第2話 姫様の愛の形

「貴方ッ!また……またなのッ⁉1人で敵陣に斬り込むだなんてッ……!」


大理石のように美しく幻想的な模様と輝きを放つ石で形作られた60畳を越える部屋の中のこと。御伽の妖精が如く煌めくブロンドの髪を振り乱し、可愛らしい顔を般若に変えた少女が1人。その目の前には、何が起こったのかなど分からないといった間の抜けた顔をした大柄な男が1人。そう……私だ。


「いつもいつもいつも……私言ってるわよね……?出来るだけ無理をしないでって。貴方に何かあったら私……生きていられないわッ!」


「姫?何をそこまでにお怒りなのでしょう?いつものことではありますが、私無理もしておりませぬし、怪我もありませんよ!いつも通り冷静に対処したまでですッ!」


私が姫と呼んだ少女こそ、私の遣えるこのマールベルクス王国の第1王女であるエーラ・マールベルクス様である。彼女は私がこの国に害を及ぼす敵との戦いを終える度にこのように私を呼び出し、お怒りになる。全く理由は分からないが、私の身の潔白のためにもしっかり私の言えることは言っておく。


「ミラ……入りなさい……」


しかし私の弁明などどこ吹く風といったように姫は1人の女性を部屋に招き入れた。細やかな彫刻に宝石を散りばめた豪勢な装飾が施された扉から入って来たのは、顔を除いた全身を鎧に包まれた……ミラ・ナメラノだった。彼女はこの国が持つ7つの騎士団の内、私の率いている第1師団の副団長を務める者だ。彼女は古来よりこの国を支えてきた由緒正しい騎士の家の次女で、剣の腕もさることながら、戦略家としても有名だ。他国との戦争が起こることがあったならば、陣形から戦法の指示の統括はいつも彼女に一任されていた。私もいつも頼りにしている。そんな彼女が何のようなのだろうか?


「ミラ……先程報告してくれた今日の彼の働きについてもう1度詳しく……詳しく教えてくれるかしら?」


姫は先ほどまでの表情を一変させ、満面の笑みで笑いかける。反対にミラはその顔に影を見せながら語り始めた。


「本日もいつものように死者、怪我人が誰1人出ることなく完全なる勝利を掴みとることができました。ただ……」


「ただ?」


「今日も……今日も団長私の作戦聞いてくれなかった……」


先程までの口調が崩れたかと思えば、彼女は目に涙を浮かべながら話を続ける。


「もうイヤ!私が夜遅くまでーーこうでいいかなぁ~?こうした方が勝率上がるかな~?ーーって必死に作戦考えても、全部無視して1人で突っ込んで終わらせるんだもん!何回目?ねぇ!もう何回目よこれ⁉いつもいつも……いい加減にしてください!」


半泣きの彼女は私を睨みながら、必死に訴えてきた。ミラ・ナメラノ……彼女はまだ16才の少女だった。彼女の騎士としての活躍は年齢を忘れさせるほどだとは思うが、この姿を見ると彼女は騎士であると共に1人の少女なのだと再確認させられる。それでも、泣くほど怒る理由が彼女の言葉からは見つからないように思うのだが?仕方がない……ここは私が本日の行動理念について的確に説明することでこの場を収めるとしよう……


「はっはっは!何を言うんだね副団長!私は作戦無視などしていないだろう?確か第1陣が敵前方から斬り込み、陣形が崩れた所で第2陣が残りを一網打尽にする作戦だったはずだ。つまり、第1陣の役割を私が……」


「だぁれが!誰が1人で突っ込め何て言ったんですかッ!バカですか?何自分を人じゃなくて陣として計算してるんです⁉」


「いやだって正直私強いし?というかだな、誰かと組んだりしたら私の戦闘時間が減ってしまうじゃないか!」


「減っていいんですよ!てゆーか減らしましょうよ!その内過労で倒れたりしたらどうするんですか?仮にも団長なんですよ貴方はッ!分かったら自重しなさい!この脳筋バーサーカーッ!」


