第3話 迷子の吸血鬼さん

 ここは《アースハルト大陸》有数の森林地帯の《ブラックフォレスト》である。

 名前の通り真っ暗な森で、昼なのにも関わらず日差しが全く差し込まない、更にこれといって音がするわけでもなく、聞こえたとしても、カラスのような囀りくらいだ。

 明らかに不気味な森である。

 そんな森の中に一人の少年が自分の腕と対話しながら歩く。


「どうしましょう女神様、完全に迷っちゃいましたね」

『あんた程の方向音痴は見たことないわよ! どうやったらご丁寧な標識があるにも関わらず迷うの!?』


 余りにも能天気な発言に女神は雅俊のバカさ加減に腹が立ち、怒りの声を上げた。


「病室育ちだと中々気づかないものですね」

『いや、余り関係がないと思うんだけど……」


 余りの適当さに落胆するも、急に真面目な顔つきになり、話を続ける。


『で、どうするつもり? このまま行くとあんた、人を殺すことになるわよ?』

「殺す?中々物騒なこと言いますね」


 雅俊は真剣な女神の言葉に対し、いつもと変わらないトーンで返す。


『他人事みたいに言わないでよ! あんたは吸血鬼なの! 空腹で気が迷えば、あんたの意思関係無く血を求めて人を襲うことになるのよ!? それがどういう意味か分かる!? それに死者が出たらあんた悪目立ちするわよ!? あと私の仕事も増えるし、ディスアドだらけじゃない! それってあんたの望むハードな日常を送りたくないに反することになるのよ!』

「――確かにそうかもしれませんね」


 確かにこのまま行けば空腹で気を失って本能で血を求めて、誰かの血を吸い付くしてしまうかもしれない。吸血鬼が血を吸って人間が死ぬかどうかは試したことはなければ、見たこともない。だが、女神の言うことを信じれば、吸われた相手は死ぬ。それによって雅俊は人間を殺した犯罪者――害悪になるだろう。

 それはつまり、討伐対象にされるかもしれないということだ。――といってもこの世界にギルド的な何かがあるかは知らないが。


 取り敢えず、そんな事にならないためにも早く街を見つけなければならない。ハードな日常を避けるために。

 だが、このまま闇雲に歩き回っても、見つからずに空腹が訪れれば、本末転倒――ゲームオーバーである。

 そこで雅俊は最後の手段に出る。


「女神さん」

「嫌よ」

「まだ何も言ってませんよ?」


 どうやら女神は雅俊がなにを言おうとしてるのか見当がついているようだった。


「どうせ街まで案内してって言おうとしたんでしょ? でもあんたは自分で探すって言ったんだから最後まで私は教えるつもりはないわよ?」


 そういいながら答えを確かめるかのように雅俊の方に顔を向ける。


「そうですね、確かに僕はそういいました。ですが、それでいいのですか?」

「な、何が言いたいのよ……?」


 雅俊が勿体振らすように言うと、女神は恐る恐る聞く。


「いや、女神様は先程、死んだら仕事が増えると仰いましたよね? もし僕が人を殺しまくったら、それは誰に負担がかかるんでしょうね……」

『なっ!? あんた本気!?』

「このまま行くとそうなるかもですね。それと女神様は大変ですね、只でさえ僕みたいなのを監視してるだけで大変だというのに、その監視対象に仕事を増やされる。そのことを上層部はどう思うんでしょうね?」

