第37話 決別 その二

ゼロの太刀とロバート機の乗るギアのバトルナイフが激しくぶつかり合う。


「あなたを超えるッッ!! 」


「なら御託並べずにやってみせろロバートォォ!! 」


二回目の突進を太刀の刃の曲線を活かしつつ威力を削ぎながらゼロがカウンター気味に柄頭を振り下ろす。


「分かりきったことを……! 」


ロバートは上から来る攻撃を腕を交差させて防ぎつつバックステップで下から繰り出された蹴りを回避した。


「第四世代か…… 『リーパー』か? 」


画面越しの敵をスキャンして機種を割り出すフォックス。唯一該当した格闘用最新機の画像と見比べ、その差に気付いた。


「ブーストモーターか、動きを速くしたところで大して変わらんというのに」


確かにロバートのリーパーは参考画像に比べてかなり間接が膨らんでいるように見える。恐らくは更なる瞬発力を求めて増設モーターを搭載しているようだ。


「だが確かにあなたを捉えているぞ! 」


確かに、幾度かその刃が装甲を掠めたのかゼロの肩口に当たる装甲の塗装が広範囲にわたって剥がれていた。


「ほぉ」


それでもフォックスの顔から余裕の色が消えることはなかった。


「なぜ驚かない? 」


「そういうところだよロバート。常に結果だけで動くから直線的な運動しか出来ない」


再びリーパーが動き出す、がそれを読んでいるかのようにゼロが太刀で下から切り上げる、


「!!? 」


「な? 動きが単調だと言ったろ? 」


予想外の攻撃に体勢を崩すリーパー。その隙を見逃すことなくゼロはコックピットの真上を正確に踏みつけた。


「さっさと反撃してみろ! 」


「なめるなァァァ!! 」


リーパーがゼロを払いのける。立ち上がりながら足元に落ちているバトルハンマーに持ち替えた。


「私はっ! あなたに勝つためにここまでやったのだ!! ここで負けるなど絶対にあり得んんん!! 」


三度目の突進を仕掛けるリーパーにゼロが太刀を振り下ろす。ロバートも負けじとハンマーを振り上げ防御し、二つの武器が交差した。


「なっ!? 」


武器の相性というものがある。もしも打ち合いになった場合、耐久度という意味では切れ味を求めた太刀よりはただひたすらに相手を叩き潰すための武器であるハンマーの方に軍配が上がる。


「もらったァ!! 」


勝ち誇った様にハンマーを振り上げるロバート。その時、突如リーパーが体勢を崩した。


「何を!? 」


「俺が戦闘中に二回も同じ技を使うとは思わなかったろ? 」


完全に打ち合いに気を取られていた。ロバートはゼロが折れた柄でギアの頭を殴り付けたことに反応が遅れたのだ。


「薬に頼って『恐怖』を押し込めたのが仇になったな、だから愚直過ぎるといったんだよ」


その時、ロバートの目に光るものが写る。それは、折れて宙に舞い上がった太刀の刃だった。


「ゲームオーバーだ」


ゼロが刃の折れた部分に右手を添え、一気に突き出した。刃は喉元の装甲の隙間を軽々と突き抜け、コックピットのある辺りまで深く届いた。





「………よぉ、意識はあるか? 」


千切れかけたコックピットハッチを片手で払いのけ、フォックスはロバートに話しかけた。


「えぇ、はっきりと」


変わり果てたロバートの姿にフォックスはあらゆる感情が溢れそうになった。削げ落ちた頬も血走った目も、何もかもがロバートの苦悩を表しているようで胸を締め付けられるような感触であった。


「そんな顔しないでくださいよ、あなたは常に気高くいてくれないと」


「かつての部下を手にかけて飄々としていろと? 俺はそこまで馬鹿じゃない」


「だが、あなたはそういった感情を表に出しはしなかった。心のうちで悩んでいても、絶対に」


ロバートが手を伸ばす。その手には血に濡れたドッグタグが握られていた。


「これを、あなたに」


その腕を見たフォックスの目には熱いものがこみ上げてきた。そしてロバートの手を静かに、しかし力強く握りしめた。


「すまない」


「いいんです、出来もしないことに手を伸ばした末路だから…… あなたの教えを理解しなかった私のせいだから…… 」


ロバートの腕から力が消える。フォックスがその手を開いてドッグタグを受けとると、ロバートの腕は力なく横たわった。フォックスの頬に涙が光る。


「………悲しいなぁ」


フォックスがタバコを取り出し、コックピットの縁に座り込んだ。そして一口目の煙を吐いて次第に白み始めた空を見上げて以降、一度もロバートを見下ろすことはなかった。


「さて、行くか」


そして、腰に差してあったナイフをコックピットの中に落とした。


「持ってきな、餞別がわりにとっておけ」



そしてフォックスはリーパーから滑り下り、隣に停めてあったゼロに乗り込んだ。


──────────────────────


「遅いですね、隊長」


界人が心配そうに格納庫のゲートを見つめる。その空気が伝わったのかユリもオロオロと界人の回りをうろつき始めた。


「そうあせるな、そろそろ帰って来る頃だろうさ、ほら」


レオンが界人の肩を持つと同時にブザーが鳴り響き、ゲートが開く。当然、次の瞬間には艦に帰って来たゼロの姿が見える。


「あ、隊長…… 」


すぐさま声をかけようとしたが、界人はフォックスの異変に気付いて声をつぐんだ。ゼロの装甲に残ったダメージの跡といい、界人は何か触れていけないような空気に気付いてしまった。


「遅かったな。どうしたんだ? 」


いつもは笑顔で冗談を返すフォックスが、今日は表情一つ変えずにレオンに何かを手渡す。するとレオンはその場で膝から崩れた。フォックスが界人に歩み寄る。


「すまんな界人、今日は先に寝かせてもらう」


燃え尽きたようにふらふらと格納庫を去っていくフォックスの後ろ姿を、界人はいつまでも眺めていた。

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