第72話 俺が仲間を抱きしめて両方とも気絶した事件



 さて。翌日。六日目。

 俺たちの旅は順調とのこと。

 前方の客席を、首を伸ばして覗き見ようとするが、出来ない。

 町長とその幼馴染の会話を聞こうとする。

 今頃どんな会話をしているのだろうか。

 そんなことを考えてにやけてしまう。

 実はあの二人は互いが互いに片思いしている。それは両思いではないかと思うかもしれないが、その互いの気持ちは一方通行のまま知られてはいないのだ。

 そういえば以前、町長本人からこんな相談をしていた。

「なあ、もしも好きな人が出来たらお前はどうするよ」

「何で俺に?」

「ちょうどここにいたから」

 そんな風に相談を受けた。

 その町長の幼馴染ファイも、町長であるカイの事を見てその顔を赤くしていたのを目撃したことがあるし。

 おそらくは一方通行両思いだろう。

 そう思って少しにやけていると、同じ荷台に乗っているもう一人のパーティーメンバー、金髪がまぶしい美少女魔法使いのアリスが少し頬を膨らまして見つめてきた。

「何だ? アリス」

「なんでもないよ」

「なぜか拗ねてる?」

「拗ねてないし」

「拗ねてるようにしか見えないけどな」

 頬を膨らまして半眼で俺を見つめるその少女は、明らかに拗ねてるとしか思えなかった。

「何でそんなに拗ねてるんだ?」

「……ぎゅっとしてくれたら教えてあげる」

「何その上からめせ……――ん!?」

 ちょっと待った!

 今、アリスちゃんぎゅっとしてとか言ったか!?

「念のため聞こう。俺にぎゅっと」

「してほしい! 抱っこ! してほしいの!」

 ロリキャラだからと言って甘えん坊はいけないぞ。かわいすぎて萌え死ぬ。

 こんなに美少女に懐かれたことが今までないから正気を保っていられる自信がない! というか、なぜこんな男に懐くんだこの子は! まあ嬉しいからいいけど! 嬉しいからいいけど!

 そんな下心アンダーマインドを巧みに隠しつつ、彼女の一回りほど小さい体をそっと抱きしめる。

 やわらかく、強く抱いたらすぐに潰れてしまいそうなその儚そうな身体。女の子特有の甘い匂い。そして、小さくも俺にその存在を主張する胸のふくらみ。

 すごいどきどきする!

 最高の気分だ!

 およそ一秒のことのはずだが、俺には長く思えた。最高の、瞬間だった。

 そして、すぐに彼女を離した。

「ん。ありがと……なの……ふしゅうぅぅぅ」

 アリスは真っ赤になって、頭から湯気を放出しながら倒れた。

「ん~? 何……アリス大丈夫~? 頭湧いた~?」

 やはり待機していたチェシャに心配されるアリス。

 で。そのすぐ隣にいたはずの俺は。

 鼻血を垂れ流して倒れてしまっていた。

 混濁する意識の中、俺は心の中で御者席にいるリリスとつながれている馬に向かって言った。

(止まるんじゃねえぞ……!)

 言いたかったから言っただけだ。オ○ガなど知らん。

 BGMから「きーぼーうーのーはなー」とか聞こえてくるから心配になって来るが、俺は死なないから……!

 俺は……異世界転生者……岩谷……純也……だ……!(ガクッ)



 それから半日後、またチェシャに復活させてもらった。

「二日連続で気絶はさすがにないわ~。復活させるあたしの身にもなってほしいよ~」

 とは、チェシャの話である。

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