第31話『繋ぐ』とは

「……終わらん」


積み上げられた書類の山と格闘しながらフォックスは呟いた。単純に量が多いのではなく、まるで終わりのない借金の様に次から次に増えていくのである。


「おいフィリップ、これ絶対に関係ないもんまで混ざってるだろうが! 」


「さぁ、気のせいじゃないか? 」


「馬鹿か貴様は! 一週間もオフィスにこもって1日10時間労働しているのに終わらない書類整理があるか!! 」


「立て続けに任務に出ていて一ヶ月も事務を放置していたんだ。仕方ない事だろう? 」


「だったらよぉ…… 」


書類の束をデスクに投げつけながらフォックスが辺りを見渡す。そして堪りかねたように両手で天板を叩いた。


「界人やユリはどこ行ったぁぁぁ!! 」





「………ックショイ! あれ? おっかしいなぁ、なんで…… 」


界人が鼻をすすると、ユリが心配そうに界人の顔を覗き込む。


「大丈夫? 風邪でも引いたの? 」


「いや、多分気のせいだろう。そんな事よりお店はどこだい? 全く分からんのだけども」


界人が辺りを見渡す。確かに酒場街で似たような店が多く、分かりづらい。


「ここだって。レオンさんが店の名前をメールで送ってくれたから、ほら」


「へぇ、随分お洒落な店だね」


レオンのメールに添付されている写真と店の看板を見比べ、間違えていないことを二人で確認する。その仕草は正しく『お似合い』である。


「ここのバーボンがお気に入りなんだってさ。他のみんなは? 」


「3小隊と14小隊はすぐに来るってさ。他は飾り付けの買い出しに行ってるからもう少しかかるって連絡が来てる」


「じゃあ先に入っとこうよ、レオンさんも待ってるみたいだし」


他の通行人が居づらくなるほどの仲睦まじい状態であろう。二人は手を繋いで店の中に入っていった。




「終わったぁぁ!、もう無理…… 」


フォックスが更地になったデスクに倒れ込む。そのまま放置していれば5分とかからずに寝入ってしまいそうな程に完璧な倒れ方だった。


「お疲れさん。おっ、そうだ」


書類を受け取って目を通しながらフィリップが思い出したようにフォックスに声をかける。


「今から飲みに行かないか? 一杯だけなら付き合うが」


「………何を企んでいる? 」


どうも怪しい。普段は下戸な事を言い訳に絶対に飲みに行く事もなければ飲みに誘うはずもないフィリップが突然飲みに行こうと言い出したのだ。フォックスの反応は至極当然なものである。


「まぁ細かい事は気にせずに、な? 」


「………はぁ、分かったよ。少し待ってくれ」


もはや勘ぐる事さえ面倒に感じたため、フォックスはフィリップの言うことに従うことにした。




「……絶対怪しい」


連れてこられた店には見覚えがある。なぜゆえにフィリップが自分の行き付けを知っているのかは知らないが、恐らくは偶然ではないだろう。


「何をする気だ? 答え次第では……」


「細かい事は気にしないっ! 」


「おい馬鹿野郎! 押すなって…… 」


思いっきり押し飛ばされたフォックスが倒れ込みながら店のドアを潜ると、衝撃的な光景が待っていた。


「おめでとうございます!!!! 」


「…………? 」


次の界人の一言がなければ、フォックスはあまりの急展開に戦闘態勢に入るところであった。


「5月15日、隊長の誕生日ですよね? 」


「ん? あぁ確かにそうだが……」


そう言われて初めて腕時計のカレンダーで日付を確認するフォックス。数秒の間を置いて、誰も聞いたことがないような声を上げた。


「あれぇ? 今日か、そうか今日か!! 忘れとった」


「相変わらず、自分の事には興味がないのだなお前は」


レオンがジョッキを突き出した。


「ほれ、今日はお前が主役だよ」




「………ップハァ、しっかしあれだな、今さらになって誕生日を祝ってもらうなど考えたこともなかったな」


一人グラスでバーボンを煽りながらパーティーの中心から離れた所で周りを見渡し、感慨に耽るフォックス。既に大体の挨拶やイベントを終了させ、全員がアルコールのせいで上機嫌である。


