第32話 香港へ
「頭が痛い……… 」
大型輸送用潜水艦『ジャックフィッシュ』は船体の揺れを防ぐためにあらゆる工夫がされており、そう簡単には揺れることがない。だというのに界人は3日前の酔いをまだ引きずっていた。
「ほーら、シャキッとしなさいよ。もうすぐ香港に着くよ」
ユリが必死に界人を宥める。
「本当に、済まない……… 」
一方でフォックスとレオンの二人は酒場の倉庫が悲鳴を上げるほどに飲んだというのに二日酔いの欠片も見当たらない。
「やっぱり酒には相性があるから仕方ないな。大体、俺相手にダーツ勝負は分が悪いだろうよ」
「だが男ならもう少し格好いいところを見せたかったんだろうさ、だろう? 」
「だったら隊長は何が出来ないんですか……… 」
界人がふらふらと立ち上がる。さすがにそろそろしっかりしないとまずいと思ったのだろうか。
「まぁそこはおいといてだな、今からやるのは制圧任務だ。詳細は港に着いてから話すけど」
「制圧、ですか?」
「おう。しかもちょいと特殊な施設でな、制圧後は完全に破壊してほしいと理事会からも連絡が来ている。だから八つも小隊を連れてきてるだろ? そういうことなのさ 」
「結構大がかりになるんですか。嫌な話ですね、全く」
排水による振動が艦内を駆け巡る。格納庫で作業をしているクルーが一斉に浮上時の衝撃に備えるのが画面越しに見えた。
「さて、どんな相手になるのやら……… 」
コックピットのCGを調整しながらフォックスは一人呟いた。
その頃、香港にある一星産業第4ギア工廠の取締役室にてフェルディナンドと劉が会合を開いていた。
「………それで、既に遺伝子操作による調整済みクローンの生産を既に行っていると? 」
「そうだよフェルディナンド君。これからの時代はパイロットすらも量産出来るようになる事を証明していかねばな」
劉の顔は言動とは不釣り合いな不敵な笑みを浮かべる。フェルディナンドはその笑みに一抹の恐怖を覚えた。
「何がしたいんです? 」
「『神の尖兵』を作るのだよ! 人類を一つの国家にまとめ上げ支配するには一見無慈悲ともとれる神の使者がいる。元から感情を持ちもしないクローンならば誰の人権も傷付ける事もない、完璧じゃないか!! 」
その恐怖は確信を伴ってフェルディナンドの肩にのしかかった。もはや劉からは人間としての思考が感じられない。
「神、か……… 」
「どうした? 狐に摘ままれた様な顔をしておるぞ? 」
「いえ、おとぎ話のような話に頭がついかないんです」
「おとぎ話で終わるだと? そんな事はない! 我々は新時代に神として降臨するのさ!! 」
劉のこの発言でフェルディナンドは予感を確信に変えることが出来た。そして、彼らの思考に従うことも出来ないと感じた。
「なら私はあなたたちの忠実な僕となりましょう。投薬調整のデータはここに」
「感謝するよフェルディナンド君。君のように優秀な人間は話が分かってありがたい」
封のしてある分厚い封筒を差し出し、フェルディナンドは席を立つ。
「では、私はこれにて失礼します。色々やりたいこともあるのでね」
「おう、頑張りたまえ」
静かに扉を閉め、フェルディナンドは劉の元を後にした、一人残った劉は書類の中身を確認しながら独り言を溢す。
「そういえば、彼がやりたいこととは何なのだ? そんなに趣味があるわけでもなかろうに」
浮上が完了し、船体が水平になったのを確認し終わったところで、ジャックフィッシュに乗艦する全てのクルーが格納庫に集合した。
「全員集まったか? よし、では今回の任務を説明する。資料を見てくれ」
全員が一斉に資料のプリントに目を落とす。
「詳しい話はそれぞれの班でやってもらうのだが全体の大きな流れとして、まずはここにいる全員を三つの班に分ける。俺と動く実働班、ユリの指示でギアの調整をする班、レオンの元で情報収集をする班の三つだ。基本的な班分けは資料に記載してある通りだ、就任したての頃から成長したところを見せてほしい。以上! 各班はリーダーを中心にブリーフィングを開始せよ!! 」
こうして、香港での任務が始まった。これが大きな嵐を生むとも知らないで………
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