第38話 涙の理由
あれから三日の時が過ぎ、あと二日程度でジュネーブに到着するというのにフォックスもレオンも自室に閉じ籠り一切姿を現さなくなった。
「なぁユリ、フォックスが塞ぎ込むことなんて今まであったか? 」
界人はあくびをしながらユリに尋ねた。一交代制による警戒を行っているが、そもそもギアにより戦場は陸に移行してしまっているから海上、海中で武装戦力に出会うことなどほぼあり得ない。
「私は見たことない。あんなに深刻な表情のフォックスを初めて見たんだもん、正直怖かった」
この二人のすごいところは、ここまで密接に関わっているというのにユリが未だに『界人を彼氏だと認めていない』事であるが今はそんな悠長な事を言っていられない。
「早く立ち直ってほしいよね、二人とも」
「そうだな……っと、そろそろ時間だ。次の二人を起こしてくれ、仮眠を取ったらレオンさんのところに行ってくる」
ユリがコクンと縦に頷いたのを確認して、界人はさっさと自動操縦を設定し操舵席を出ていった。
「……ホントに大丈夫かなぁ」
あまりに真面目そうな界人の後ろ姿に、二人の前で空回りしないかとユリは若干の不安を抱いた。
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「レオンさん、少し良いですか? 」
ダブルノックなのも多少失礼だとは理解しつつ、少しでも時間を稼ぎたいと界人はドアの前で祈るとすぐに「いいぞ」と声がかかった。
「失礼します…… 」
入ってすぐに、界人はレオンの異常なまでのやつれ具合に気が付いた。目の下に隈を作り、何かに取り憑かれたかのように足元がおぼついていない状態なのは普段の彼女と比べれば一目瞭然である。
「あの、大丈夫ですか? 」
「ん? あぁ、気にしないでくれ。考え事があっただけだ」
「だとしたら物凄いやつれようですよ、何があったんですか? 」
「そこまで言うなら仕方ない」とレオンはデスクの引き出しを開けて何かを取り出し、ベッドに腰掛け界人に横を勧めた。
「これだ」
界人が横に座るとすぐ、レオンは手の中にあるものを手渡す。界人はそれが何であるのかを手にとってすぐに理解した。
「ドッグタグ? 」
「名前を見てみろ」
「えぇっと、Robert=Dalton…… で合ってますか? 」
見慣れない名前に戸惑いながらも答えると、レオンは静かに頷いた。
「2483年6月1日生まれ、血液型AB型」
「え? 覚えているんですか? 」
「あぁ、かつての自分の部下の事を忘れる訳もない」
「えっ」
ここに来て界人は、自分の疑問が当事者にぶつけていい種類のものであったことに気が付いた。しかしレオンは「気にすることはない」と微笑んむ。
「よく覚えておきなさい、パイロットは時にこういう事態に出会うかもしれないものだと」
「はい」
「そして、フォックスに聞きたいならちゃんとフォックスのところへ行け。顔に書いてあるぞ? 」
「分かります? 」
わざと不安を顔に出して正解だったらしい。レオンはくすっと笑いを漏らした。
「お前は本当にいいやつだな」
「ありがとうございます。フォックスの所に行くので私はここで」
「あぁ、行ってやれ」
界人が静かに部屋を出ていってから、レオンはドアを見つめながら呟いた。
「そっくりだな、昔の彼に。どこまでやれるか楽しみだ…… 」
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「隊長、いますか? 」
「おう、入れ」
予想に反して活力のある返事に戸惑いながらも部屋に入ってみると、これまた予想に反して活力に満ち溢れたフォックスの姿があった。
「何してるんですか? 」
「書類作成、どうせまたスイスに帰ったら何かするつもりだろう? 」
「いや、それは…… 」
「ないです」と言い切れない自分の正直さに少し歯がゆさを感じながらも界人は意を決して質問した。
「香港での戦闘、まだ引きずってたりとかしますか? 」
「ロバートのことか? さてはレオンに聞いてきたな? 」
「はい、恥ずかしながら」
一旦書類から離れ、フォックスは上着のポケットからタバコとライターを取り出した。
「あいつは良い奴だったよ」
煙をくゆらせつつ天井を眺めるフォックス。やはり思うところでもあるのだろうか、その横顔は心なしか寂しそうであった。
「だがパイロットとして戦場に立つ場合、そういった付き合いの話は忘れなければならないものなのさ。スパイを殺せと命令されたらそのスパイが友人だった、なんて事もあったさ」
その話の重さに界人は愕然とした。そして自分に置き換えて考えたとき、その辛さを一段と思い知った。
「辛いと思った事はないんですか? 」
「あるさ、そりゃあもう数え切れないほどに」
排気口に向かって煙を吐き出すフォックス。あまり触れたくない過去を思い出したのか、少し苦そうな顔をする。
「だが今の俺は恵まれている。少なくとも裏切りそうな奴はおらんからな」
そしてにやっと口角を上げると界人の肩を叩いた。
「裏切らず、そして死ぬな。最後の瞬間まで『生きろ』と願え。それがパイロットに必要な強さだ」
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「被検体第一号は死亡、その他の量産体も香港保管分は全てロストとは随分な損失だな」
アルフレッドが静かに呟く。あまりに静かなその声からですら怒りが読み取れる。
「問題ない、重慶の生産ラインを本格稼働させるさ。次の国連総会までには数は揃う」
「よく言った一星イーシン君。出来るだけ頼むよ」
最高セキュリティの整った国連本部理事会会議室にて、アルフレッドは二つの画面を相手に頷いた。勿論、録音機能すら勝手に操作できるのが理事である彼の強みでもあった。
「してアルバート君、全員分用意出来そうかね? 」
「お任せあれ、すでに投票権を持つ全国家代表に根回しが済んでいる」
勿論、相手はこの二人である。企みは順調に進んでいるらしい。
「後はこちらの仕事だ。任せたまえ」
「えぇ、期待していますよ」
一星とアルバートに微笑んだ後、アルフレッドが不思議そうに画面を見比べる。
「フェルディナンドはどうした? 」
「彼なら今、量産型第五世代の生産効率向上化のための開発に勤しんでおりますし、手が離せんのでしょうな」
「そうか。ではまた、次は国連総会にて会おう」
「はい、お疲れ様です」
「了解した。アルフレッドさんの手腕に期待していますよ」
三人は同時に画面を閉じた。
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組織解説:Hive
現在構成員395名、うちパイロット72名、メカニック280名。
世界に存在する最大の『国家に属さないギアを所持する正式な実力組織』である。主な任務を非戦闘員の保護とその警護としているが、要請があれば戦闘への実力介入も行っている。
チーフパイロットはフォックス。このニュースが世界中を飛び回り、フォックスの不死身伝説や国連による戦争終結計画など様々な憶測を生むこととなる。
国連主導の『戦略地下水路開通計画』による大規模な水路を本部施設地下に有しており、ここに停泊させてあるジャックフィッシュ級輸送潜水艦を使って任務に出動する
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