、デュアル・ブレイブ・スラッシュ」

 攻撃二回に爆発的威力を付与するその剣技。

 ウルフたちは、煌く二つの刃に抗うことは出来なかった。

 風が吹きぬける。

 後ろから肉の噛み千切られる音が聞こえる。絶望に満ちた声が聞こえる。だが、俺にはもうそれを気にする余裕はない。

 目の前には、巨大な魔獣、ウルヴェンがいた。

 仲間たちは後ろにいる様だ。

「ヴァオォォォォォォォォォォン!」

 魔獣は遠吠えをした。まるで、その威を俺たちに示すかのように。


 マシンガンのごとく放つ、魔法の矢。

 それは、果たして相手に傷を与えているのだろうか。

 俺にはそれはわからない。

 今までただ腰につけているだけだった短杖を引き抜く。

 そのまま、魔法を連射する。

 狙うは、首。

 呼吸をする生物なら、大抵そこは弱点になる。

 だが、そこを直接狙う方法は今のところ俺にはない。

 魔法が刺さったとしても、皮膚を貫くほどの威力はない。

 だから。

「アリスっ!」

「うん! 風刃斬ウインド・スラッシュ!」

 仲間を頼るのだ。

 アリスの魔法は、ウルヴェンの首に大きな傷をつける。吹き出した血は建物の壁を赤く染め上げる。

 そのウルヴェンは痛みに悶え、ついにはこの大きな通りに腹を天に向けて寝転がる。

 俺はその腹に躊躇なく剣をつき立てた。

 その魔獣は息絶えた。

 軽く手を合わせる。それから、後ろを振り向くと。

 仲間たちがいた。その先には。

 血と肉で口をぬらしたウルフがいた。その横には、イチゼンの絶望に満ちた首があった。

 遅かったか。

 彼は、つまらないプライドで命を散らした身の程知らずだった。エリート気取りの間抜けな末路だ。

 そのウルフの元に行く。そして、そのウルフを一撃で殺す。

 仇は、討った。

 それから、俺たちは更なる敵の元へと向かった。

 

 **********

 

 俺が先導して、次の敵の元に向かう。この町の地理を一番よく知っているのは実は俺だからだ。

 あの数日間の放浪生活が役に立った瞬間といえるかも知れない。

 そう思うと、やはりどんなマイナスの経験も糧にすることが出来ると実感できる。

 それはともかく。

 音が聞こえた方向や避難する人の流れから位置を推測して、敵の場所を割り出す。

 あの音は四回聞こえた。現れた敵グループは四つと考えてもいいだろう。そのうちひとつは今倒した屋敷の前のウルヴェンだとすれば、あと三つ。

 そのうち一つ……ちょうど俺が放浪する原因になったあの戦いの舞台であり、どう考えてもまずい雰囲気をまとったあの魔族との邂逅の場でもある、あの広場だった。

 そこには、見たこともないような魔獣が暴れていた。まるで、猪のような……。

 カイさんに聞いた。

「あれは、なんですか?」

「ああ、“大猪”グランドボアだ」

 グランドボア……。知らんな。

 だが、戦うしかない!

 さっき戦ったウルヴェンよりかは多少小さいが、それでも人を簡単に食べてしまいそうだ。

 どう攻める……?

 思考するが、そのときにはもう遅い。

 グランドボアはその巨体を俺たちに向けた。そして、突進した。

「避けるぞっ!」

 仲間に呼びかけるが。

「いや、お前がなっ!」

 リリスにそう返されれば、ぐうの音も出ない。

 緊急回避。当たらぬように、踏まれぬように、避けた。

 なかなか、いや、ものすごいスピード。この巨体にこの速さで当たれば無事ではすまないということは、火を見るよりも明らかだ。

 グランドボアが当たった背後の建物がぶっ壊れる。そのレンガの瓦礫は粉々になった。あの頭突きはそれほどの威力だったというわけだ。あの建物を自分の体に置き換えると、大惨事でしかない。

 ただ、助かったのは、グランドボアが仲間を連れてきていなかったということだ。それでも骨が折れるような相手だということは変わらないのだが。

 こいつには剣が当たる。けれど、それが通用するかどうかは別問題だ。

 周りの建物を破壊し続ける大猪。

 仲間たちも攻撃を試みるものの、通用することはない。

 ……あれを使おうか……いや、最悪この町が壊滅してしまうかも知れない……。

 だが。

 色々抑えれば……どうにかなるかも知れない……。

「みんなっ! ここから逃げてくれ!」

 仲間に避難を促す。

「えっ……でも……」

「いいからっ!」

 ノアは躊躇する。

 そういえば、ノアは知らなかったんだよな、俺の切り札のことを。

 旅に出てからは封印していた、我が必殺魔法のことを。

 そのうち、アリスがノアの手を引いた。

 誰もいなくなった大通りを走る彼女らを見届けてから、俺は短杖を構える。

 これを使ってこれを撃つのも初めてだな。

 深呼吸して、集中する。俺に向かって突進するグランドボアの真上に。

 ユウも察したのだろう、あれを放つことを。だから、あえて魔法力強化を切った。

 突進してくるグランドボアを避けながら、魔力を練る。

 威力をなるべく高く、それでいて周りに被害を与えぬように。

 そして、まだ攻撃を続けようとする大猪に、それを発動する。

 

隕石メテオ

 

 ズドォォォォォォォォォォォォン!

 鳴り響く轟音。

 ひとつの巨大な隕石が、大猪の命を潰した。――俺と周囲の瓦礫を巻き添えにしながら。

 よかった、先にグランドボアがすべて壊してて。

 暴風に吹き飛ばされ宙を舞う俺は、自分もその運命を辿りつつあることを忘れ、思ったのだった。

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