『なっ!? ちょ、それは……』


 雅俊がそう言うと、女神の顔色は徐々に真っ青になっていき……


『あー! もう! 分かったわよ! 教えるわよ! 教えます!』


 遂に心が折れた女神は、雅俊に口で負けたことに腹を立てながら叫ぶように言った。


「最初からそうしてくれれば良かったんですけどね」


 と言っても、僕には連絡手段が無いけどね。焦りの方に大きく傾いて気づかないとか、相変わらずチョロいなこの女神は。


『あんたに上から言われると虫生に腹が立つ……』


 そう言いながら女神は涙目で雅俊を睨のであった。



 ――――



「あ、見えてきましたよ。女神様」


 雅俊は(脅しで得た)女神の協力によって、ようやく集落らしき場所に着いた。


『あっそうですか、それはよかったですね』


 女神は森の中の出来事を未だに根に持っているらしい。恐らく、雅俊に言い負かされて相当悔しかったのだろう。


「まだ怒ってるんですか? いい加減、機嫌を直して下さいよ。只でさえ見た目が子供なのに精神年齢まで子供になっちゃいますよ?」

『あ゛!? 殺すぞ!』


 女神は、雅俊のさらっと煽りの混ざった掛け声に反応すると、今にも飛びかかってきそうな勢いで鼻息を立てている。といっても、女神はここにはいないが。


 そんな女神を見ていると、ふと疑問が頭をよぎる。


「まあ、それはおいといて」

『置いとくな!』

「僕って一応魔族の部類ですよね?対立してる種族がこんな所に入っても大丈夫なんですか?」


 今は五つの大陸に分けるほど仲がよろしくない事を思い出して女神に聞くと、


『仲が悪いといっても国のトップがって意味だよ。過去の戦争で生まれた憎しみの連鎖を引きずっててね、お互いがお互いにプライドが高いものだから、協定を申し込む=負けを認めるという意味に感じちゃうらしいよ。まあ、そんなこと気にしてるのは国のトップと貴族くらいだけどね。平民の方ではそれがわかってるから、一部の宗教的なところを除けば、悪いことは何も起こらないよ。こっちがしでかさない限りね。あ、でも吸血鬼の事は隠していた方がいいかもね』

「血を吸う種族だからですか?」

『まあ、それもあるけど、吸血鬼って数が少ないの――だからそれを狙ってハントする輩がいるから気を付けた方がいいかなって思ってね。元々吸血鬼は怪力は有ってもそれ以外はかなり弱いから』


 え? 吸血鬼ってそんなに弱いの?


「えっと……じゃあ僕は……」


 雅俊は恐る恐る聞こうとしたが、余りの衝撃的な事実に言葉が詰まる。


『安心して、あんたには私が授けた恩恵があるから、少なくともこの世界では負けることは多分ないと思うよ? でも、そのせいで逆に目立つかもしれないね。それに今も十分目立つと思うし、何より日中に歩ける吸血鬼が普通存在する事態あり得ないしね。バレたら確実に狙われること間違いなしって感じだよ。そこで吸血鬼だとバレないようにするために、私はあんたにスペシャルなアイテムを送っておいたから』


 ん? スペシャルなアイテム? なんだろうか?


 そう思った雅俊は不思議そうにしながら女神に聞いた。


『それは《擬人化魔法》を付与した指輪よ。普通じゃお目にかかれない代物なんだけど、私はかなり高貴な女神だから、後輩からせしめ……じゃなくて頼んで譲ってもらったの』


 ん? 今、聞き捨てならない発言が聞こえた気が……


 雅俊はそんなことを思いながら女神に対して冷ややかな視線を送る。

 その視線をまともに食らった女神は、誤魔化すように『ゴホンッ』と咳払いして話の続きを始めた。


『この指輪に付与されてる効果何だけど、自分の好きな種族に変身することが出来るの。――だから目立ちやすい今のあんたにはもってこいの代物でしょ?』


 確かに今の状況下では喉から手が出るほど欲しい代物だ。後輩から奪い取ってきた代物と知らなければ、あっさり受け取っていただろう。


『あ、因みに指輪はあんたの《収納魔法ストレージ》に入れといたからよろしくね。あと他にも必要な経費も入れてるから』


 手遅れだった。これで確実に共犯か……。


 そのあと、女神から《収納魔法ストレージ》の使い方を教わった。理屈はかなり簡単で、自分の思い描いた物をイメージすれば発動するらしい。因みに他の魔法も大体似たような感じだそうだ。


 そして、雅俊は《収納魔法ストレージ》から《擬人化魔法》を付与した指輪を填めて、人族の姿となって集落に立ち寄った。腹拵えをするために。

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病死転生―異世界で吸血鬼ライフを― ほろう @horou_poke

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