ナンセンス・グロテスク

MIDy

序文

序文

 「題して『人間の主体は身体のどこにあるのか?』大実験ー!!」

 学者はこれ以上ない、輝かしい笑みで高らかに銘打った。そして丁寧に、サルでもわかるようにその手順を説明していく。

 「やることは至極単純! 人の主体を担うと予測される部位を切り離し、どちらが再生するかを経過観察! 繰り返して、人の主体たる部位を特定する! あーゆーあんだすたん? では早速行ってみよーまずは『頭』から!」

 止める間もなく、それはあっけなく実行された。男の言葉を合図に、ギロチンの刃は聞くに堪えない摩擦音を歌いあげながら落下を開始する。特に時間が遅く感じたとかそういうのはなく、彼女が悲鳴を上げる前にそれは、あっけなく彼女の首を飛ばした。

 「いやああああああああああああああああぃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ――!!」

 肺もないのにどうやって声を上げているのか、妙に鮮明な断末魔をひねり出す彼女の生首は、小学生がでたらめに蹴っ飛ばしたサッカーボールのように、コロコロと僕の足元に転がってきた。

 「イタイイタイイタイイタイイタイイタイぃたぃぃたぃぃぃぃぃぃ……」

 繰り返される「痛い」がフェードアウトしていく様子は、その手の終わり方をする音楽みたいだった。同時進行で、彼女の瞳は落ちくぼみ、切断面から噴き出る血の勢いは衰え、舌はしなびて、頬が削げ落ちる。一気に老化が進んだかのようだと僕は思った。首は直に干からびた。

 「……――ぃぃぃぃたぃぃたぃぃたいイタイイタイイタイイタイ!!」

 しかし絶叫は突如として、誰かからのアンコールに応えた。首を切り落とされ、残された身体。切断面の内側から、彼女特有のしなやかな黒髪がちらりと見えた。それは徐々にせり出てきて、ついに固く閉じられた彼女の目まで現れた。鼻を超えるとあとは早かった。ポンッとうい効果音が聞こえてきそうな感じで、彼女の新しい頭が、そこから生えてきたのだった。母親のまたぐらから生まれてくる赤子のようにも思え、しかしあげた産声は――

 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いあああああああああああああ――!!」

 さっきの断末魔の続きだった。ある程度叫び終えた彼女は、大きく身体をくの字にエビぞりさせて、どかりと再びその処刑台で体勢を落ち着かせる――そうそれはまさしく処刑台。ギロチンだけではない、ありとあらゆる付属部品たちが、そこに拘束されて寝ている者をあらゆる手段で殺害するようにできている、殺し方よりどりみどりの処刑台。

 「んー頭ではないか。人間の心は脳の作用でしかないみたいなこと言ってた唯物論者諸君、見てる~? 顔真っ赤になってるんじゃないの落ち着きたまえ、ぎゃはははは!」

 誰に向かって煽っているのかは分からないが、当の僕は学者の言うところの顔真っ赤の唯物論者の一人だった。確かに、今の僕の顔は彼女の血で真っ赤だろうさ。

 「さて次は唯心論者諸君、おまちかね! 心を指させと言われれば子供でさえ指さすこの部位――『心臓』だ!!」

 それは穴あけパンチの要領だった。内壁が薄い筒状の金属具が、これまた呆気なく彼女に落下し、その胸部を貫いた。肋骨とか胸骨とか肩甲骨とか、それらを完全に無視するほどの圧倒的かつ暴力的なまでのトルクだった。

 彼女は「ひゅっ!?」と押しつぶされたカエルのような音を出して、今度はさほどうるさくはなかった。それが引き抜かれると、彼女の身体は少し持ち上げられ、両手両足の鎖に引っ張られると、ぽっかり胸に穴の開いた彼女はまたしても処刑台に打ち付けられた。ほどなくして、筒の中から彼女の身体の一部だった部分が転げ落ちた。床にぼとりと落ちたそれからずるりと顔を出した心臓を確かに僕は見た。心臓はまた動いていた。まだ右、左心房に残っていたであろう血液を大動脈、肺動脈からぴゅぴゅっと一回噴出させると、もうそれ以上そこからは何もあふれてこなかった。先ほどの頭と同じく、それはほどなくして干からびた。

 さて身体の方といえば、ぽっかり空いた穴のところに血液が溜まっていた。しかしそれはあふれてこない。心臓がないというのになんと、彼女の大静脈、肺静脈は全身から血液を吐き出し、大動脈、肺静脈はそれを逐一吸い上げているようだった。その流れはいずれ、心臓の形を作り上げ、そしてそれは新しい心臓になった。さらに、RPGの機械仕掛けの監獄のごとく、肋骨が両脇からにょきっと生えてきて、マフラーでも編まれるがごとく、筋繊維がそれを覆った。綿のようなものもでき始めた。初めはそれが何なのか全く見当がつかなかったが、それが二つの山を作り、皮膚に覆われ始めた頃に得心がいった。服までは再生しない。彼女の魅力的な美乳が再びその姿を取り戻した。

 「うーん、心臓でもないかぁ。頭か心臓のどちらかと思ってたんだけどなぁ。じゃあ次の有力仮説――『体積の多いほうが主体』説の検証といこう! 身体を精密に、縦に真っ二つにする技術は、ガーゼからMRIまで、あらゆる医療道具・医薬品の開発を行っている螺旋らせん製薬の皆さんが提供してくださいました! 拍手~!!」

 大げさなスポンサーの紹介。彼以外、拍手の音は聞こえないが、もしかしたらこれを見ている“画面の前の皆さん”は拍手しているかもしれなかった。

 「プラナリアみたいに、両方が再生したらこの説が正解ってことだろうけど、これがだめなら、まあ実験は失敗かなぁ。あとはまあ、『子宮』を一応試して、終わりにしよう。あんまりやりすぎると、彼女の血で部屋が洪水になっちゃうしね」


 僕は――


 僕は、眺めているだけだった。

 いや実際には、彼女の頭や心臓をあわてて拾い集めたりはしたのだが、それだけだった。

 止められる気がしなかった。

 止めても、止めなくても、何も変わらないとまで思った。

 思わされていた。

 この呪いを僕は自覚していた。独力では解くことができないと、諦めていた。

 彼女にかかっていた、縋っていた。君が一言「助けて」とさえ言えば、この呪いは簡単に解けるのだ。早く、早く言ってくれ。

 ――結局僕は、彼女のその言葉を金輪際、死ぬまで聞くことはなかった。

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