第2部 第4章 王都死闘編

第96話 「何が起きたのかわからない」と後に俺は語る。


 その夜。

 トイレを借りに部屋の外に出ると、アリスの部屋から光がもれているのが見えた。

 一体なにを……?

 恐る恐るそこに聞き耳を立てると、数人の話し声が聞こえた。

「――それで――?」

「そうなの――。――信じられなかった――」

 ドア越しだからかよく聞こえない。

「つまり――異世界――ですね」

「そうなの――」

 あ、察した。俺のことだ。しまった、緘口令かんこうれいでもしいておくべきだったな。

 だが、もういい。俺はもう大丈夫だ。逃げない。

 あっ、やばいもれそう。

 俺は小走りでトイレに向かった。

 

 トイレからの帰り、別の部屋の明かりがもれているのが見えた。

 そこは……リリスとノアの部屋か。

 この奥がアリスの部屋だったはずだが、そこの明かりはもう消えている。

 さらに、この部屋の前にはチェシャとラビが。

 ここで一体なにが……?

 聞こうとして口を開く。

 だが、その口は声を発する前に塞がれた。

『しーっ』

 この二人がそんなに食いつくもの……。何だ……?

 彼らを倣って、その部屋を覗くと。

「どう? 気持ちいい?」

「んっ……。こんなの……恥ずかしい……」

「でも、だれにも見られないんだし、いいじゃん」

「まあ、そうだな……んあっ……そこは……んぐっ」

「大好き……リリスちゃん」

「……私もだ……ノア……」

 一言で言おう。

 ノアがリリスを攻めていた。リリスの大事なところを果敢に。

 そして、強引に唇を奪われたリリスがノアに愛をささやいている。

 ラブラブじゃねーか。百合百合じゃねーか。

 それを食いつくような目で見るチェシャとラビ。

 駄目だ、この世界に侵されてはいけない。

 自分の世界が何者かに侵略される前に早く立ち去るとしよう。

 俺は足音を忍ばせて急いで立ち去った。

 

 逃げないって、案外難しいことなんだね……!

 

**********

 

 翌日。

 いろいろありすぎた一日は過ぎ、疲れたため、今日は寝よう……

「今日はいろいろとやり忘れていたことをするぞ」

「えっ、カイさん!?」

 ここ最近完全に出番が消えていたカイさんとファイさんが朝食中にそう言った。

 ちなみに、出てこなかった間は仕事が忙しかったらしい。地位を持った者の代償か……(違うそうじゃない感)

 さて、話を戻して。

「それって何ですか?」

 俺が聞くと、

「まず、さまざまなところへの挨拶。ギルドに行って護衛の報酬を渡して、ノアの冒険者登録……」

「多すぎるわ! ……でも、まあ仕方ないっすよね。元はと言えば――」

「最初はあのドM戦闘狂のせいだ。気にすんな。あいつには後で改めて謝らせる」

「――はいお願いします」

 

