第3話
男は歩く、何処まで行こうとも死んだ大地が続くだけの世界を歩いて行く。晴れた日は長く続かず、その日の内に太陽は雨雲に覆われ降ったり止んだりを繰り返す雨ばかり。
男はこの地で最も大きいとされる街に辿り着いた。城があり、城下町と城壁外の田園地帯から構成された大きな街だ。
しかし田園地帯は作物が育たず、僅かに穀物が残っているかという程度。とてもではないが商売が出来る程も無い。男はそんな寂れた風景を横目にしながら通りを進み、城壁内に続く門の前に立った。やつれた守衛二人の怪訝な目付きにも今更男は何とも思わず、立ち寄っただけということ、街を巡ってみたいということを守衛に伝えると、彼らは男に通行証を渡し、さっさと門を開けて通るように告げる。
門を潜り、城下へと立ち入った男の目に飛び込んできたのは立派な石造りの家や商店だった。住民たちも小雨の中でも忙しく通りを往来していて、確かな活気がそこにはあった。しかし幸せそうかと言えばそうじゃない、男の様に此処に立ち寄っただけと思われる人を除けば、稼ぎの為に出歩いているのは極僅か。大半は失業者や家も持たない浮浪者たちだ。
一先ず男は宿探しも兼ねて街の探索に通りを歩いて街の様子を見て回った。かつては大層立派で美しかったであろう街並みは今や形を留めるだけで見る影もない。浮浪者たちの生活の跡は湿気によって悪臭を放ち、外観を汚し、狭い路地を覗けば酔った男達が喧嘩を繰り広げる。まだ一応の生活を保っている住民らはこれらを見て見ぬふりをして過ごしている。男もまた同じだった。
浮浪者に集られそうになり男が逃げた先ではやはり酒に溺れた乱暴者に絡まれそうになり、しかし危ないところを巡回していた衛兵に男は助けられる。衛兵はもうすぐ日が落ちるからと住民でない旅人である男を気遣って宿屋まで案内を買って出てくれた、男は甘んじてその厚意に甘え衛兵の後を着いて行く。
妻と子供がいるというその衛兵は、しかし子供が病に侵されて大変なのだと、気遣いで疲れた笑みを見せながらも男に語った。男に言えるのはお気の毒にとただそれだけ。しかし衛兵はそうやって心配だけでもしてもらえることが今はもう貴重だとして、男にお礼を言う。独り身の旅人である男にとって、無責任な哀れみなら幾らでも出来る事だった。
衛兵は他にも国王も病で床に伏せていて、もう長くないと男に語る。妃は跡継ぎをしかし流産し、その後気を病んでしまったこと、このまま国王が亡くなれば妃が新たに女王となるが、恐らくそれも長くは続かないであろうと男に告げる。せめて自らの荷が全て下りるまでは続いてほしいと衛兵は鼻を鳴らす。男はただ相槌を打ちながら衛兵の話を聞いていた。
やがて宿に付き、衛兵は去ろうとする。男は彼の背中を呼び止めると、案内の報酬として金貨を一枚衛兵に渡す。彼は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに礼を言って初めて活力のある笑顔を男に見せた。
衛兵と別れ、男は宿で久々にちゃんとしたベッドで眠りについた。
男が街を離れるその日、国王が死んだとの掲示が出回った。去り際、あの衛兵と偶然再会した男は、彼の妻が子供と共に首を吊っていた事を彼の口から知らされる。ご愁傷様と言う男にしかし衛兵は笑って、悲しいが確かに楽になったと言った。今の時世、独りこそが救いなのかもしれないと、衛兵の足取りは僅かに軽そうだった。
男は街を後に、旅に戻るのだった。
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