第2話 『難民』その1
いまや、全国民の55%は、国内難民である、と言われておりました。
それは、21世紀の最初の50年間で急激に進みました。
最初の20年は、はっきりしないくらいに、ゆっくりと。
次の10年には、劇的な変化が起こりました。
『A.I.』の大幅な進展です。
ここで、多くの人が脱落しました。
仕事を失った人も、少なくありません。
巨大資本は都市の抜本的な改革に乗り出していました。
もちろん、政府が後押しをしたのですが。
中心都市の都心から、多くの人々を追放し、いなかに分散させました。
働き盛りで、有能な人だけを中心に残し、労働力としては活用の出来ない老人や何かの事情のある人々は、郊外に放出しました。
彼らの管理は、主に最新型の中央コンピュータに任せ、働ける人間と、そうではない人間を分割したのです。
まあ、国鉄や、郵便局の分割みたいなもので、負債を切り離そうとしたのです。
もちろん、表向きの言い方はそうではありません。
空洞化した都市を再活性化させるとともに、過疎地域の豊かな活性化も図るのです。
こうした政策の結果、やがて中央には、地方のロボットと、地方に放出された『自由人』の管理を行う(独裁では表向きはないのですが・・)『A.I.総裁と、その閣僚たち』が誕生することになりました。
従来の政府は、中央や地方の中心にいる『独立人』や、高級『A.I.』たちの管理や(まあ、いわゆるエリートですが)、総合的な経済・防衛・外交になどに集中化してゆきました。
ロボットや『自由人』(俗称=役立たず)に関しては、人間側の総理や閣僚に準ずるような権限を持っていますが、そこにはちゃんと、すみ分けがあって、国の権力としては、がっちゃんこはしないように、一応、うまく見た目の工夫はされておりました。
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ぼくは、定年1年半前に辞職したので、場合によっては、過疎地への強制移住の対象になりかねないところだったのです。
しかし、そこは、計算ずくの事でもありました。
31年以上継続して仕事を続けていて、正式な『早期退職募集』に応募していたこと、税金の滞納もなく、小さくても土地と家を所有していたこと・・・。
だから、『都市追放』には、ならないはずだったのです。
そこらあたりは、計算通りでした。
『準難民』というのは、これも、あくまで世間の言い方であって、正式な用語ではありません。
法律上、こうした定義はないのです。
しかし、大分前から、体制にやや批判的な60歳代以上の引きこもりが、中央でも地方でも、かなり問題になって来ていて、かなり怪しい雰囲気が、社会全体に漂ってきてはいました。
最近の平均寿命は、もう110歳にも、到達しようとしていたのですから。
ぼくが、『準』である、最高の証拠は、このショッピングモールの91階にあるクラシック・レコードCDショップ「スオミ・クラシック」の常連様であると言う事実です。
このお店は、もう20年以上、地上にあったのですが、このビルの開店と共に、ここに入居しました。
店長さんのお話では、ものすごくここの賃貸料は高いのだそうです。
ただ、このお店のオーナー様は、まったく正体はわかりませんが、どうやら、タダ者ではないらしい、という事だけは聞いておりました。
つまり、このお店は、趣味でやっていたらしいのです。
しかし、それがいったい何者なのかは、まったく分かりません。
「和服をいつも着ていて、巨大な指輪をはめていて、猫の頭をなでながら、電話1本で全てを動かしてるようなイメージの人ですか?」
と、ぼくは半分冗談で、店長さんに尋ねたことがあるのですが、帰ってきた答えはこうでした。
「まあ、あなただから言いますが。ぼくも会った事なんかないです。でも、イメージ、と言うならば、その通りです。」
「はあ・・・・」
で、今日も僕は、お店に居座っていたわけです。
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ぼくは、レジで店員の、キューさんと話していました。
キューさんは、昔からの店員さんで、ロボットさんです。
でも、ぼくは彼と仲良しでした。
「これ、このバルビローリさんのシベリウスさんが、いいんだよ。」
ぼくが言いました。
「ええ、最高です。この度出た『空間再生CD』は音質も最高になっています。」
「うん。楽しみにしてた。『空間再生機』はこのごろ安くなってきたからね。」
『空間再生CD』は、スピーカーがなくても、その空間自体が音源になります。
再生周波数の制約が非常に少なく、とっても良い音がします。
部屋が大きくなればなるほど、それは、よりよいのですがね。
ぼくの自宅の6畳程度のリスニングルームでは、いかにももったいないのです。
まあ、最近発売されている格安の機械は、だいたいそうした小部屋をターゲットにした器械ですが。
そこに、突然、一人のお客様がレジにやって来ました。
ぼくは、常連様で、一般の方には邪魔ものですから、脇によけました。
大きな、スナフキンさんのような帽子を目深にかぶり、巨大なマスクをしていました。
でも、最近大気の状態が良くないので、これはしごく普通なのです。
「あんた、ロボット?」
男性か女性かよくわからないような声でした。
「はい。」
キューさんが機嫌よく応じます。
すると、その人は、こう、言い放ったのです。
「じゃあ、死になさい。」
その人は、キューさんの、レジ台の上に置いてあった手のひらに、その手を重ねました。
『ぎゅおわ~!!』
キューさんは、突然飛び上がるようにして叫び、それから本当に狂ったように、激しく踊りまくりました。
あたりのものを、みな突き飛ばし、目はグルぐると回っていました。
「うわー。大変だあ!」
ぼくは叫びました。
店長さんが飛んできました。
それからすぐに、警備隊員たちが、駆けつけてきたのです。
キューさんは、暴れ回った末に、完全に延びてしまって、床に転がっていました。
この騒ぎの中に紛れて、その犯人はとっくに消え去ってしまっていました。
警備員が言いました。
「これは、器物破損ですな。あなた、目撃者ですかな?」
「はい・・・確かに。」
「うむ、では、御足労ですが、警備本部においでください。事情をお伺いしたい。」
「はあ。それは・・・、はい。」
「よろしい、これを運びたまえ。責任者はあなた?」
「ええ、そうです、店長です。」
店長さんは、ぼくを横目で見ながら言いました。
「では、ごいっしょにどうぞ。ここは、しばらく閉鎖します。」
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