第3話 その出会いは突然に

「そこにいるのは……誰なの?」


薄く延びる木漏れ日が、その美しいブロンドの髪を艶やかに照らす。森の静寂の中には、恐怖からか萎縮しているようではあるが、芯のある透き通った少女の声が響いた。きっと少女の問いは私に向けられたものだろう。


「貴方は私に恐れをくれる人?それとも安堵をくれる人?」


少女は重ねて問いかける。私はゆっくりと蒼空の様なドレスを纏った少女が囚われている古びた鉄の檻の前に歩み寄る。


「ずいぶんと大柄な方ね……でも……私の大好きな童話の騎士様みたいだわ」


少女は私を見ると安心したのか、優しげに微笑んだ。何故だろう?普通こんな大男を見れば恐がるものであろうに。それに、今の私は血に濡れた剣と鎧を纏っているのだ。このような少女であれば悲鳴を上げてもおかしくはない……


「貴女は……私が恐くないのですか?こんな血濡れの大男、恐怖こそあれど安心などしないでしょう?」


私は胸の内をそのまま口にした。しかし少女は笑顔を崩さずに真っ直ぐ私を見つめながら答えた。


「目よ、貴方のその目……そんなに優しそうな目をした方は初めて見たわ。さっきまで私を囲んでいた粗暴な方々とは大違い!そんな貴方が私に酷いことをするとは思えないわ!」


少女は先程よりもはっきりとした口調でそう言った。私の目はそんなにも優しげなのだろうか?帰ったら鏡を見てみることにしよう。


「可愛らしいお嬢さんにそう言っていただけるとは光栄ですね。そういえば紹介がまだでしたね。私はラグレム・ダー……おっと……ただのラグレムです……」


「ラグレムさん?ね……私はエーラよ!よろしくね騎士様」


これこそが私と姫の初めての出会いであった。この時の私はまだ姫の騎士ではなかったし、姫も私が何者であるかなど知る由もなかっただろう。きっと鎧を身に付けた私を見て単に騎士だと思ってくれたのだと思う。


ところで、騎士でもないのに鎧を身に纏った私は一体何者で、何故森の中で血塗れになっていたかといえば……この頃の私はとある王国の王子で、密かに国を抜け出し旅行に出掛けていたのだが、帰国途中にたまたま通った森の中で盗賊団のアジトを発見し、盗賊共を討伐していたからなのである。


そう!私は実は元王子だったのだ!今は一介の騎士に過ぎないが……つまり当時の私は国外に出ている理由が理由なだけに、身分を明かすわけにはいかなかった。その点姫が私をただの騎士と思ってくれたのは都合が良かった。


それにしても、通っていた森が私の元いた国と近かったことや、黙って旅行に出掛けたことの罪滅ぼしをしようと思ったこともあり盗賊を狩っていた訳だが……まさか、そんな所に一国のお姫様が囚われているとは……


「ところで、貴方はお父様に頼まれてここに来たのかしら?」


不意に姫が私に問いかけた。

今となれば姫の言っていた『お父様』とはマールベルクス王国の国王であると分かるのだが……この頃の私は勿論誰かなど知る由もない。


「いえ、貴女のお父上というのは存じ上げません。私はたまたまここを通りかかり、不埒な輩と出会ったために自身の信念に従って剣を振るったのみであります」


この一言がいけなかった。下手に格好をつけて口上を述べてしまったあの頃の私にはもっと事務的な言葉のみを述べればいいんだと説教したい。


「まぁ!ということは貴方は誰に頼まれた訳でもなく私を見つけて下さり、さらには助け出してくれた王子様ということなのですね!これはもう運命じゃないですか!?」


食い気味だった。そして早口だった。そして私は若干たじろいでいた。

王子という言葉が私の立場を言い当てたものではないということはさすがにすぐに理解できた。そこについてたじろいでいた訳ではわない。息を荒くして少々顔を赤らめながら迫る少女というものに私は気圧されていたのだ。


「いえいえ偶然ですよ……偶然……それに、そこまでのことをした訳でもないですし……」


「……なんと、強く優しいだけではなく謙虚なのですね……貴方は私の理想にぴったりなお人です!是非ともお礼をさせて下さい!!」


見た目麗しい少女が鉄格子を掴みながら体を激しく揺らしながら、こちらを強く見つめてくる様子を見た私は、正直解放するのを躊躇ってしまった……


「いえいえお礼など……あっ、ですが帰りは勿論私が送りますからご安心下さい。」


まさか少女を1人森に残して行く訳にはいかなかったので私はそう言った。今思えばこれも失敗だったのかもしれない。


「いきなり両親に挨拶……!いえいえまだそれは早いといいますか……いえでも紹介は早いほうが……」


何やらブツブツと呟いていたが私は気にしないことにした。


「レディに優しくできない男は紳士ではありませんので。さぁ、そんな籠からは早く出て共に参りましょう」


「はい!」


その後、姫の案内でマールベルクス城に着いた私は大いに驚愕することになるのだった。




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冷静沈着な狂戦士と愛が重い姫 夜兎丸 @karakurikarakuriz0896

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