第16話 お互いの思い

「………はぁ」


全くと言っていいほどに、玉砕である。フォックスが来なかった事がいけないのか自分の不甲斐なさがなせる業なのか、ユリは映画の間一言も発さなかった。


「ご注文はお決まりですか?」


「カプチーノとハムサンド」


完全にユリのご機嫌は斜めである。傾斜具合はかなりの急勾配である。


「じゃ、じゃあ僕はブラックで…… 」


空気の堅さが肌に突き刺さる。このままではどうしようもなさそうだと思ったその時、突如ユリが動いた。


「どこがいいの? 」


「え? 」


唐突過ぎる問いに言葉が詰まる。すると呆れた様子でユリが頬杖をつく。


「どーせフォックスに言われて来たんでしょ?このチケットは私がフォックスに渡したんだから」


「そ、そうなのか? 」


フォックスが買ったものではないのが驚きだが、今はそんな事はどうだっていい。


「それで、『どこがいい?』ってどういうことだい? 」


「もしかして、私の髪が長い理由を知らないの?まあ、当然よね」


そういうと、彼女は髪を掬い上げる。そこには、痛々しい火傷の跡があった。


「私、他人と関わることが怖いの…… 」


そういえば彼女は物心つく前から身売りに遭っていたことを思い出した。何か関係があるのだろうか?


「詳しくは聞かないけど、フォックスとも関わりたくないと? 」


「そんな事はない!でも、フォックス以外は……ね…… 」


どうやら関わり方が分からないだけらしい。


「フォックスと同じようにしてれば良いじゃないか。別に誰も気にしないと思うよ? 」


「私が良くても、他の人は…… 」


ここで注文の品が到着し、運良く空気を変えることに成功した。


「……とりあえず食べるか? 」


「う、うん…… 」


気まずさは回避出来たらしい。一口目を頬張るユリを眺めていると、壮絶な過去や彼女の気難しさ等は一切感じられない。


「何がそんなに怖いんだ? 」


「だって、私みたいな『要らない子』を構ったところで意味ないでしょ? 」


「『要らない子』? 」


引っかかった。いや、引っかかったと言うよりは答えが見えたという方が正確かもしれない。


「話を変えようか。俺の話を聞いてくれないか?ついでで構わない」


界人の目を見て何かを察したのか、ユリは黙って頷いた。


「実はさ、俺パイロットになるために家出したんだ」


「え? 」


「両親が医者なんだけど学者馬鹿でね、人を見る目がなかったもんで借金こさえて破産した」


ユリの手が止まった。さすがに重すぎただろうか?


「それでも頭の悪い俺には『出来損ない』の一点張りでね、嫌になって家を出た。悪いことをしたとは思ってないさ」


「でも、それって…… 」


「そう、『親に恵まれなかった』という意味では君と変わらないだろうね。それに、もう1つ似てることがある」


ユリが首を傾げた。それもそのはずで、自分もフォックスに出会うまで気付けなかった事である。


「『見栄を』張りすぎなんだよ、別に無理することないじゃないか」


「………… 」


いきなり核心を攻めすぎただろうか。ユリの表情が曇っていく。


「だ、だからさ……一人くらい同属がいたって良いじゃないか、な? 」


とっておきの物を見せた。それは、背中一面に残った火傷痕である。


「……そうだね、悪くないかも」


少し俯いたあと、ユリが界人を見上げながら微笑んだ。その顔は、フォックスにだけ見せていた『女子の顔』である。界人の心が少しだけ踊った。


「さぁ、やることもなくなったし帰ろうか? 」


「やることないならさ、買い物につきあってよ。それくらいはしてくれても良いんじゃない? 」


これ見よがしにユリが界人の腕に抱きついた。界人は心の中でフォックスに今までないほどに感謝した。





「で?望む結果に落ち着いてくれたか? 」


カフェの一角にて新聞を広げつつ、二人を観察していた人影がある。勿論、正体はレオンとフォックスである。


「おう、ばっちり。これでとりあえずはどうにかなりそうだわ」


二人がカフェを後にするのを見届け、二人は新聞を畳む。レオンが身を乗り出しながらフォックスを見上げる。


「ところで、どんな映画にしたんだ? 」


「お?気になるか。じゃあ見に行かんか? 」


フォックスが上着からチケットを取り出す。レオンはチケットのイラストを見て、映画のタイトルを理解した。


「さてはフォックス君、最初からあの二人をくっ付けるつもりだったな? 」


「流石はレオン大佐、よく分かっていらっしゃる」


なぜなら、その映画をフォックスが最初に見たのは、レオンとの初デートである。勿論レオンもしっかりと覚えていた。


「思い出しに行くか? 」


「あぁ、悪くない」


フォックスとレオンは席を立ち、手を繋ぎながらカフェを後にした。

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