「人魚の刺身」
第1話
学生というのは、とにかく友人とおしゃべりするのが大好きで、よく話題が尽きないものだ。とはいえ無尽蔵にそれをもっているわけではなく、常日頃から今日友人に話すことを探し求めているらしい。
かくいう僕――
ともかく、今学生たちの間で小さな流行を見せている噂があった。僕にそれを教えてくれたのは、同じ工学部の友人の
綾瀬曰く、人魚の刺身を出す店があると。
「……都市伝説か?」
「いや、まぢな話なんだって!」
綾瀬の主張はともかく、僕は雑学の詰め込まれた頭をひっくり返す。人魚の刺身――伝承では人魚の肉食べると。
「それを食べたら――」
「不死身になるんだろ」
「なっ、なんでわかった!? さては知ってたな!」
その都市伝説については知らなかったというべきだが、人魚の肉を食べると不死身になれるという逸話は知っていた。人魚の伝説は、意外なことに世界各地にある。どうも、身体の一部が別の動物という怪物というのは想像に易いらしい。日本でも、たしか新潟や関西の方に人魚の伝説があったはずだ。
「昔からある伝説をもじった、根も葉もない噂だろ」
「それがそうでもないみたいなんだよ!」
そういって綾瀬はスマホの画面を突き付けてきた。それはどこかの店の店内を撮影した写真のようだった。カウンター席しかない手狭な店で、魚介類を中心に提供しているようだ。回らない寿司屋さんといったところか。
写真自体は、店の紹介目的で店内全体を撮影した感じのものだったが、にゅっと伸びてきた綾瀬の親指が写真をスライドさせて、別の画像を見せてきた。それは先の写真の一部――壁に張り出されたメニューの一つを拡大したもので、荒い画質ながらも「人魚の刺身」と書いてあるのが見て取れた。
「この店、確かに人魚の刺身を出してるらしいんだよ!」
「そんなまさか」
本当に、人魚なんているわけないし、このメニューだってきっと、人魚の刺身という名前の普通の刺身の盛り合わせとかに決まってる。しかし僕は何も言わなかった。たとえこの手の正論を並べたとしても、綾瀬の勢いをそぐことはできまい。そして、行く着く果ては――
「なあ行ってみようぜ、この店!」
こんなことだろうと思った。僕が誰かからの誘いや頼みを断りづらい性格をしていることを知っての上でこんな風に言っているのなら、普段はバカっぽく見える綾瀬だが、実のところは策士なのかもしれない。
なんてことない、普通の外食の誘いと何ら変わらない。海鮮は少々値が張るだろうが、買い食いなどはほとんどしない僕にとっては、大した痛手にはならないだろう。
「じゃあ週末あけとけよな」
「おう」
「ふーたーりーとーもっ!」
と、唐突に背後から衝撃。僕と綾瀬の間に割って入ってきたのは伊織――小学校からの幼馴染、
「相変わらず仲いいなぁ、伊織ちゃん嫉妬しちゃうぞ!」
綾瀬と言えば、自分も伊織の肩に手を回して、「伊織ちゃんいぇーい!」などと叫ぶ。伊織も嫌がるそぶりは皆無で、同調して「いぇーい!」。騒がしい二人だった。僕は早々に伊織の腕を振りほどく。
「嫉妬ってどっちにだよ」
「どっちもだよ! お前らだけでイチャコラすんな、私も混ぜろ!」
「伊織ちゃんなんかそれちょっとエロイイからもっかい言って」
「二人とも私と、あ・そ・ん・で♪」
「うひょー!」
付き合ってられん。僕はバカ言っている二人を置いて、さっさと先へと進む。
「あん、英時待ってよ! 次同じ授業じゃん、一緒に行こうよ!」
「お前らにかまってたら遅刻する」
「私が晃太と仲良くして、英時の方が嫉妬してんだー」
「なんだよ可愛い奴だなー!」
足を速めたつもりなのに、二人は器用にじゃれ合いながらぴったりついてくる。無駄に大きな仕草でよく疲れないものだと、感心はすれど僕はお断りだった。
「二人とも何の話してたの?」
「伊織ちゃん、人魚の刺身ってしてる? そうだ、週末は伊織ちゃんも一緒にいこう!」
「えっ、何それ面白うそう! 行く行く!」
「ええい、いっそのこと
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