第26話
きっかり5分後に成田が店に入ってきた。
「いらっしゃい」
「休み時間に悪いな」
「一度や二度じゃないでしょ」
成田は顔を緩めたが俺を見ると険しい顔に変わって席についた。
役人らしい地味なスーツを着込んだ成田は、映像で見た印象とは違い小男だった。薄くなりかけた頭髪を整髪剤でなでつけ綺麗に整えていた。全体的に大人しい雰囲気に見えたがそれは見せかけだ。その身のこなしと異様にぎらつく目は隠し切れない。こういうタイプに小細工は利かない。
「お前が真山か?何者だ?」
「昨年、あなたがクレームをつけたタクシー運転手の同期です」
「やっぱりあいつらの仲間か。俺は、ふ頭で時間通りに待っていたんだぞ。何で来なかったんだ?映像は持ってきたのか?パソコンはどうした?」
成田が一気に捲し立てる。パズルのピースがカチリカチリと音を立てて嵌っていく。
「パソコンは私が持っていますが今日は持ってきていません。成田さん、ここで話していい内容なんですね?」
成田は不思議そうに俺を見た。
「そんな神経を使うような奴があいつらの仲間なのか?」
「あなたが誰のことを言っているのかわかりませんが、この話題はこの店には合わないような気がしただけです」
成田が笑った。意外に人の好い笑い方をする。俺の感覚はこの店のフィルターに覆われてしまったのだろうか。
「いい店だろ。ここは先代がやっている頃から通っている。あの子がまだ高校生の頃からだ。」
成田の前に珈琲が出された。
「真山さん、気にしないでください」
あの子とはこの女性のことだろう。
「ほぉ、珍しいな」
成田はそう言って珈琲を口にした。
「何が珍しいんですか?」
俺の問いに成田は答えなかったが、態度を軟化させたように見えた。
「映像を渡さなければ金も渡せない。大野にそう言っておけ」
成田の言葉に少なからず動揺した俺は気取られないように間を置いて珈琲を一口飲んだ。最初の一口より苦い味がした。やはり大野は浮気をネタに成田を脅迫していたのか。
「その大野が失踪したんですよ。瑞穂ふ頭に行ったあの日に」
「瑞穂ふ頭?俺が言っているのは芝浦ふ頭だ。失踪だと?嘘をつくな。昨日大野から電話があったぞ。取引は改めて行うから連絡を待てと」
今度の成田の言葉にはさすがに動揺を隠せなかった。
「大野から連絡があったんですか?本当に大野でしたか?」
成田が怪訝な目を向けてくる。
「あいつらの仲間じゃないってのは本当らしいな?お前、本当にパソコンを持っているのか?」
成田が頻りと”あいつら”と言っているのが気にかかった。なぜ複数形なのだ?俺は携帯電話を取り出して成田と愛人が戯れ合っている静止画を見せた。
「わかった、わかったから仕舞ってくれ」
「こちらの質問に答えてください。大野から連絡があったというのは本当ですか?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。」
成田は携帯電話を取り出した。
「昨日の夜――、これだ。ほら見てくれ」
昨日の20時04分に着信があった記録を見せられたがそれは大野の携帯番号ではなかった。誰なんだ?
「いま電話をしてみてもらえますか?」
「今ここでか?大野はまだ会社だろ?出ないと思うが」
「会社?」
「お宅のところの所長は平日の昼間から遊び回っているのか?」
所長――?頭を思いっきり殴られた気がした。まさか――、いや、もしかしたら――。
「私はあなたが殴られた時に運転していたドライバーの大野の同期です、所長がどう関係しているんですか?」
「そうか、確かあの運転手もおおのと言ったな。おたくの会社のおおのはろくな奴が居ないな。私が言っているのは
新宿営業所の所長、天野はあまのではなくおおのと読むのだ。あのノートパソコンのログインIDはoonoだったことから俺はてっきり大野の持ち物かと思っていたが、あれが
車内映像を抜き出すことも会社の責任者である
しかしそうなると大野は
いや、違う。それならあの日、パソコンを持って出かけたはずだ。それに取引場所は芝浦ふ頭だった。瑞穂ふ頭に迎車で行ったのはいったい何故だ?瑞穂ふ頭に何があるのだ?
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