第92話 シーラカンス

 

 暗い、暗い、深海。


 俺は、その暗黒の世界を、くらげになって漂う。


 浮いて、沈んで、また浮かぶ。


 深く、深く、潜っていく。


 暗い、暗い、底の見えない、深海の、奥深くへと――。


――――――――――


 光が飛び込んでくる。

 開けたばかりの目が、少し細くなる。

 目を慣らしてから身体を起こして周りを見渡すと、そこは病室のようだった。

 よく思い出してみると、以前気絶したときにも寝ていた部屋だ。


 しかし、だれも居なかった。


 あの時起きるなり俺に抱きついたアリスも、ここにはいなかった。

 ――当たり前か。俺のあんな姿を見れば、だれだって――。


 俺は、拒否された。


 立ち上がり、肩を動かす。幸いというか、残念ながらというか、生き延びてしまったようだ。

 切り裂いたはずの首を触ってみる。

 傷は、なかった。それどころか、痛みもなかった。

 もしかすると――という意味を込めて壁を触る。触れた。幽霊になんてなっていなかった。

 試しに声を出してみる。

「あ、あ、あー。マイネーム・イズ・ジュンヤ・イワタニ」

 普通に出た。問題なんてない。きっと、治したのはユウだろう。


 ならば、俺はここを出て行こう。置手紙を添えて。

 もう、これ以上仲間に迷惑はかけられない。


「こんな癇癪持ちは消えたほうがいい」「居るだけで迷惑」「必要ない、消えろ」「うわ、ウゼェ、このメンヘラクソかまってチャンwww」「何でこんなやつが存在しているの?」「このくせーゴミ誰か捨ててきて~」「駄目じゃん、ゴミが喋っちゃ」「土下座だよ、土下座。俺のほうが強いからな」「お前って何もできねえじゃん。だから消えな? ホラ」「どうせ死ねねえんだろ、この弱虫」「カス」「クズ」「虫けら」「お前に居場所なんかねーんだよ、このイキったクソが」


 昔から、そう言われ続けたじゃないか。

 もう、反論なんて、ないんだよ。だってその通りだったから。

 死のうとした。何度も、何度も。

 でも、できなかった。

 弱かった。

 居場所はどこにもなくて、小学校は毎日のようにフケた。

 中学校は行くようになったが、それでも数日ごとに発狂しては殺人未遂と自殺未遂を繰り返していた。

 そんな日常だった。


 だから、俺はいなくてもよかったんだ。


 そばにおいてあった、着慣れた――血に濡れた服を着て、窓を開ける。


 そして、最後に置手紙を書く。


~~~~~~~~~~


 この手紙を読むとき、もうあなたたちは私に会うことはないでしょう。

 私と居ると、あなたたちは不幸になります。

 なので、パーティーを抜けることにします。

 短い間でしたが、ご迷惑をおかけしました。

 申し訳ございませんでした。

 会うならば、地獄で会いましょう。


 最後に、お世話になりました。

 ありがとうございました。


 さようなら。


 親愛なる仲間たちへ


 岩谷純也


~~~~~Side Alice~~~~~


「ただいま――あれ? ジュンヤくん?」


 私が教会のジュンヤくんの部屋に戻ると、ベッドで寝ていたはずの彼は居なかった。

 窓が開いていて、服も消えていた。

「どうしたの? 一緒に寝ていて気持ち悪かった? たまにキスしてたのがいやだったの?」

 ここにはいない彼の跡を探す。声を探す。

 ベッドをよく見てみると、一枚の紙が置いてあった。

 それを読む。

「なに、これ……」

 仲間じゃ、なくなるの?

「いやだよ……」

 戻って、来てよ。

「また、声を聞かせて……」

 きみのことを、もっと知りたいよ。

「大好き……だったのに……」

 もっと、話したかったのに……。

「なんで?」

 なんで、いなくなっちゃったの?


 君がいることで不幸になることなんて、ないはずなのに。


 昨日おかしくなっちゃったことももう気にしてないし。

 だから……だから――


「戻って、きてよ」


 私は、久しぶりに悲しみの涙を流した。


 その手紙は、濡れていた。

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