第22話 前略、屋上より その一

「うぅ…… 」


頭が痛い。フォックスやレオンのザル具合に合わせて飲みすぎただろうか。合成食材による食事が増えどんどん不味くなる中、酒だけは製法が変わらない。界人は特にウィスキーが好きで、暇があればボトルを買い漁っている。


「み、水…… 」


初任務を無事終え、次の任務まで時間が空くからといって特務小隊で飲みに出掛けたのだ。結果、フォックスのとんでもない酒豪っぷりと、レオンのフォックスを超える『枠』っぷりにつられ、一人で3ボトルも空にした。いつもは一週間にグラス3杯程度なので、一気に飲むことに体が慣れていない。とりあえず水をがぶ飲みした上でトイレに駆け込み、頭痛と吐き気は止まった。


「しかしなぁ…… 」


することがない。なんといってもユリが整備のために今日1日は格納庫に缶詰め状態になるのが大きかった。映画の一件以来、休日は『ユリと』いることが多かった。仲良くなっただけではない、趣味が合うのだ。


ゲームやアニメ、その他の娯楽コンテンツは22世紀半ばにはネタが切れ、基本は昔の作品を最新技術でリバイバルするのが当たり前となっている。そんな中でもユリはとんでもない程の『アニメ好き』で、リバイバルも然り、原作すら知り尽くしている生粋のオタクである。




実のところ、経済自体も25世紀には成長が停止した。人口の増加と土地不足、そして『国連の基本方針に基づいたユニバーサル・ファクトリー社の後進国支援の成功』は世界経済の爆発的成長を促したが、いわゆる後進国と呼ばれた国々が21世紀の先進国程度の水準にまで成長した時点で成長が完全停止した。それ以上の成長は物理的に不可能となったのだ。


国連理事会は最後まで、宇宙進出による経済規模自体の拡大を模索し続けた。しかし、一部企業の上層部はそれを拒んだ。彼らの発想は『行き着く所までいったのだから、一旦リセットすれば良い』である。既に膨らみきった人口を支えるだけの財政を展開できなくなった先進国の市場そのものを独占していた大企業たちはその独占力を『宇宙進出による地球統一政府の完成によって奪われる』ことを嫌がったのだ。


結果大企業はスクラップ&ビルドの発想の下、ギアの軍事転用を模索し、導入した。その結果がこの有り様である。狙い通りといってもいいがギア関連産業の甘い汁のみを企業が吸い続けるため、世界自体が停滞しつつあるのが現状である。





そんなわけで、アニメを放送する余裕のあるテレビ局はそうそうないし、このご時世でカジノやテーマパークもあるはずもない。残っているのは基本映像のみで、そんなものを見るならアニメを見ている方が面白い、というのが界人の本音である。そのため、ユリとよく気が合った。


「……言われてみると一人って暇だな」


やることがない。昔は一人の時も色々やっていたのだろうが今となっては昔の話だ。他の新人を呼ぶにしても任務で出払っており、本部にいるのはフィリップ代表と特務小隊、そして一部のメカニックだけで、とても誘いをかけられる相手ではない。そんな時、突然ノックの音がした。


「お〜い界人、暇なら少し付き合え」


「え!?あ、隊長!了解です!! 」





その頃、ユニバーサル・ファクトリー社の本部の会議室に、大きな画面に囲まれたアルフレッドが独り言の様にも見える状態でテレビ会議を行っていた。


「さて、これで四人揃ったか? 」


画面の向こうには、アルフレッドと同じように画面に囲まれた男性が三人、どこかに出張中の理事に見えないこともない。


「いえいえ、お気にならさず」


いかにもアジア人な風貌の狐目の男が答える。どうやらそこまで密接というわけではないらしい。


「あなたも国連理事の一人ですからな。周りの目もハイネごときとは違いかなりお厳しいことでしょう」


アルフレッドと同い年くらいの恰幅の良い銀髪の中年がはまきを灰皿に置く。どうやら、ユニバーサル・ファクトリーの上役の誰かというわけではないらしい。


「でだアルフレッドさん、現状を見るに第五世代は完成したようだね」


狐目のアジア人男性がアルフレッドに話題を促す。咳払いをしてからアルフレッドが応じる。


「勿論だよ四星スーシン君。ついでに『エンジンの二つ載せ』も成功した」


おぉ、と画面越しの三人が感嘆の声を漏らす。


「これで、真に『計画』が進められますな」


この中では一番若いであろう金髪碧眼の青年が大きく頷く。いかにも大企業の御曹司らしいきっちりとしたスーツである。


「そのためには一度君らにもここに集ってもらわねばならん。手はあるかね? 」


「やり口はある。軍部と癒着しとる役員共を全員更迭してやるもよし、フェルディナンド君はボケた父親ごと役員体制を変えてしまえば問題ない」


再び中年が葉巻をくわえる。「その発想はなかったね」と金髪の青年が感慨深く腕を組む。


「外部ユニットはどこの会社が作っても構わんのだが、作りたいやつはいるか? 」


アルフレッドが一枚の設計図を机の上に広げる。


「ならば我らがトレック・インダストリアルが責任を持って建造しましょう。ついでに武装設計にテクノ・フロンティア系の技術を入れたいのですが……アルバートさん、技術者借りたり出来ますかね? 」


「おぉ、構わんよ。首を斜めに振らんやつをダースで送りつけよう」


「ならば我が社が担当しましょう」


フェルディナンドと呼ばれた青年と、アルバートとおぼしき中年がアルフレッドに目線を送る。アルフレッドは満足そうに頷いた。


「では、スクラップ&ビルドの先に、第三の世界を開くために、我らが計画に光明の差さんことを」


画面が暗転し、会議室の照明が点灯する。しばしの間を置いて、アルフレッドは内線にて秘書室に電話をかける。


「私だ、フェルディナンド君にあの設計図を送ってくれ。勿論、秘密裏に頼むよ」


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