第17話 『難民』その16

 『情報が入ったよ。』


 彼女から連絡があったのです。


 そこは、91階のはずれのはずれで、あまり一般客は入り込まないあたりです。


 『ラジオヤ』


 という、なんとなく変わったお名前のショップです。


 しかし、ここはつまり、ラジオの専門店で、言って見れば、お名前そのままのお


店というわけです。


 今日、実際にはラジオの製造はほぼ行われておりません。


 世界中で1社だけが、まだ細々と少しずつ製造していましたが、受注販売で、注


文から納品までは半年以上かかります。


 いまどきは、全ての放送はデジタル放送で、それこそスパホとかパソコンで聴く


ことが出来るので、わざわざラジオを買う人は少ないのです。


 それでも、マニアは不滅です。


 ひとりで、たくさんの古いラジオをため込んでる人もいます。


 アナログラジオの専門放送は、世界中探しても、まずないのですが、ごく弱い電


波で、趣味で放送を出してる人が、いくらかいたのです。


 その放送は、せいぜい送信場所から1キロ程度までしか届きませんし、自分勝手


な時に自分勝手でやっていることが多いのです。


 しかし、その多くは、自分が聞くためにやっているので、まあ、それでよいわけ


です。


 実はぼくも、ラジオをそれなりに、持っております。


 マニア市場とは言え、全体的には、そんなに高価なモノでもなく、サラリーマン


が手が届く範囲にあることが多いです。


 つまり、買い手が少ないのです。


 それでも、中にはかなりの値が付く場合もないわけではありませんがね。


 で、このお店は、そのマニアがもっぱら対象のお店です。


 ぼくは当然、ご主人とは、顔見知りです。


「やあ、あんた来たか。『主様』だってね。すごいねぇ!!」


 ご主人がおだてました。


「やめてくださいよ。勝手にそうなっちゃったんですから。」


「勝手にそうなると言うのが、すごいのですな。」


「はあ・・・・・で、最近、『地主様』を見たとか?」


「ああ、そうそう。最近と言っても、一か月以上は前だよ。ほら、この横の非常階

段から首から先だけ出して、こっちを覗いていたんだ。ぼくが夜勤の時でねぇ。ちょっと怖かったから、よく覚えてるんだ。まあ、それだけだけど。」


「地主さんで、間違いなしでしたか?」


「ああ、間違うもんか。幽霊だって間違わないさ。」


「????? 幽霊でしたか?」


「いやいやあ、そう言う雰囲気だったんだ。表情がないと言うかさあ。不気味だっ

たのは確かだよ。あれっと思って見直したら、もういなかったんだ。」


「はあ・・・それだけ?」


「そう、それだけさ。ああ、あんた、これ興味ない? 珍しいもんだ。」


 ご主人は、入ったばかりらしい小さなラジオを手に取ったのです。


「アニー電子の、ICR-120の完働品だぞ。フルセット、ね。貴重です。非常に珍しい。しかも美しい。まだ表には出してないけど。」


 ご主人は、小さめの真っ黒なケースを出して、ふたを開けて見せてくれたのでした。


 解説書も、イアフォーンも付いているではありませんか。


 蓋の表には{IC}の文字が入っているのです。


 もう、100年よりも大昔の、伝説のラジオでした。


「えええ~! おわ~。いやあ・・・、これはいいなあ。・・・いくら?」


「まあ、おおまけで、10万ドリムにしようかと思ったけど、あんたなら、まあ、9万ドリムでいいよ。」


「うわ! たか! ううん・・・・しかし、こいつはほしい。・・・(年金一回分の半分にも近いかなあ。・・・まああ臨時収入があるしなあ)・・・・あの、ちゃんと鳴るのかな?」


「ああ、ここでやってる店内AM放送を、ちゃんと受信したから。ここに来て座ってたら聞けるよ。あんたは、自家放送してるかもしれないけど。」


「ふうん・・・・あの、カードで1年払いにしてもいいですか?」


「いいよ。じゃあ。今、いいかい?」


「ああ、キューさんごめん。ちょと、待って。」


「はい、ご自由に。」


 あの女は、非常階段のほうを覗きに行っています。


 男の方は、なぜか姿が見えません。


 まあ、そのほうが、お買い物するには、気が楽でいいや。


 ぼくは、ここに、いったい何しに来たのかな、と思いながらも、その恐ろしいビンテージラジオを買ってしまいました。


 こいつがやがて、役に立つことになるとは、まだ思っていませんでしたが。




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