第6話 『難民』その5
人々は、ぼくに、にじり寄って来ました。
うわあ、こいつはまずい。テレビ・スターじゃないから、ども、ならないぞ。
と思ったとたんに、祭壇から声がかかりました。
「お待ちなさい。・・・これは、なんと、91階の、主様(ぬしさま)ではございませんか。」
なんだか、男性か女性かは、よくわからない声です。
しかし、このひと声が、全てを変えました。
ぼくに、襲い掛かろうとしていた人々から、うめき声が上がりました。
「なあんと・・・主様と・・」
「おお、主様じゃ。」
「間違いない、主様だ。主様であらせられるぞ!」
「おおおお・・・・」
その場のすべての人々が、どどっと後ずさりしたかと思うと、地べたに座り込み、ぼくを伏し拝むではありませんか。
「あの・・・え? はあ・・・・??・・・・」
ぼくは、ただ困惑しました。
すると、あの白衣の人物が、祭壇から降りて来て、ぼくの前にひれ伏しました。
「聖なる91階の主様、ようこそ、おいでになりました。」
こらこらあ、無理やり拉致しといて、『聖なる主様』と言われたって、こっちは、訳が分からないだけじゃないか!
「あの、説明してください。なんで、無理やり連れてきたのですか? ここは、何なのですか?」
「ああ、主様は、まだ、ご存じないものかと、お見受けいたします。まあ、ここではなんですから、奥の間に、どうぞ。」
「はあ・・・・・あの、キューさんに危害を加えてもらっては困ります。」
「きゅーさん? ああ、この人型(ひとがた)でしょうか。なるほど、こやつ、主様のご家来ですか?」
「いや、友人です。」
「はあ。ご友人とな? それはしたり。おうい、主様のご友人である。再起動をさせなさい‼」
「は!」
なんだか、技術者らしき男性が、物陰から出て来て、キューさんに駆け寄りました。
それから、往診の際のお医者様のような箱から、何かを取り出して、キューさんに処置をしました。
『ぎゅわ~! ぎゅおわー! キュキュキュー! あああ。いいい。かきくけこんばんは。コンニチハ。ハロー。ボンジョルノー。パイバー。さようなら。アディオス。バハハ~イ。 ソー・ロング・・・はいはい、もしもし、はいはい。現在使われておりません。なぜですか? とんでもございません。それはお答えできません。うけたまわりました。2週間お待ちください。ばっきゃロー! 受け答え回路確認、OK? 再起動。はじめ。』
キューさんが、しゃべり始め、それから、どわっと起き上がりました。
首を左右に振っています。
両手が交互に上がったり、下がったりもします。
でも、まだ、その視線は宙をさまよっています。
「あああ、キューさんが動いた。」
「まあ、完全自立まで、10分程度かかります。」
その技術者らしき人が言いました。
「では、まずは、どうぞこちらに。」
白衣の人物が、言いました。
ぼくは、まあ、仕方がないので、皆がひれ伏している中を、その人に付いて行きました。
そこは、なんの変哲もない部屋です。
さっきの場所とは違って、普通の明るさです。
畳に、低いちゃぶ台。
小型冷蔵庫に、食器棚。
洗い場もあります。
電磁調理器に、やかんが乗っていました。
なんだか、人間地区の、ごく、普通の家に帰ったような感じです。
「まあ、どうぞ。」
その人は、ぼくを小さな座敷にあげておいて、自分も後から、続いてきました。
「やれやれ。ああ、あの、すいません・・・、お茶、頼みます。」
そう言うと、畳に、やっこらせと座り込んだ後、お顔の真っ白な布を、やおら持ち上げたのでした。
「あらら・・・・」
ぼくは、小さく言いました。
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