第2話
あっという間に春が来て、私は学校を卒業をした。
去年の部長と一緒で引退式自体は秋頃に行われた。
けれど、推薦が決まっていた私は、最後の大仕事『新部長の任命』に集中していた。
どの子にするのかはあらかじめ決めていた。見当をつけていた。
だから、そう。
後は伝えるだけ。それだけだった。
その子は目の輝きが綺麗な子で、そんな目で人の目をまっすぐ見つめる子だった。
私と同じ短距離選手だったこともあって、交流は他の子よりも多かった。
よく私の仕事を手伝ったりしてもらっていた、自分から準備を手伝ってもらったりもした。
引退式の最後。
涙を流して流し終わって。
すっきりしたような顔をした彼女へ、私は唐突、言った。
「来年さ。部長……やってくれない?」
早かった。
彼女の拒絶は早かった。
言葉でもそうだが、何よりそれは態度でも。
頭を横にぶんぶん振って、全力で拒否を示す。
「私なんかには絶対無理です」なんて見たこともないような怯えた顔で繰り返し言う。
まあ、そんなことは想定済みだった。
想像通りだった。
むしろ、当たり前の反応だったと言っていい。
あんな追い込まれている私、死にそうな私、大変で気が狂いそうになっていた私を、彼女は相当な回数近くで見ているのだ。
まあそりゃやりたくないよね。うんうん、わかるわかる、よーくわかる。
でも私はくじけない。
「君がやってくれたらすごく安心なんだけど……」
少し申し訳なさそうに、
お願いという体からは外れないけれど、それでも命令には限りなく近いギリギリの塩梅で。
私は彼女にお願いする。
しかし彼女の態度は変え割らない。
いつも私に向けてくれる尊敬のようなまっすぐな目が、今は少し濡れていて畏怖の色が濃くなっている。
その目をさせてしまっているのが私っていうことに、少しの罪悪感を覚える。感じる。
……まあ、だからって絶対退かないんだけど。
そこからしばらく押し問答が続くけれど、相変わらず議論は平行線のまんま。話は動く気配すら見せない。
君しかいない。絶対無理です。他にいないし。いるはずです。私の後を継いでくれ。私が継いだら一代で潰します。君だけなんだ。だけってことはないでしょう。いやいやそれでもそれでもですよ。でもでも無理です絶対ダメです。大丈夫だってできるって。絶対嫌です本当に無理です。
なかなかに面倒くさくなってきてどうでも良くなってきて『この子以外でも別にいいか」なんて、
そんな風に思うようになって。
そんなことを考えるようになって。
と、私が諦めかけた時
去年。
ちょうど去年の今頃のことを、私はふと思い出した。私の就任した時を思い出した。
魔法の言葉を思い出した。
怯えている彼女の方をガッチリ掴んで。
私は彼女の耳元で囁く。
こんな話知ってる? と、切り出して。
語って聞かせる。
「うちの学校の伝統でね…………」
こうして。
私は無事に引き継ぎを終えた。
**********
そして、私が入学したのは進学校だった。
この学校はスポーツ推薦枠もふんだんにあるような高校だったのだけれど、しかし私はその枠での入学ではなかった。
奇跡的な成績の上昇、ボランティア活動の従事、陸上部の成績向上などの多面的な面が評価されて、普通の学業成績優秀者に贈られる推薦枠を、私は勝ち取ったのである。
一、二年次の内申点配点が低かったのはなかなかにネックだったのだろうが、まあ、それでもだいぶ運が良かったのだろう。
まあともかく。
晴れて私は自由の身だ。
スポ薦でもないのだから、部活に入らなくてはいけないわけでもない。
もちろん学業成績で、一定の基準以上の点数は取らないと、私の後輩たちに多大なご迷惑をかけてしまうことになるのでその辺の拘束はあるものの、それでも。
中学時代のような何かに迫られるように毎日の努力を強いられることはないのだと思うと、心の底から体重が軽くなっていく気がする。
というか、
そもそもだ。
中学の三年間で部活に嫌気がさしていた私である。
部活動自体に入る気が全く起きなかった。
……まあ、あそこまで忙しかったのは、間違いなく私の要領の悪さが原因だろうし、なんでも引き受けてしまう体質のせいであるのだろうけれど。
それが自分で痛いほどにわかっているからこそ、私は入学前から早々と帰宅部入部の決意を固めていて、年度始めの『部活動希望調査書』を、白紙で提出したわけである。
これで私は自由の身。
中間テストまでのフリーダムを謳歌するとしよう。
帰りにマック行ってゲームセンター行ってプリクラでも撮ろうかしら。
さらば部活動。永遠に。
私は今日から自由の身だぜ。
るんるんるん〜。
なんて事態はそう簡単に進まなかった。
四月特有の浮足感覚にもみんなが慣れだし、何と無く学校の中でそれぞれ自分の居場所を見つけ出していく頃合い。
私自身もなんとなく周りにいた人間と連みつつ、カラオケやボーリングという一体何が楽しいのか訳のわからん日常にだいぶ空き回していた頃。
そんな月終わり。
放課後。
ふと私は担任に呼び出された。
最初、イケメンで若い教師の呼び出しに柄もなく色めいていた私だったが、その呼び出し内容にそんな気分は一蹴された。
「お前、このままだと停学だぞ」
一瞬このイケメンが何を言っているのかを理解できなかった。
入学してまだ一月も経っていないのに退学とは、こいつら一体どういう了見なのだろうか。
知らず図らずのうちに、私は何かとんでもない犯罪でも犯してしまったのだろうか。
――心当たりのない罪が頭をぐるぐると回って記憶を巡回する。
一昨日電車でおばさんが席の前にくるなり、寝たふりをしてその場をごまかした件だろうか。
それとも昨日電車で飲んだ『なっちゃん――納豆グレープフルーツ、新登場だぜ!――』の飲みかけのペットボトルを、さりげなく電車に置きっぱなしにして帰ったことだろうか。
もしくは、座席の隙間にゴミを捨てている中年に注意することなくそれを見逃したせいだろうか。
……いや、ペットボトルの件はすいません。あまりにもまずかったんです。あのなっちゃんの無垢な笑顔をもしもう一回見てしまったら絶対吐いてたんです。本当に辛かったんです。ごめん。駅員さん。ほんと、申し訳ないです。
私が動揺を隠さず、馬鹿みたいにうろたえながら、深く思考の海にダイブしている中、
イケメンはいつもと変わらない気怠げな様子で続けた。
「お前、部活、入ってないだろう?」
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