episode09 それから……

 それから。

 僕は無事に生還した。

 しかし、魔女曰く「すまん、失敗したようだ」とのことである。

 何が失敗したのかと言えば、「……すまん、何がおきたかはわからん。理由もだ。ただ、失敗したと言う事実がわかったのみ。少なくとも人格の封印は不完全だろう」とのこと。

 まあ、それでも生きていられたということだけはよかった。

 そして、それから数日間は魔女の家にいた。

 何とか生きてはいたそうだが、心身ともに負担がすごかったようで、あの棺桶のような機械は僕の血でいっぱいになっていて、出てきたときは虚ろな目で何かをつぶやいていたそうだ。そのときも体の節々が痛んでいた。

 そのためしばらくは絶対安静を言い渡された。

 まあ、一週間程度で普通に動けるまでになったんだけど。

 その間、あの人格が出てくることはなかったという。


 そして、二週間ほど経って、身体はほとんど治った。

「今まで、ありがとうございました。お世話になりました」

 そう言って、また旅に出ようとした、そのとき。

「ちょっと待ちな」

 魔女は言った。

「なぜ?」

「お前、魔法のことに興味はないか?」

「え。興味も何も、あの一週間で教えられたことがすべてじゃないんですか?」

「いや、あの時教えたのは概念だけで、全部は教え切れてないんだよ」

「……でも、結構です」

「あと、敬語をやめるって約束はどうした」

「あ……」

「しばらくは帰さねーぞ?」

 そう言う彼女の顔は、少し笑っていた。少しからかうつもりで

「いやですよ。絶対に旅に出てやるんですから」

 と言ってやると、彼女はしゅんとした顔で

「……こっちこそいやだ。絶対に魔法の授業を……」

 なんていう。

 やはり、面白い。

「冗談ですよ」

「何だ……。そんな冗談言うなよ」

「本当は僕にここにいてほしいんでしょ? ばればれなんですよ」

「は!? いや、そんなわけじゃないからなっ!?」

「ふふふ、ツンデレというやつですか? そんなんじゃ本当に旅に出でちゃいますよ?」

「いや、それは待ってくれ! 今から古今東西のありとあらゆる魔法を……」

「ツンデレだね」

「くっ……私をそんなに辱めるぐらいなら……いっそ……殺せ!」

「何? くっころ? じゃあ本当に……」

「やめて! 言って見たかっただけだから!」

「ははははは! それこそ冗談だよ! ははははは!」

「……まあ、それでこそユウだよな! あたしも笑うぜ! ははははは!」

 二人でひとしきり笑ったところで。

「じゃあ、しばらくここにいることにするよ」

「ああ、魔法のことをABCからXYZまで全部教えてやるから、覚悟しろよ」

「そのつもり! 魔女さん、またよろしく!」

「ああ! ユウ、こっちも、よろしくな!」

 握手をして、もうしばしの同居が決定したのだった。


**********


「それが約半年と三ヶ月前のことだよ」

「それからどんなことしたんだ?」

「さまざまな魔法を習ったよ。今、主に使っている回復系や支援系の魔法、さまざまな属性魔術、今では禁忌とされた魔法や、常識では失われたとされるものまでたくさん」

「え……」

「さらには魔法の作り方も習った」

「すご……」

「そうして三ヵ月後」

「さんかげつっ!?」

「僕は旅に出た。そして、当てもなくさまよううちに着実に“回復師ヒーラー”としての名前も売れてきて、偶然寄ったこの町でさまざまな厄介ごとに巻き込まれ、今に至りこんな風に仲間と旅をしている」

「……壮絶な経歴をお持ちで」

「聞きたいことはあるかい?」

「そういえば、その実験失敗の副作用ってなんだったんだ?」

「生命力が半分を切ってしまうと理性を失い、元の人格が現れてしまうという呪いさ」

「それがあの……」

「そう、僕が殺戮形態ジェノサイドモードって呼んでいるあれさ」

「……今ようやくこの人の規格外ぶりとその理由がわかった気がする」

「それは?」

「そもそもその存在がやばかったんだ」

「あはは。面白いことをいうね。キミの人生もだいぶクレイジーなのに」

「それ言うなら異世界転生者は全員そうだよな!」

「ははは! 果たして、そうかな?」

「なに伏線めいたこと言っているんだ!?」

「ははははは」

 そうして、僕は話を終えた。


「もう、寝ようか」

「そーだな。眠いし。でも、あれ……? 前は刺されて死んだって聞いたけど、本当は撃たれて死……」

睡眠スリープ

「むにゃ……」

 純也を強制的に寝かせると、僕はもう一人の僕に話しかけた。

「やあ。元気だった?」

(ああ、俺はいつでも出られるぜ)

「ごめん、出てこないで」

(チッ!)

 そんな風に、僕のもうひとつの人格――むかし悪魔憑きの狂戦士デモニック・バーサーカーと呼ばれたものと会話した。

「そういえば、あの頃が懐かしいよね」

(あの頃って?)

「魔女と暮らしてた頃」

(ああ……。あの凶暴魔女か……)

「今日はその頃の話をしててさ」

(俺の全盛期か)

「そうそう」

(あの頃は荒れてたねぇ)

「そうだね。一日一殺以上は軽くしてたもんね」

(二殺三殺当たり前程度さ)

「あの頃のことはもう忘れたいね」

(楽しかったぜ)

「でも、後悔している」

(そうか……。まあ、そういうやつだからな)

「じゃあ、僕らももう寝ようか」

(まだ話した……)

「もう駄目。睡眠スリープ

 自分に睡眠の魔法をかけた。そのとたんにまぶたが重くなり、すぐに意識はどこかに飛んでいく。

 また僕は新しい日に進もう。罪を抱きながら。命を抱きながら。

 僕は、眠りについた。明日を信じて、前に進むために。


**********


 次回から本編に戻ります!

 およそ一ヶ月間のご拝読、ありがとうございます!

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