第3話

 私は職員室から出た後、学生手帳を胸ポケットから出す。

 そして指定された箇所を広げた。

 第三項、第二条。

 ——全校生徒は何かしらの部活動に所属していなければならない。上記に従わない者は停学、後に退学処分とする。


 なんともふざけた文字列がそこには並んでいた。

 ふざけてるというか喧嘩を売っていると言っていい。

 なんだここは。

 本当に進学校なのか。

 神学校や新学校の間違いではないのか。

 出ないとこんなふざけた高速の存在意義が意味わからなすぎるんだが。

 そんな不平を頭の中であふれんばかりに漏らしきり、

 そして実際私の口からも同様に黒い呪詛的な言葉を数個垂れ流して。

 私は教室に戻る。

 周りのクラスメートに目をやる。

 

 ……でもまあ

 確かに、私の周りにいた人間のほとんどが部活動に所属していた、そんな気がする。

 「みんなアクティブなんだなぁ」「すごいなぁ」「立派だなぁ」と勝手に勘違いしていたが、どうやらこの校則のせいでアクティブにならざるを得なかっただけらしい。

 

 はてさて。

 これは困ったことになったな。

 別に困ったことじゃないじゃん。すぐに適当な部活に入ればいいじゃん。それで解決じゃん。  

 と、普通の人は思うだろう。そう考えるだろう。


 しかし、事態はそう簡単ではない。簡単にならない。

 何を隠そうこの『辛学校』

 この部活規則にまたふざけた制限をつけていた。

 それは部活に入るまでの手続き規則で

 それは、年度始めに配られる『部活動申請書』なるものを、所定の期日までに必ず部活動の部長の元まで届け出なくてはいけなくて、

 そしてもしこの期間が過ぎてしまうと来年のこの期間まで部活動の変更はできないから、この期間は絶対遵守で

 そしてその紙を出した部の部長との面接をはじめとする入部手続きを行って、

 次に担任の教師のハンコをもらうため職員室までその『部活動申請書』を持っていき、

 それを押してもらって、

 最後に、校長の最終審査を受け、面接をし、

 そしてようやく、ようやく最後、部活動の一員へとなれる。

 


 なんとも面倒なシステム。

 なんなんだ、区役所かここは。

 


 ……まあ、いい。面倒なのはまだいい。頑張ればなんとかなる話だ。どうにかなる話だ。


 私の場合、まずいのはその『部活動申請書』を提出する『所定の期日』とやらの期限が、もうとっくの昔に過ぎ去ってしまっているってことである。

 

 

 このままだと停学、そして退学。

 しかし、今からではどうすることもできない。

 なんだあの担任。なんでこの状況になるまで私をほっといたんだ。

 まず校長とかもそうだ。一言ぐらい文書で通達してもいいだろうに。まあ確かに私の机の中にはもはやプリントが魔窟のように詰まりきって入るけれど、そういう重要書類はしっかり便箋から色合いを変えていくべきだと思うんですよ。

 というかこの学校もなんだマジ。

 部活にそんな入って欲しいならなんでそんな面倒な期間作ったんだっつーの。わけわかんねえじゃん。

 うわぁないわー。まじないわぁ大人。マジ卍って感じ、くそ萎えぽよって感じなんですけどー。ほんとあり得ないんですけどー。


 とりあえず現代の子供らしく大人に対する不満をぶつけてみるも、状況が変わるわけでも好転するわけでもない。

 むしろ、心なしか虚しくなるだけだった。


 とりあえず。

 翌日、どうしようもない私はとりあえず入学式で仲良くなった友人に相談を持ちかけることにした。


 「え、まだ部活決めてないの!?」


 彼女は大きな声で驚きをあらわにすると真剣そうな面持ちに変わり「それって……大丈夫なの?」と聞いてくる。


 「大丈夫じゃない、全然やばい」


 私は机に顔を突っ伏したまま答える。

 このままでは退学が確実なのだ。それでいて平然としていろって方が酷だろう。

 

「あんたのことだからどうせ何かに入っていると思ってたよ」


 私のどこをどう見てその感想を抱いたのか、後学のためにも頼むからゆっくりと尻をすえて教えて欲しかった。


「期間外の今からじゃ、流石に新しい部活は厳しいだろうし」

 

「そうなんだよねぇ、だから悩んでるっていうか……」


 そして、彼女は何か思いついたように私を見て言う。


「……ん? あれ、あんた確か陸部だったって言ってたよね、中学の頃」


「え? まあ、うん」

 

「種目は?」


「短距離」


「ベストは?」


「13秒53、参考だけど」


「…………」


「……?」


「…………ちょっと待ってて」


 そう言って彼女は教室を出て行った。


 そこからが大変だった。

 私が知らなかっただけで、実は彼女は短距離界期待のエースと呼ばれていたスポーツ推薦の子で、

 その子がものすごく口が立つ子で先生からも一目置かれている存在だったり、

 その子が全力で部長や担任、はたまた校長までを説得したり、

 そして、そんな口利きもあって私がトントン拍子で陸上部の入部を果たしてしまったり……


 もう本当に色々あった。

 正直、心の底から陸上なんてもうやりたくないとは思っていたのだけれど、退学と天秤にかけられたら話は変わる。私もそこまで馬鹿じゃなかった。


 


 こうして私は名門高校の陸上部員になった。

 まあ、私なんかがこの推薦揃いの陸上部で戦えるなんて考えてもいないし、まあ一年間何となくで練習も乗り切ろう。

 それまでの間は…………うん。まあ程々に、適当に頑張って、迷惑かけない程度にやっていこう。

 で、来年に速攻やめて別のところ行こう。

 そうしよう。いや、むしろそうするべきだ。うん。

 確かに一年は無駄になるけど。でもこの経験も今後の何かに生きるはずだ。

 一応この学校で元陸上部って肩書きが付くんだし、そこでなんとなく気の合う友達も見つかりそうだし…………よし、がんばろ。

 頑張り過ぎずに頑張っていこ。


 ……なーんて、そんな風に考えていた。

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