第24話

「真山、乗務員台帳を見ればそいつを特定できるな?」

「できますが、台帳を社外に持ち出すのは難しいでしょう。もっと簡単な方法があります。梅島さん、携帯電話のメールを見ることはできますか?」

「人を年寄り扱いしやがって。娘からしっかり教わったから大丈夫だ」

「今から男の顔を送ります」


 メールを送ったがぶつぶつと呟やく声と操作音が聞こえてくるだけだ。


「開けましたか?」

「ち、ちょっと待ってくれ」


 暫くして梅島は言った。画像を開けたようだ。


「こいつは郷田だ。間違いない、うちの乗務員だ」


 郷田か。何者だろう?と俺は考えた。決して慣れてはいないようだったが躊躇なく千尋を尾行していた。もしアパートの張り込みやピッキングによる侵入も郷田の仕業なら、あいつも俺と同じ元探偵なのかもしれない。


「お前たちの二年後に入社しているな」


 梅島は乗務員台帳を見ているようだった。


「今日は当欠しているようだ」 

「郷田は暫く休むかもしれませんよ」


 俺は郷田の顔を傘で殴りつけたことを話した。


「顔にでっかい絆創膏をつけて乗務するわけにはいかんな」

「梅島さん、郷田の前職の記録はありますか?」

「前職は警備員をやっていたようだ。大栄警備保障と書いてある。ただここには1年ほどしか務めていない。その前は自営業になっている。業種は便利屋?なんだ?便利屋ってのは」

「便利屋ですか……。なるほど納得しました」

「どういうことだ?」

「便利屋と言うのは文字通りペット探しから部屋の掃除まで客の要望になんでも応える職業です。中には探偵のように尾行や張り込みをする便利屋も居ますが専門職でない分、そのスキルは低いです」 

「なるほどな。郷田はお前と似たような経歴を持っていたってことか。お前、今回の大野の失踪をどう見ているんだ?」

「大野は娘に、私に連絡をするよう書き置きをしています。大野はこうなることを予期して私に助けを求めたと考えてます。ただ……。」

「なんだ?」

「抜かれていた映像を見たときに既視感を覚えたんですが、あれはまるで浮気調査の証拠集めに見えます」


 浮気調査をする場合、例えばラブホテルを使って浮気をする対象を調査するときは、ラブホテルに浮気相手と入る場面と出てくる場面の記録を撮る必要がある。仮に入る場面しか撮らなかった場合、ホテルには入ったがすぐに出てきた、性行為はなかったと言い張られることがある。数時間後に出てくる場面も併せて撮影しておけば、ラブホテルに入って2~3時間を異性と過ごした証拠として記録される。もちろんホテルの中の様子を撮影することは不可能だが、ラブホテルに入って二人で楽しくお話だけしましたなどという言い逃れは裁判では通用しない。


 同じ理屈で浮気の証拠としては「継続性」も重要なポイントとなる。一夜限りの浮気は気の迷いとして言い通すことが出来るかもしれないが、例えば今回の車内映像の記録のように半年間、特定の相手との蜜月の日々が記録としてあれば浮気の証拠としては堅い。ラブホテル街からの乗車ということだけで、実際にホテルの出入りが写っているわけではないが、車内でのやり取りや男が女の身体を触る様子、最後の映像で男が言ったことを見れば二人がそういう関係にあることは証拠として問題ないはずだ。もし裁判証拠としては弱い物であったとしても、男の妻があの映像を見ればまず浮気と見るに間違いない。


「浮気調査の証拠?誰かが浮気調査をしていたというのか?」

「いえ、そうではないと思います。もし男の妻、もしくは女の夫か彼氏が探偵に依頼をしていたとしても、探偵はタクシーの車内映像を手に入れることは出来ませんよ」

「確かにそうだ。タクシー会社が探偵に客のプライベートを明かすことはない。しかしそれなら誰が何のためにこんなことをしているんだ?」


 梅島の問いは俺が行き着いた疑問そして、ある可能性に対する問いかけだった。


「その日どんな客を乗せたかは乗務員にしかわかりませんよね?」

「それはそうだが……。」

「あのカップルの映像を、全乗務員の記録を全て見て探しだして抜き出すというのは不可能です」

「確かにな。そんな時間は無いし、そもそもトラブルや事故が無ければ会社で映像を確認することはない」

「そうなんです。大野が映像を集めていた以上、どんな形にしろそこに大野の意志があったとしか思えないんです」

「大野は何のためにそんなことを」


 それを大野に直接聞けない以上、判明している事実から導き出すしかなかったが郷田を問い詰めても吐くとは思えない。手掛かりは客の男だ。 


「客の男の記録は残っていましたか?」

「関東運輸局自動車監査指導部の成田武夫。自宅は埼玉県さいたま市大宮区〇〇だ」


 梅島の言った住所は俺が昨夜、映像から聞き取った住所と一致する。成田の所属する部署は厄介だった。


「そこってもろにその筋じゃないですか?」

「そうだ。俺がクレーム担当じゃなくて実は少しホッとしている」


 関東運輸局自動車監査指導部。タクシー事業の指導及び監査の実施を主な業務としている部署だ。タクシー会社にとっては最も怒らせてはまずい相手だ。

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