「いや~でも私ピンピンしてるだろう?疲れ何て全然……」


ブチッ……

私がミラと言い合いをしていると後方から何かが切れる音がした。それと同時に殺気が私の方に向いて来た。振り替えって見ると、そこにはシャンデリアの光に照らされながらもそれを飲み込むほどの禍々しいオーラを発している姫の姿があった……顔はニコニコと笑っているがその目には光は無く、闇に飲まれていた。マズイッ!久しぶりに本当にお怒りだッ!ここは仕方がない……逃げてしまうか……ほとぼりが冷めたころにもう1度ゆっくり話すとしよう……

そう思った私が回れ右をして出口まで駆け出そうとしたその瞬間、その勢いは止められてしまった。どうにも前に進まない。いや進めない。見ると私の腕が姫の手に掴まれていたのだ。その細腕のどこにそこまでの力があるか分からないが、振りほどけないし、動くこともできない。ヤッベェーッ!どうしようどうしよう!冷や汗かいてきちゃったよ!

私の焦りがピークに達しかけた頃、姫は静かに語り始めた。すでにその顔に笑みは無く、残ったのは黒滔々と沈んだ闇のみだった……


「なんで逃げるの?私の前から消えてしまうの?イヤよイヤよイヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!私には貴方しかいない……貴方だけなのッ!貴方がいなくなったり、誰かに殺されたりしたら私ッ……もう死ぬしかないの……どうすれば貴方はいなくならないかな……?もう手足を切り落として私の部屋に鎖で繋いでおくしか……」


「姫落ち着いてェェェェッ!ストップ!ストップですよッ!」


姫は私の声も届かない様子でブツブツと1人で何か呟いている。しかしこのままでは私の身が危険だということは何となく伝わってくる。


「あぁもうッ!仕方がない……姫失礼しますッ!」


私は姫を落ち着かせるために、優しく姫を抱き締めた。


「私は何処にも行きません!ずっと貴方の騎士として貴方に仕えます……ですから落ち着いて下さいッ!!」


「……本当に?」


「えぇ!本当ですとも!」


「無理しないで、ちゃんとミラの作戦通りに戦う?」


「それは時と場合によるというか……」


「ちゃんと言うこと聞くの⁉」


「きっッ!聞きます!作戦通りに戦わせて頂きます!」


「……これでいいかしらミラ~♪」


「バッチリでございます姫!」


ん?なんだこれは?

先程まで涙を浮かべていたミラはニコニコしていて、半ギレでヤバい感じだった姫はキラキラしてるぞ?

そしてスッと私の腕から抜けた姫はニコニコしながらミラと抱き合っていた。


「団長初めて素直になりましたね!流石は姫様です!」


「当然よ!途中までは本気だったし……ところでちゃんと録音したのかしら?」


「はい!もちろん貸して頂いたこの特殊な魔法で動くという録音機でしっかり録音しました!」


「よくやりましたミラ!私達女優としてもやっていけるんじゃないかしら?」


「そうですね姫様!目のハイライトが無くなった瞬間とか演技に見えませんでしたよ!」


「あー……あれは演技とかじゃ……」


あっ!やられた!次何かしたらこれが証拠になってより追い込まれるぞ私!マズイぞ!戦う時間が減らされるッ!何とかしなければ……


「姫ッ!さっきのはやはり何というか……戦場では色々あるというか……仕方なく起こってしまうこともあ……」


「言っておきますけど、次また無理したら本当に監禁しますよ?」


そう言った姫の目は笑っていなかった。抱き合っていたミラの表情も強張ってしまっている。


「私貴方のこと心から愛しているの……先程までの茶番の中でお話したことはほとんど本気ですので……覚えておいて下さいね……」


姫は再び闇に飲まれた姿で私に語りかける。

愛とは、幸せで温かな気持ちをもたらしてくれるものだという認識が私の中のにはあったのだが、最近の私にとってそれは重すぎるのである。胃もたれしそうだ……


何故姫はこんなにも重い想いを私に向けるようになったのだろうか?私は姫の深淵のような瞳を見つめながら、初めてこの方と合間見えたその日を思い出していた。


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