第5話 『難民』その4
天井裏のどこをどう連れまわされたのか、さっぱりわかりませんが、とにかく表からは全く見えない世界に、ぼくは引きずり込まれたのであります。
そうして、さんざん大きな頭陀袋にように、ぼろぼろになるまで引きずり回された挙句に、うす暗い、ほのかな光が、やたら明滅する、怪しい部屋に落とされました。
そこには20人ばかりの男女がいました。
けっして、よい空気環境ではなかったのですが、文句を言う筋合いではなさそうです。
おまけに、ちょっと嗅いだことがないような香りがしました。
しかし、それはつまり、この人たちは人間であり、ロボットではないという事を意味してもいました。
それから、ぼくは見ました。
部屋の奥には一段高い、祭壇のような場所があり、沢山の、『電子ろうそく』がゆらゆらと揺れています。
そうして、なんとも不気味な人影があって、なにやら、ぶつぶつと、つぶやいているのです。
人々は、それに合わせて、手を上げたり降ろしたりしながら、そのろうそくのように、ゆらゆらと上半身を揺さぶっていました。
その前には、なんだか棺桶が展開されたような箱があって、そこには何かが寝かされていました。
「キューさんだ!」
ぼくは内心、びっくりのあまり、ほとんど飛び上がりました。
キューさんは、あのぼくが見た最後の状態のまま、目を見開いて硬直しています。
ま、もっとも、ロボットなので、硬直していて、さほどおかしくは、ないのですけれども。
人々は、やがて懐からナイフを取り出して、右手に持ち、同じようにふらふらと上半身だけ踊っています。
妖しい呪文らしき声は、徐々に大きくなってゆきました。
これは明らかに、ラヴェル先生の『ボレロ』方式です。
壮大なクレッシェンドをかけて、人々の心を操るのです。
仕組みが分かっているぼくは、なんとか、ひとり枠外にいました。
それでも、この怪しい呪文には、それだけではないものが、ありそうでしたが。
おそらく『薬物』か何かです。
実際人々の前には、小さなカップが置かれています。
ガスらしきものが発生しています。
「うんじゃー、まいやら、うんじゃー、まいやら、うんじゃー、まいやら・・・」
とかなんとか言う言葉が、繰り返されています。
その危ない雰囲気が最高潮に達したと思ったら、その後ろ向きなっていた人物が突然、立ち上がってこちらを向きました。
しかし、お顔も体も、真っ白な布で覆われていて、まったくわかりません。
髪は、異常に長く、足元にまで達していました。
「やよ、人びと、いまこそ天罰を与えん。この作られし、あわれな『人形』(ひとがた)を葬ろうぞ!」
「葬ろうぞ! 葬ろうぞ! 葬ろうぞ!」
その場の皆が、叫び出しました。
ぼくを、ここに連れてきた黒子のような人物たちも、同じように叫んでいます。
人々は、ナイフを高く、かざしました。
『うわ、ご禁制の電子ナイフだ。何でも切れる!』
「今こそ、葬ろうぞ!」
「葬ろうぞ‼ 葬ろうぞ‼ 葬ろうぞ‼ 」
人々は、いまや、いっせいに、キューさんに襲いかかりそうでした。
「止めろー!」
ぼくは叫びました。
合唱団で鍛えたぼくの声は、けっこうよく通るのです。
『こいつは、命が危ないかも。』
とは、思いましたが、キューさんをほっておくなんて、出来るわけがありませんから。
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