 と、いうことで。

 まず王国騎士団本部。

「あの時はすまなかった。…………ところで、謝るといえば、そこのやり手の変態にも謝ってほしいのだが」

「え? 僕? 何のこと?」

 俺たちに戦いを挑んだ女騎士――カイさん曰く「ドM戦闘狂」のイオタが平謝りしてからユウを指差す。

 そのユウはいつもどおりの胡散臭い微笑を浮かべながらすっとぼけている。

「とぼけるなっ! 私にあんな辱めを負わせて……。絶対に謝ってもらうぞ!」

「ああ、あれね。まじごめーん」

「その態度っ! 謝る気があるのかっ!?」

 俺は、ぜんぜん謝る気のなさそうなユウに苦笑した。

 そこに、ゴスロリギャルとパンツ一丁のマッチョの二人がやってきて、俺に話しかける。

「よーよー、もやしその一」

「もやし!?」

「あーたけっこー弱かったわね」

「なにっ!?」

 相変わらず喧嘩売っているようにしか聞こえないゴスロリギャルのタウの言葉だ。

「けど、まー、あれの護衛してたことは認めよーか。それなりの実績があったのもあながち嘘じゃなさそーだし」

「あ、ありがとう!」

「やっぱ雑魚だけどね☆」

 上げて落とすな。

「そういや、見てたぜ。お前の戦い」

「え? あっ!」

 パンツ一丁の筋肉達磨なシグマの言葉で、俺の記憶が蘇る。

「あの蜘蛛みたいなやつ、よくやったじゃねーか」

「あっ、はい……」

 発狂していた時のことだ。頭の中で何が起きていたかは今となっては知る由もないが、そのときの感覚や映像は今でも鮮明に頭に焼きついている。

「充分強いじゃねーか。誇っていいと思うぜ」

「でも、あの時、俺は――」

 殺した。人を殺してしまった。

 奪われた命が戻ることはない。

 一度死んだからわかるのだが、死ぬときの痛みや苦しみはそれこそ半端じゃない。そして、突然であっても、一瞬であっても、死んでからはもうそこに戻ることはできない。

 それがどれだけ苦しいか、想像しただけでも辛い。

 俺は幸い異世界に来る事ができたが、それができなければ……。想像したくもない。

 遺された者の中にはそれを悲しむ人もいるだろう。

 それを思うと、どうしても自分を責めたくなる。

 少しうつむいて続けた。

「――殺してしまったんですよ」

「……それを悲しむ事ができるのか。自らではなく、相手の命までもを気遣う事ができるのか。すばらしいことじゃねーかよ。そういうやつは嫌いじゃねーぜ」

 目線を上げると、シグマは笑っていた。タウも頷いていた。

 俺は一言、感謝を告げる。

「はい、ありがとうございます」


 その後、冒険者ギルド。

 よく考えたらこの町の冒険者ギルドには初めて来るな。

 その建物は、意外と近くにあった。

 

 ここ、俺の潜伏先の真横じゃねーか。というか、あのビルが冒険者ギルドだったのか。

 

 外観は、立派なレンガ造りの高層ビルである。大体10階建てか?

 正面扉から入る。ラビが開けようとすると――。

 ウィィィィィィン

 機械のような音を立てて、扉が左右に開いた。

 ユウと俺以外はみんな驚いた様子だ。

「ねえ、リリスちゃん。ドアが……ドアが…………」

「そうだな……ノア……。ラビ、何かしたのか……?」

「いいえ……。何もしてませんよ……」

 正直、俺も別の意味で驚いている。

 

 なんでこの世界に自動ドアが!?

 

 いや、前から不自然な点はあったんだよ。なぜかパソコンみたいなものはあるし。明らかに中世ヨーロッパにはないものがあるし。

 ……まあ、考え込んでも仕方ない。

 俺たちは冒険者ギルドの中に入った。

 そこは、大盛況だった。

 わいわいわいわいがやがやがやがや

 ゲームセンターと同じくらいの騒音。近くにいるはずの仲間の声さえも聞こえない。

 ある人の何かに対する誹謗中傷が聞こえたと思ったら、また別のある人が何かを賛美する声が聞こえる。やかましい。

 それでも人ごみは外よりもぜんぜんましだった。

 俺たちは奥に見えるカウンターに向かった。

 

 しばらくしてから。

「ほい、護衛の報酬だ」

「ありがとうございます!」

 テーブルを一つ占領して座った俺たちはさまざまなことを話した。

「にしても、あの後そんな事が……」

 俺が自殺未遂をしたときのことだ。あの時、カイさんは会議が大詰めだったそうで、話を一切聞いていなかったのだ。

 俺が蜘蛛型の魔道兵器(?)を仕留めたことは小耳に挟んでいたそうだが、その後にあった昨日までの一連の事件については一言も聞いていないそうだ。

 あの後、発狂して自殺未遂をした挙句に家出。十日後にアリスに見つかり帰宅。それがその事件の大まかな一連の流れである。

 それを話すと、カイさんとファイさんは開いた口が塞がらないといったような顔でただただ唖然とした。

「それ、本当なの?」

「ああ、本当です。この建物のそばには俺がその間住み着いていた場所があります。そこにはまだダンボールが散乱していることでしょう」

「…………」

 二人は絶句していた。

 その後、俺は深呼吸して、更なる“本当のこと”を告げる。

 

「急ですまないが……実は、俺、異世界転生者なんだ」

 

 そのとき、このテーブルに座っているメンバーの顔が一斉に凍りついた。

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