そして真相が明らかになる
第25話
「その成田って男に会ってみようと思います」
「会ってどうするんだ?」
これまでの全ての事象を考えると行き着く場所は二つしかないと俺は推測していた。それをはっきりさせるためにも成田に会う必要があった。梅島に俺の推測を話した。
「もしお前の推測通りだとしたら概ね説明はつくが――。大野のことはどちらに転ぶかわからないってことだな」
「はい。そこも含めて成田に会おうと考えています」
「気をつけろよ。真山」
「ありがとうございます。郷田が出社したら教えてもらえますか?」
「わかった」
梅島との電話を終え、車を降りてタバコに火をつけた。身体は全く休まらず、客を探して流す気力も無かった。一旦出庫したら自分の裁量で仕事の配分を決められるのがタクシー運転手の特徴だ。その分、自分をきちんと律することが出来なければ稼ぐことはできない。家族持ちの乗務員は文字通り骨身を削って必死で稼ぎ家族を養っているが、俺のような独身者は稼ぐ理由を持たなければモチベーションは上がらない。稼ぎは減り会社からは小言を言われ転職するには年を取り過ぎている。
「がんじがらめ……か」
空に向かってタバコの煙を吐き出すと、新宿御苑の上に赤い半月がやけにでっかく見えていた。
翌日仕事を終えて家に戻った俺は大野のパソコンを立ち上げ、車内映像から成田と愛人が戯れ合う様子を静止画で保存しスマホに取り込んだ。押し入れから手持ちで最もまともに見えるスーツを引っ張り出して着替え外に出た。
成田の勤める関東運輸局は横浜にあった。成田の住む大宮からはJR一本で一時間もあれば着く。俺の住む北千住からは乗り換えも含めると同じくらいの時間がかかった。横浜のみなとみらい辺りは東京とは街の雰囲気も違うがオフィスが並ぶ一画はスーツを着ていれば浮いた存在ではなかった。
関東運輸局のビルには出入口が二ヶ所あった。正面側は大通りに面していて車やタクシーを利用するならこちらから出入りするが、ちょうど真裏に当たる出入り口は最寄り駅に近く、電車を利用するなら裏口を使うと思われた。一人で張り込むには厄介な場所だ。
成田の行動は予測がつかない。横浜まで出向く時間はそうそう取れない。空振りに終わるのは避けたかった。こういう時じっと待つよりはこちらからアクションを起こした方が手っ取り早い。俺は成田に電話をして呼び出すことにした。
「はい、自動車交通部です」
「成田さんはいらっしゃいますか?」
「どちらさまでしょう?」
「真山と言います」
「少々お待ちください」
間の抜けた音質の悪い音楽を暫く聴いていると成田が電話に出た。
「成田ですが、どちらの真山さん?」
「成田さん?少し外に出られますか?」
「すいませんがどういったご用件でしょうか?」
「あなたの浮気のことで話がしたい」
成田の口調が一変して小声になった。
「この前の男じゃないな?お前、何者だ?」
この前の男?
「会社でそんな口を聞いて大丈夫なんですか?少しばかり出られませんか?」
「裏口から出た向かいの喫茶店で待っててくれ。5分ほどで行く」
「職場の近場の店で話す内容じゃないですがよろしいですね?」
「問題ない」
正面側に居た俺は建物の裏側へ回り込んだ。
喫茶店はすぐに見つかった。今では数が減ってしまった古き良き喫茶店で「珈琲舎 レンガ」と看板が出ていた。店に入ろうとするとドアに「CLOSE」の札がかかっていた。俺が立ちすくんでいると、ベルが心地よい音を響かせステンドグラスが装飾されたドアが開いて女性が顔を出した。
「真山さん?」
「はい」
「成田さんから電話がありました。どうぞ」
やはりここは成田の馴染みの店だ。この時間に店が閉まっているはずがないから無理を言って貸し切りのようにしてもらったのか?それにしても自分の浮気の話をするのにどういう神経なんだ。俺は女性に続いて店内に入った。酸味の強そうな珈琲の香りと静かなジャズピアノの音に迎え入れられた。漆喰の壁には横浜港の古い写真がいくつも飾られ、海に関係したオブジェが目立つ。
テーブル席が4つとカウンターに椅子が3脚置いてあるだけの小さな店だった。調度品はどれも年季が入っているが清潔だった。こんな状況で来たのでなければゆっくりと落ち着いて過ごすことが出来ただろう。
「お好きな場所へどうぞ」
カウンターの中に戻った女性が言った。
不思議な魅力を持つ女性だった。オーナーだろうか?他に店員は居ない。清潔そうなダンガリーシャツの上にクリーム色のニットカーディガンを羽織っている。折り返された袖口から覗く腕と黒色のスキニーパンツを履きこなす足は細く筋肉質で程よく鍛えられていた。
一見格調高く見える店内を、そのカジュアルな服装が和らげて居心地の良い空間の要素になっていた。ここで成田と話す内容は重い。俺は気が滅入り、成田の策にはまってしまったような気がし始めていた。
店の奥のテーブルに座ると注文もしていないのに珈琲が出された。
「休み時間だから私と同じものでいいかしら?味は保証するわ」
「休み時間だったんですね、申し訳ない」
「申し訳ないって言うより、この時間に休むのか?って顔をしているわよ」
楽しそうに目元を細めて言う。余りペースを乱される前に成田が来てくれないだろうか?そう考えている時点で分が悪くなっているのがわかる。
珈琲は店内に漂っている香りの物だった。強い酸味と苦みがバランスよく濃厚な味だった。旨い。俺の顔を見て満足そうな顔をした女性はカウンターの中に戻り読みかけだった本を手に取った。
ギャビン・ライアルの名作「深夜プラス1」。どこまでもいい趣味だ。
俺はボイスレコーダーを取り出して録音ボタンを押し、テーブルに立てかけられたメニューの後ろに隠して成田を待った。
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