第98話 不審者
そんなこんなで。
ノアの冒険者登録も済んだようで。屋敷に戻ると。
「皆様、こんにちは」
『……誰ですかっ!?』
知らないおじさんが屋敷のリビングにいた。
「やばい、通報しなきゃ……。お兄ちゃんにもそう教えられたし……」
「ノア、一緒に衛兵を……呼ぶ必要無かったわ。だってそれより偉い人がここにいるし」
「あっ、そうだった。ファイお姉さん、家に不審者が!」
「そうね。ちょっと待っていてね」
そう言って、そのおじさんに近寄っていくファイ。
「すみません。名乗っていただけますか? なお、従わない場合は法に則りあなたを……」
さらっと怖いことをいうファイに対し、その貴族然とした男は名乗る。
「ああ、申し訳ございません。私はイチゼン=アーノルド。イチゼンとお呼びください」
「うっ……。では、イチゼン=アーノルドさん。あなたのご身分は?」
「私は辺境のアーノルド領、領主、ダイモン=アーノルドの長男にして、アレス王国の伝令役でございます」
ホンモノの貴族だったのね。それはそれは。
俺はお茶を淹れにいった。
「で、内容は?」
イチゼンに対し、ファイは高圧的に聞く。その相手は臆すことなく伝える。
「ずばり、あなたたちの保護している冒険者たちの学校入学に関してでございます」
「は、はい? ……その意図をお聞きしても……?」
「王があの方々を大層お気に召したらしく……」
「私たちか?」
リリスが口を挟んだ。
「あ、ああ、そうですよお嬢さん」
だが、そのリリスに対し明らかに無理に作ったような笑顔を向けるイチゼンには、ファイの疑いの目線が向けられた。
「すみません、ファイ様、それとカイ様はこちらにおいでくださいませ」
「はい、部屋はこちらで用意いたします」
「それは、ありがとうございます」
「ちょっとまってて。すぐに戻ってくるから」
そうして、ファイとカイ、そしてイチゼンは移動した。
「粗茶ですが……あれ?」
そのとき、俺がお茶を淹れて戻ってきたのであった。
**********
「どういうことですか? あなたが言う内容が真実とは思えないのですが」
ファイは聞く。疑いのまなざしをイチゼンに向けながら。
「…………」
「黙ってないで、何か言ってください。でなければ……」
「おい、流石に早すぎる」
ファイが拷問用の魔道具の起動スイッチを取り出そうとするが、カイが止める。
「でも……」
「…………すみません。この内容は下にいる方々にはご内密にお願いします」
イチゼンが言葉をつむぎ始めた。ファイとカイは彼に顔を向ける。
「実は……、“内政会”は、あの冒険者を……騎士団……というより、軍に入れようとしているようなのです……」
「はぁっ!? 何故ですか!?」
ファイは、今度は驚いた様子で聞いた。
「あなたも知っているでしょう。あれの恐ろしさを。二十四騎士の二人を負かしたあの力を」
「…………」
見ていたのだろう。あの戦いを。
「あの強力な魔術、また、腕力や体力も大体高い。知識量もあるようだ。そして、あの機転。狙うべき相手を見誤らず、また、斬新で冷酷な戦法も可能。それを国に引きずり込まぬ手はあるまい、といった考えなのでしょう」
「……チッ」
小さな舌打ちの声。ファイはイチゼンを殴る。
彼女はそのまま叫んだ。
「あなた、それでも人間なんですか!? 本人たちの意思は!?」
「何を言っているのですか? あるわけ無いじゃないですか」
さも当然のように人権を否定するイチゼン。ファイは彼に憤慨をぶつけた。
「本人に決定権は!?」
「だから、あるわけ無いじゃないですか」
「彼らだって、血の通った人間なのよ!?」
「それがどうしたのです? 関係ないでしょう」
イチゼンの目は、貴族特有の目だった。その奥に、「所詮、平民は使い捨てだ」とか「平民などという劣等種に命など、ましてや権利などあるはず無かろう」といった、平民への差別や侮りが込められた、汚い瞳。ファイはそのまなざしに不信感を抱いていたのだった。
彼は、人間を物としか思っていない、クズだった。
「まあ、王が気に入った、じゃなかった。お気に召したというのは半分本当のことらしいのですが。まったく、あんな平民のどこがお気に召したというのでしょうか、あの王は」
こういう人種は「自分が一番偉いもの」と勘違いをする。馬鹿らしいほどに、傲慢だ。
「……私たちはともかく、彼らを国の馬にこき使うなんて、私は……」
「これは、決定事項ですよ。国のために働いてもらうかどうかはともかく、そのための学校に入学してもらうことは」
「……私は認めませ……」
「いいのですか? 私に――いや、私の言ったことに逆らって。私自身も、あなたたち平民から出世した方々とは違い、れっきとした貴族です。また、私の伝えた内容は、アレス国王、および“内政会”の正式な決定事項です。それに逆らうということは……」
法を使い、脅しをかけるイチゼン。
ファイたちに、逆らう手段はなかった。
**********
一方、こちらは俺たち。
お茶を淹れにいっている間のファイたちの話を聞き、俺は驚いた。
「学校って何?」
おっと。その前に、ノアに学校についての説明をしなくては。
「学校って言うのは……」
読者の皆様はご存知のはずなので割愛するが、俺の世界の学校についてを説明した。
ちなみに、この世界には、義務教育という物がなく、ほとんどのことは親から、あるいは私塾のようなもので学ぶらしい。
だが、聞くところによると、この国のある町に世界最先端の魔道技術を持つ“学園都市”が存在し、そこには、その魔道技術や知識教養などを教える教育機関、すなわち“学校”が存在するという。
つまり、そこに入れられるというわけか。俺たちは。
まさか、この世界に来てから学校という言葉を聞くことになるとは。
そんなことを一通り話し終わると。
「へえ……そんなところが……」
「そんな感じかどうかはわからないがな」
「え~。ブンカサイとか、面白そうなのに……」
アリスがそんなことを言う。
「そーだよ~。薔薇な世界が見られるかもしれなかったのに~」
それは期待しないほうがいいぞ、チェシャ。まあ、俺が通ってた男子校では君が期待していた光景が見られたかもしれないんだけど!
「だが、それには裏の事情があるだろう」
リリスのその言葉に、俺たちは首をかしげる。
「一体どういうことだ?」
「……あの男を見ただろう。明らかに、私たちを侮っている。嘲笑っている」
そう、だったか。
子供が嫌いなのか? それとも、自分より下の存在が気に入らないのか?
……どっちでもありえる。あの男の、顔、口調。それらは、俺たちへの侮りが含まれていたようにも感じた。
「そんな男を信用出来るか?」
「…………」
無言だった。
あの男は、信用できないな。
彼は信用されようとも思っていないようだった。
貴族だからって、自動的に信じられるわけはない。
全員がそう思っていたのだろう。
「さあ、どうする……」
俺たちに問うように言うリリス。
だが、そのとき。
ドゴォォォォォォォン!
轟音が。
ドォォン!
ボゴォォン!
チュドォォン!
連続で、鳴り響いた。
俺は流石に叫んだ。
「ちょっとは休ませろォォォォォォォォォォッッッッッ!」
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