第95話 花 ‐Mement Mori-


 俺たちは走った。

 いつの間にか現れた人波をかいくぐり。

 手をつないで。俺がアリスを引っ張って。

 路地の角を曲がり、ただひたすら、走る。風のように。


 そして、数分後。

「ぜぇ……はぁ……ここなら……もう、大丈夫……」

「え? ここは?」

「……俺の……潜伏先……」

 俺が案内したのは、細く狭く薄汚い路地の奥――数日間俺が身をおいていた場所だ。

 ダンボールや新聞紙で作った布団に、同じくダンボールで作った超簡易的テーブル。照明はなく、太陽の光がわずかに入ってくるだけ。

 お世辞にもいいところとはいえない、むしろ普通の人から見れば最悪なマイハウスである。

「こんなところで今まで?」

「ああ。こんなところとは……うん、失礼じゃないなこの場合は」

 ネズミさえも近寄らないようなところだ。仕方ない。

「お茶でも……すみませんありません」

「大丈夫だよ。とりあえず、座っていい?」

「いいよ。汚いけど」

「そんなの大丈夫だって」

 相変わらず、優しいな。

 アリスは、俺が布団にしていたダンボールの上に座る。

 俺はそこからテーブル(とは言っても段ボール箱が置いてあるだけだが)の反対側の土の上に座る。

「それで、いろいろ聞きたい事があるんだけど……」

「ああ。その前に、謝りたいんだ。本当に、いろいろと、ごめん。傷を治してもらったり、世話もしてもらったりもしたのに、勝手におかしくなって、逃げて……」

 自己嫌悪に陥る。

 自分が情緒不安定だっただけで、ほかはだれも悪くないはずなのに。迷惑ばかりかけて。しかも、そんなやつをわざわざ探させて。俺って本当に何なの?

「……確かに、今回のはすごく寂しかったかな」

「でも、探した」

「うん。そして、見つけた」

「なんで?」

「君が、好きだから」

「何度も聞いたよ」

「でも、だれも君を見捨てなかった」

 なんで? こんなに、俺に希望を持つ?

 つい、本音を漏らす。

「俺は、こんなにクズなのに」

 

「それは違うよ!」

 

 アリスが声を張って反論した。

「どこが?」

「クズなら、人を守ったりしない」

「え?」

 俺は戸惑う。アリスはさらに続ける。

「クズなら、人の命を奪って罪だなんて思わない」

「……」

「クズなら、仲間に迷惑をかけてそんなに思い悩んだりなんてしない」

「――ッ――」

「クズなら……」

「――もう、わかった」

 俺はついアリスの声をさえぎる。

「俺は、クズ……」

「違うよ」

 そうか。俺は自分を責めすぎていただけなのか。

「ごめん」

「謝らなくてもいいよ」

「謝りたいんだ」

「それなら、私だけじゃなくて、後でみんなに謝ろう」

「ああ。すまん」

「だから、謝らなくてもいいって」

 俺たち二人は笑いあった。

 

 ありがとう。ありがとう。

 

**********

 

「ところで、聞きたいことって何だ?」

 俺は聞いた。

「あ、そういえば、ジュンヤ君って本当に異世界から来たの?」

「うっ」

 聞かれていたのか、あの会話を。

 ……仕方ない、白状するか。

「そうです、異世界転生者です」

「……ホント?」

「本当。今まで黙っていてごめん」

「いいんだけど……その……チートなしって――」

 アリスが戸惑った様子で聞く。

 気になっていたのはそこか。普通の異世界転生者にはチート能力があるから、それで戸惑うのも無理はない。

 だが、全てがわかってしまったからには、教えるしかあるまい。

「それは、かくかくしかじかで――」

 そうして、今までの全てをアリスに告げた。

 

 しばらくして、説明を終える。

「……はい?」

 さすがに理解し切れなかったようだ。

「神様の手違い?」

「イエスイエス」

「見返りはただの本?」

「そうそう」

「何をいっているの……?」

 普通は理解できないよなぁ……。

 神様がいろいろ間違えたとか、その見返りには明らかに見合わない本とか……ツッコミどころが多すぎるだろ。

「さらにその神様が君に重大任務を課しているの?」

「ああ。正直本人である俺でも理解しがたいよ」

 本音である。彼女に対してはもう隠すことなんてありやしない。

「そっか、そうなんだ」

 ああ、でも、また彼女を失望させて――

 

「でも、それでもいいじゃん。君は君なんだから」

 

 ――そんなことないよな。今わかった。

「ありがとう。そろそろ帰ろうか」

「うん、帰ろう。みんなのいる場所へ」

 俺たちはゆっくりと手をつないだ。

 

 帰ろう。

 みんなが待ってる。

 

 雨はいつの間にか止んでいて、清々しいほど真っ青な空がどこまでも広がっていた。

 

**********


 それから俺たちは屋敷に帰った。

 帰ってきたとたん、ものすごい勢いでいろいろと聞かれて、ぜんぜん休む事ができなかった。

 だが、みんな、俺の声を聞いて安心したような雰囲気だ。

 いつの間にか日が落ちていた。

 夕食をみんなで食べて、自分の部屋に戻る。

 

 もう、一人じゃない。

 

 それをかみ締めて、その日はまぶたを閉じた――。

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