第93話 深海
私はあの後。
『ジュンヤがいなくなった!?』
「ぐすっ……そう……なの…………」
事情を説明していた。
「アリス~、大丈夫~?」
「ありがと……すっ……」
チェシャが私を慰める。
「それにしても、ジュンヤが逃げるなんて……」
「でも、ラビ君」
「何です? ユウさん」
「これで一人消えたね。ちょうどよかったんじゃない? 一人分の費用が減ったよ?」
それを聞いたラビは、ユウの頬を思い切り叩いた。そして、怒鳴りつける。
「あなたは、仲間を何だと思っているんですか!?」
「……なんとも思っていなかったね。すまない。配慮が足りなかったようだ」
「今度、このような発言をしたら、許しませんよ」
「…………」
ユウは何も言わず、ただ微笑んでいた。
「お兄ちゃん……帰ってきて……」
「ノア……」
ノアとリリスは心配そうにする。
だが、すぐに、リリスが何かを思いついたように、ノアに顔を向ける。
「ノア、多分だが……ジュンヤは――君のお兄ちゃんは、必死に戦っているんだ」
「戦ってる?」
「そうだ」
「何と?」
「そうだな……そう、自分とだ」
自然と、みんなの視線がリリスに向く。本人たちは問答を続ける。
「自分と? どういうこと?」
「誰しも、心の中に、闇を抱えているんだ。心の中で、みんな戦っているんだよ。純也はそれがたまたま強かっただけ。必死に抗って、戦って、生きていこうとしてるんだ」
「……生きていたいようには、見えなかったけど」
「それでも、彼の中にも、無意識に、生きたいと願う自分はいるんだよ。それで、負けそうになって、おかしくなったように見えても、それはまだ戦えているんだよ。きっと」
「あきらめないの?」
「あきらめる人もいるだろう。でも、彼はあきらめたりしない」
「本当に?」
「しない――はずだ。だが、きっと、負けない。負けてほしく、ない」
「加勢しようよ!」
「できないんだ。この戦いは、一人でするものなんだ。だから、もどかしい」
「じゃあ、どうすれば……」
「だが、応援は、できる」
「え?」
「彼にエールを送ることは、できる。いろいろコツは必要だが……。それでも、あるかないかでは、ぜんぜん違うだろうな」
「…………」
何かが腑に落ちた気がした。
「一人で抱え込んで、一人で絶望して。そんなやつはいっぱい見てきた。だからこそ、彼を応援したいんだ。一人で抱え込ませたくない」
「そう、だね。痛みを分かち合うことも、大事だからね」
そう言うノアの顔は、少し暗かった。恐らく、こういった人間を多く見てきたのだろう。
私は、言葉を発する。
「……リリス。なら、私たちで、ジュンヤ君を応援しようよ。もう一度、彼と会って」
「うむ。ちょうど、私もそれを考えていたところだ」
「結局のところ、それか……。でも、お兄ちゃんには立ち直ってもらいたいから。僕も行く」
リリスとノアが、私の意見に同調する。
「なら、あたしも乗っかろ~。いつまでも落ち込んだアリスを見ていたくはないも~ん」
「では、僕も手伝いましょう。仲間……いえ、友人を救いたいので」
チェシャとノアも、賛同する。
「僕は……いや、僕もやろう。きっと君たちの役には立つから」
最後に、ユウが賛成した。
「じゃあ、行こう。彼を救いに」
私たちは、彼を探しにいった。
*****Side junya*****
俺はあの後。
町の中を延々とさまよっていた。
この複雑な道筋や通りの名前全てを覚えるほどに、ただひたすら歩き回った。
何時間も、何日も、ずっと、ずっと。
やがて、ある路地の奥に住み着いた。
暗くて、狭くて、だれもいない、孤独に浸れる場所。
金も以前稼いだものがあるため、問題はなかった。
一人、静かに、暮らしていた。
孤独。孤独。
この暗い深海で。
浮いて、沈んで、また浮かぶ。
深く、深く、潜っていく。
でも、なんでだろう。
この胸を締め付ける気持ちは。
失くすものなど何もない、はず、なのに。
昔聞いた歌の歌詞が、頭の中に思い浮かぶ。
[僕の心の奥深く、深海で君の影揺れる]
[空虚な樹海をさまようから、いまじゃ死に行くことにさえ憧れるのさ]
[シーラカンス、これから君はどこへ向かうんだい?]
[連れってくれないか]
「――連れ戻してくれないか。僕を――」
(Mr.children “深海”より、一部引用)
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およそ10日が経った。
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