「………賑やかになったもんだ。いつ見ても活気のある若者はいいねぇ」


「そういえば、チーフって何歳になったんですか? 」


パイロットメンバーの一人が質問する。これほどに密接な関係だというのに、皆が年齢を知りたがった。


「ん? 俺は今日で42だな」


「42ィ!? 」


会場がなんとも言えない空気に包まれた。女性クルーの中にはグラスを床に落とす者までいる。


「若すぎませんか? まだ35くらいだと思ってました」


「まぁ、好きなことやって生きてるんだから老化の進みは遅いかもな! 」


フォックスがグラスをジョッキに持ち替える。


「さぁ、まだまだやるぞぉ! 誰かダーツでもやらんかね? 」


「じゃあ、僕が相手しますよ」


立ち上がった界人に他のメンバーはというと、


「また負けが増えるぞ!」


「ユリちゃんのためにも勝てよ!! 」


と野次を飛ばしまくる。


「よっしゃ、じゃあ一投目は譲ってやる」


「今度こそ…… 」


矢を手に取り、界人が構える。慎重に狙いをつけ、水平に放たれた矢は見事に的の真ん中を射抜いた。


「よし!! 」


「やるじゃねぇか、じゃあ俺も……ホイッと」


座ったまま、界人よりも遠い位置からフォックスの矢が的の中心を捉える。ここで界人の闘争心に火がついた。


「じゃあ僕だって…… 」


フォックスよりも一歩遠い所から矢を投げる。またしても的の中心である。


「やるねぇ」


フォックスも立ち上がり、界人の更に奥に行く。


「そぉら!! 」


フォックスの矢も見事中心に命中する。


「勝負はこっからじゃい!! 」


フォックスが界人の肩を引き寄せる。「負ける気はありませんから! 」と界人も気合いを入れ直した………




「………うぅ……… 」


結局9回連続でダーツ勝負に敗北し、界人は負けの数だけビールを飲んだ。勿論、ただでは済まなかった。


「……駄目だぁ、どこまでもあの人が凄すぎる」


「……そろそろ界人が勝つ所が見たいー! 」


ユリが界人に肩を貸している状況なので、他人目線ではどうしようもなく格好悪いのは理解していた。


「……次はさ、絶対に…… 」


ユリの肩に荷重がかかった。恐らく寝てしまったのだろうか、「もぅ…… 」とユリが呟くと、突然界人が何者かに担ぎ上げられた。


「ふぅ、相変わらず無茶が好きだな界人は」


見かねたレオンが界人を担いだのだ。絵面としては更に惨めなものとなったが、界人の意識はとっくに夢の中である。


「しかしフォックス、手加減くらいはしてやらないと界人の身がもたないぞ? 」


フォックスはポケットからタバコを取り出し、火をつける。


「こうやって誰かが壁にならんとあらゆる事において人は成長出来んのさ。俺だってそうさ、こいつがいるから技術を保てている」


煙を吐き出しながら界人を見やる。


「界人はいつか俺を抜いていくだろう。それは間違いない事さ」


そしてフォックスはユリの頭に手を置いた。


「ここまで一途な男が見つかったんだ。そろそろ正直になってみろ、な? 」


その手はまるで父親の様にユリの頭を包み込んだ。少し俯いて恥ずかしそうにするユリを見ながら微笑み、フォックスは手をどけた。


「今すぐにとは言わんさ、せめて俺が死ぬまでには界人の告白を受け取ってやれよ」


酔いのせいなのかそれとも恥ずかしさからか、ユリは頬を赤らめながら頷いた。

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