創造主

槻木翔

創造主

生体コンピューターを利用したシミュレーション物理学の第一人者であるメリアは、自らの成し遂げた実験の壮大さに改めて気の遠くなるような感覚を覚えていた。

10年以上の歳月を海の上に浮かんだ高度隔離空間で過ごしたメリアは10年の研究の成果を発表するために、国内で最も大きな研究者ようサーバーに接続していた。

「みなさんこんにちは、本日はこのような発表の場を用意していただけたことに感謝しております」

そこまで言うと、メリアはまだ数の少ない反響に意識を向けた。これから始めるメリアのプレゼンテーションは1年に1度あるかないかの注目を浴びていた。その注目が期待感だけでなく、警戒感や嫉妬心から発せられるものも存在することをメリアは理解していた。

「すでにネットワークに配布させていただいたプロフィールにある通り、私の専門は生体コンピューターを利用したシミュレーションを利用した物理学や生物学です。今回の実験に先立ち、生体コンピューター管理委員会の絶大な支援でシンギュラリティ7世代型生体コンピューターを利用できたことをこの場で感謝いたします」

ここまでのセリフはこの研究が茶番ではないことを同僚たちに意識させるためのパフォーマンスだった。メリアはパフォーマンスがうまく行っていることを確認しながらさらに続ける。

「まず、実験の目的を発表いたします。

今回の実験の目的は、我々とは全く別原理の生命体の創造、並び全く新しい概念に基づく文明の分析であります」

ここまで様子見状態であった多数のIDが積極的に騒ぎ出したことをメリアは感じた。<当然よね、生体コンピューターを使ってであっても新しい生命を作り出すなんて発想、老人や老人の子飼い供には絶対にできない>、そうメリアは思いほくそえんだ。

「私は生体コンピューターを使って我々の星とは元素の組成の異なる惑星を生成しました。ダーウィンの生命理論に基づいて生命発生可能な組成にしたので一言ではいえませんが、具体的には炭素とケイ素の割合を反転させたりしました、具体的な変更点は今ネットワークに投入した資料を見てください。

そして限定的な先行研究のように原始的な生命体をあらかじめ設置するのではなく、一切生命のいない環境を作り、ひたすら待ちました、5億年ほど」

ネットワーク状に疑問を表すアイコンが溢れた。当然全てメリアの想定内の出来事である。メリアは疑問と好奇心は同じ概念であると知っていた。

「もっとも、シミュレーション内部時間での5億年です、外部時間だと9年ほどでした」

メリアは高度隔離空間にこもっていた10年のうち9年が変化のほとんどないモニターを眺めて過ごす退屈な時間だったことを思い出した。あの期間は何度も実験を切り上げようと思った。しかし、ここで実験を切り上げたら二度と生体コンピューターの供与を受けることができないという理性の囁きがこのプレゼンテーションまでメリアを導いた。

「最後の1年でシミュレーションは劇的な成果をあげました、まずはこの画像をご覧ください」

メリアがネットワークに投じた画像は、シミュレーション内部で生成された文明の中心都市を撮影したものであった。

その画像はメリアの助手が提案してきたものであった。メリアが今回のプレゼンをインパクト重視にすると決めた後、持ち込まれたアイディアで、視聴者を釘づけにする効果は間違いなくあった。『何だこれ?』『本当にシミュレーションか?』『メガポリスの画像を加工しているのでは』

視聴者の反響から抽出されたコメントに対してメリアは大笑いしてやりたくなった。効果覿面である。

「この画像は、シミュレーション内部で撮影されたものです。そうです、我々は生命の発生に成功しました」

この瞬間、あらゆるコミュニティの基幹コンピューターが発表されたデータを精査しているはずであった。参考資料としてメリアの見える場所に表示された学術都市のエネルギー消費量を見てメリアは自分の研究がガセとはみなされていないことを確信する。

「時系列に沿って説明しましょう。

外部時間で9年が達した時、内部環境で変化が訪れました。自己増殖を行う、生物に準ずる物質の発生を確認いたしました。

その後、我々の歴史と類似する反応を見せました。

初期に発生した多細胞生物の特徴としては我々が当初予期した通りの組成を持った生物でした。我々は主に脳の活動に興味を持ち観察を続けました。しかし、初期フェイズで現れた脳は興味深い構造をしていましたが、脳の処理容量と生物の重量の比などからダーウィン理論に基づいて文明の発声は見込めないと判断し、環境構築に次ぐ第2介入を行いました」

メリアはここで言葉を切り、反響を確認した。ピーク時より視聴者数は増えているのに反応は減っている。これを視聴者が聞き入っている証拠だとメリアは自分に言い聞かせた。

「第2介入は隕石の軌道変更による主生命体の殲滅を目的とし、達成しました。そしてその後主生命体となった生物はダーウィン理論の文明構築要件に合致したのでこれの観察を継続いたしました。

その結果生まれた生命体がこれです」

そう言ってメリアがネットワークに投じた画像は瞬く間に世界中に拡散した。メリアの見ることのできるあらゆる指標が世界中がこのプレゼンテーションに注目していることを示している。

「この生命体は、冒頭の写真の通り今日の我々の文明と非常に酷似した文明を作りました。ではこれから彼らと我々の相違点を説明します。

最大の違いはやはり組成成分です、彼らは炭素を中心とした組成を持ちます、そして当初の計画通り、我々の脳とは全く異なる脳を物に至りました。これがその脳です」

濁った白色の物体がネットワーク状に広まった。このプレゼンを見ている視聴者からすればまさに異星人とのコンタクトであると考えるとメリアはニヤケが止まらなかった。

「この脳は数億の部品から生成されております、一つ一つの部品は極めて単純でありますが、それぞれが化学物質を放出することで繋がりを持ち、総体として我々の脳と酷似した働きをします。最大の相違点は構造が単純ゆえにそれなりに進んだ科学水準を持つシミュレーション内部の科学者すらその駆動原理を理解できていないことからネットワークへの直接接続ができないことです、我々も原理究明を試みましたが現在のところなんの成果も出ておりません」

ネットワークではすでにさまざまなコミュニティで積極的な議論が行われていた、論点がずれた議論もあれば、今後の展開を正確に予測した議論もあった。

「彼らの脳は我々のものより性能は劣り、新概念のコンピューターとしての現実性はないものの、我々の持つ既存のシステムとの互換性が一切ないことからハッキング等の被害を抑えられる等の可能性もあります。

詳しいデータについてはネットワークに載せますが、最後にこの実験における脳以外の興味深い点についていくつか話したいと思います。

まず、彼らは宗教という概念を持ちました。宗教は、彼らの技術で解明できないことを超自然の多くの場合神という人格の行いとして束ね、同様の価値観を持つもの同士の共同体と推測しましたが、これが彼らの脳に起因するものなのか、我々の干渉の痕跡が残ってしまっていたのかははっきりとはわかりません。

次に、彼らの学問体系には興味深いものがありました。数学です。我々は自らの脳を理解する学問として必然的に数学を発展させてきました、しかし彼らは何の理由もなしに数学の体系化を始めたのです。そしてその数学体系は我々の持つ数学とほぼ同じ形を持つに至りました。

さらに、同じ数学を持ったという時点でお気づきの方もいるであろうが、数学が同じということは我々の脳を再現できることでもある」

ここでメリアは一息置いた。

「そう、彼らは我々を創造しました」

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創造主 槻木翔 @count11

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